見知った相手
次の試合も相手は同じ一年生だった。勝負は海生のフォール勝ち。一試合目とほぼ同じ展開で試合は進んだ。そして次の試合の相手は同じ通天高校の二年生である彰。当然のことながら、個人戦は同じ高校の選手とも当たることになる。
海生は彰と何度も練習で戦っており、スパーリングで勝ったことはないまでも、何度か点を取ったこともある。そして今日のコンディションはかなり良い。
「もしかすると良い勝負が出来るかもしれない」
そう独り言を言うと、海生は試合開始が迫ったマットの上へあがる。
「海生今日は調子良さそうだよな! 本気でやらせてもらうぜ!」
彰もマットの上に上がり、普段より少し凄みがました笑顔で海生に挨拶をする。
いつも練習で顔を合わせている二人が、初めて公式戦で戦う。
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試合開始のベルの音と共に仕掛けたのは彰の方だった。一気に右足を踏み込み、海生に組み付こうとする。一瞬面食らう海生。一歩、ただ一歩の踏み込みだったはずが、その瞬間彰がいつもより少し大きく見えるほどの迫力があったのだ。こんな威圧感、練習で味わったことはない。
ただそんな中でも海生の体は動いていた。組み合おうとした瞬間、右腕を相手の脇腹に滑り込ませ後ろを向く。一本背負いの体制に入っていた。
その瞬間、掴んだと思った彰の腕が目の前から消えていた。
「え?」
彰はそうはいかないよと心の中で呟いた。
海生は何が起こったのかわからない。そして間髪入れずに後ろから脇腹に手を回され、クラッチを組まれ体重をかけられた。
ミシミシと音がしたと思うほどの力で締め上げられ、海生はたまらず膝をつく。
この時点でバックを取られ1点先取されてしまった。
周りで見ていた通天高校の生徒達は一瞬の出来事に息をのむ。
「何か海生の動きは悪くなかったように見えたけど、でも何だか投げに早く入り過ぎたように見えたような……」
「何か私もそう見えた」
美優が隣にいた優香に話しかける。優香も率直な意見を美優に返す。
するとそこに3年生の120㎏級の先輩である、武光が話しかけてきた。
「たぶんフェイントに引っかかったんだと思う。しかもフェイントとは全く思わなかったんじゃないかな? 彰の奴、試合とか練習試合とかのスイッチ入った時別人みたいになって迫力増すし、動きも良くなるから」
へぇーと美優と優香は頷く。
「合宿でテンション上がってスイッチ入った彰とスパーリングした時、俺だいぶ階級上なのにちょっとビビったもん」
じーっと武光の顔を見る美優と優香。
「武光先輩久しぶりに私たちに話しかけてくれましたね」
「ちょっと嬉しいっす」
「あぁ……うんえっ? 今そういう話する?」
海生と彰の試合はまだ開始から30秒もたっていなかった。