実践に向けて
入部から一ヶ月が過ぎた五月。五月には一年生が初めて参加する大会が待っている。その大会に向けて海生達の練習は、実践に近いものになっていた。
「休憩の後は技練習! その後グラウンド!」
龍生が声をかけ、部員が休憩に入る。
技練習の相手は同じ階級の彰にお願いしていた。
「海生さ、ずっと投げ技練習してるよな!」
休憩で水を飲みながら、彰が話しかけてくる。
「そうですね。なんとなくこの技気に入っちゃって」
入部した初日に幸隆が練習しているのを見て以来、何故かこの技がお気にいりなのだ。
「じゃあさ、より確実にフォールを狙える首投げを使ってみたら?」
「首投げ……」
フォールとはレスリングの勝ち方の一つだ。ボクシングのKOと一緒で、どんなにポイントで離されていようが、これを決めてしまえば勝利が確定する。
相手の両肩を地面につけてしまえばフォールということになる。
「首投げはさ、その名の通り右腕を相手の首に回したまま投げるから、そのまま袈裟固けさがための体勢に持ち込めるんだ」
袈裟固めはもともと柔道の固め技で、相手の首と腕を決めた状態で両肩を地面に着けさせる。
首投げ自体は一本背負いと腕の位置以外はあまり変わらないので、すぐに実践出来る。変わる一本背負いをずっと練習していた海生には相性の良い技だ。
「それは良いね。フォールに持ち込める首投げは土壇場で力を発揮できる技だから、覚えておいて損はないね」
近くに来ていた上地が声をかけてきていた。
「ただ狙いすぎは禁物だからね? 投げの姿勢を崩されてしまえば、バックを取られてポイントを稼がれてしまう結果に繋がる。ここぞという所で使えるように、いつでも使えるようにしておくのが吉かな」
彰と海生はふむふむと頷きながら上地のアドバイスを聞く。大会が近づいてきたなかで、海生は初めて味わうであろう経験に、期待と不安を募らせる。
休憩が終わり技の練習に入ると、首投げの練習を彰がさせてくれた。自分の練習より後輩の練習を優先してくれる、面倒見の良い先輩がそこにはいた。海生が練習熱心だと言うことも理由の一つではあるようだが。
しばらく技練習をした後、グラウンドの練習になった。
グラウンドとは寝技のことで、タックルに入られたり、何かしらで寝技の状態に持ち込まれた状態のこという。
グラウンドの練習は怪我をしないために、練習に入る前に二人一組になってからのストレッチから入る。海生は彰とペアになっていたが、隣で二年生の康太と康則がストレッチをしていた。
康則は二年生の74㎏級で、髪型は坊主。何故かオネェ言葉を使うので、海生はあまり近づかないようにしている。
「あんっダメよ康太そこはっもっと優しくしてよっ」
「ケガしないためのストレッチなんだから、多少痛いの当たり前だろ? いい加減慣れろ」
ふと海生はレスリング部を見学に来た日に上地が言っていた事を思い出した。
さすがにホモはあんまりいないかなぁ……
あんまり? 全然とか全くとかではなく?
少しはいるってこと?
康則がそうであるとは限らないが、やはり康則にはあまり近づかないようにしようと決意した海生だった。