第21話 あじさい祭り?
「――――私と結婚してっ!」
模擬店が並ぶ週末の公園。客を呼び込む地域の住人や学生の声が、晴れた空に響いている。
その声に混じってもよく聞こえる幼い子供特有の高い声。その声は、周囲の人間が振り向くほど大きく目立っていた。
声の主である幼女と、慌てるようにこちらを見る浮気くん。
――――2人を前にして、奈子はただその光景を見ていることしか出来なかった。
(…………どうしてこんなことに)
奈子は、数日前の部室での事を思い返すかのように晴天を見上げた。
*
「浮気くん、もう機嫌を直してよ」
「じゃあ、そのカメラは奴に返してくれ」
放課後、奈子は浮気くんと新聞部の部室に向かっていた。
しかし、浮気くんの機嫌は良くない。理由は奈子が御園から貰ったカメラを手放していないかららしいのだが。
「でも、私カメラで写真撮るの結構好きみたいだから。続けたいんだけど」
「なら俺がカメラをプレゼントするから、それは返せ」
「ダメだよ。カメラって高いんでしょ? 浮気くんには色々と既に貰ってるし、買ってもらうわけにはいかないよ。ヒカルちゃんも『施すのが彼氏の仕事ではない』って言ってたし」
「チッ…………あの時、壊れてたらよかったんだ」
浮気くんの言うあの時とは、午後の授業中ずっと部室で眠ってしまった時のことだろう。
放課後、やってきた長田に叩き起こされた奈子と浮気くん。2人は、担任で顧問でもある飯田に雷を落とされた。
『てめえら、サボるならサボると言ってからサボれ! 心配するだろうが!』
サボるのはいいのか、と思いながら心配をかけたことを素直に謝った2人。それを見た飯田がため息を吐く。
『ったく…………つーかそのカメラ、どうした?』
『御園先輩に貰いました』
『……あいつがお前に、なあ。やっと先輩としての自覚が出てきたのかね』
うんうん、と頷く飯田が奈子の持つカメラを見る。
『まあ、それで色々な世界が見えるようになれば、大人になりたいっていうお前の願望も少しは叶えられるんじゃないか』
その言葉によって、奈子がカメラを手放す可能性は低くなったのだが。同時にすぐに飽きてしまうかもという心配もあった。だが、少なくとも数日経っても飽きる様子はない。むしろのめり込んでいっているようにも感じる。
(自分でも、不思議)
だからこそあの時カメラを机に落としたことで壊れなくて良かったと思った奈子だったが、反対に浮気くんは壊れていてほしかったらしい。
警戒している先輩から貰ったカメラを嬉々として使っている奈子。その状況が気に喰わないし、奈子に好きを与えた御園に嫉妬しているとも話してくれた。
(あれから、浮気くんはそういう自分の想いを話してくれるようになったし……。早苗ちゃんとかはそれを聞いて凄い顔をしてるけど、別に私は嫌じゃないし……むしろ可愛いなあと思うんだよね)
そのことを友人2人に話した時、早苗は浮気くんに怒りながら泣いていたし、藤堂は奈子の頭を撫でながら面白くなってきたと笑っていた。
そんなことを考えながら歩いていたら、新聞部の部室の前まで到着した。中には何人かの気配があるので、先輩たちは既に来ているらしい。
左手を浮気くんに繋がれたまま、奈子は部室の扉を開けた。
「お、久しぶりだねえ、にゃーちゃん。それと浮気も」
「――――御園先輩?」
「……なぜ貴方がここにいるんですか」
「なぜって、そりゃあ僕が新聞部の副部長だからだよ。あれからにゃーちゃんとはどう? まだ浮気をして欲しいって言われてるの? もし言われてるなら、やっぱり僕が相手に立候補しちゃおうかな」
「……貴方には関係のないことです」
「そんなに怒らなくてもいいのに。ね、にゃーちゃん」
部室にあるソファへ腰かけてこちらに手を振るのは、あの日出会った御園だった。
あの日以降も部活で見かけていなかったため部室には来ないのかと思っていたのだが、どうやらそういう訳でもないらしい。
浮気くんの硬い声と鋭い目つきを物ともせずに、奈子へ微笑みかける御園。繋いだ手が少し強張るのを感じて、奈子は浮気くんの手を親指で撫でた。
「うん。浮気くんが怒る必要はないよ。――――だって私、御園先輩のこと別に好きでもないし」
奈子の言葉に、部室内が静まり返る。
こちらを見る御園はソファのひじ掛けからずり落ちて目を見開いているし、先ほどからその大きな体を縮めて存在を消していた越金は驚いた様子で背を伸ばした。
2人の反応を気にせず、奈子は話を続けた。
「友達に聞いたんですけど、御園先輩は女たらしで有名なんですね。その噂が本当か嘘かはわかりませんが、あの日の態度や新聞部が取材を断られていることを考えると丸きり嘘、というわけではないんだと思います。実際に、先輩は美しいですから。これは間違ってませんよね」
「うん。確かに僕は美しいけど……?」
「私も先輩は美しいとは思いますし、カメラをくれたことには感謝しています。けど、別に先輩のことは好きでもなんでもないです。先輩のことそんなに知らないし、というか知りたいわけでもないし、浮気くんを挑発するようなこと言うし。――――それに私、見た目でも先輩よりも浮気くんの方が好きですから」
ビクリと跳ねる手を、奈子は繋いでいない手で包むように撫でた。両手で掴む浮気くんの右手は、段々と熱を帯びて汗らしきものも感じる。
「こう……カッコいいけど綺麗で、それでもって可愛いんです。浮気くんは。御園先輩を見てもただ美しいなあ、色っぽいってこういうことかな、って思うだけですけど。浮気くんは、絵本の中の王子様みたいな見た目なのに、キリっとした眉毛とどこか冷たさもある目が獣っぽくて……。それなのに顔を真っ赤にしたら、凄く可愛いんです。それこそ食べちゃいたいくらい、にゃ!?」
突然塞がれた口に、奈子は目を瞬く。
――――見上げた先には、奈子の口を左手で塞いで顔を真っ赤にした浮気くんがいた。
「っ、もうわかったから、一旦黙ってくれ」
「れも、まだいいたりない」
「十分だ! 残りは2人の時に聞かせてくれっ!」
「わひゃった」
こくこくと頷く奈子に、浮気くんが長いため息を吐く。そしてそっと離された左手で自分の顔を覆った。顔は見えなくなったが、赤い耳が丸見えだ。
「…………苦労するね、浮気」
「貴方に言われたくはありませんが……まあ、その意見には同意します。でも、そういう奈子が好きなので、苦痛ではありませんし」
「はーあ、2人して惚気かよお。……でもここまで潔いと面白いかも。ね、恭二郎」
「御園先輩、僕は面白いと思えるほど達観できません。何だか見ていてドキドキすると言いますか……変な感じですけどね。仲が良いのは良いことですし」
顔を隠したままの浮気くんと、どこか呆れたような御園、そして視線をずらして頬を掻く越金。
そんな3人を見て、奈子はいると思っていたもう1人の先輩を探す。
「あれ、部長はいないんですか」
「ああ。部長なら――――」
奈子の問いに答えようとした越金の声を、勢いよく開け放たれた扉の音が遮る。
「――――者共! 祭りじゃあっ! あじさい祭り取材の許可が下りたぞおおおっ! 戦の準備じゃあっ! これで、やっと新聞部っぽい活動が出来るぞおっ!!!!」
そう叫びながら部室に入ってきた長田に、奈子は体を跳ねさせた。浮気くんの手も少しだけ跳ねたのを感じる。
「長田、顔。相変わらず興奮するとぶっさいくなお猿さんみたいだなあ」
「――――じゃかあしいわっ! 誰のせいで校内で取材できねえと思ってんだよ!?」
「僕が、美しいせいだね」
「キーーーーー! そのお綺麗な面、殴ってやりてえ!」
「ちょ、部長落ち着いて! 御園先輩も揶揄わないでください!」
(大人、って何なんだろう……?)
長田と取っ組み合いをする御園に、奈子は首を傾げる。あんなにも色っぽく、妖しく喋っていたのに、今は子供のように長田と言い合いをしている御園。そんな御園に対して、突っかかっていく長田も奈子の思う大人とは程遠い。
大人への理解が遠のいたと感じると同時に、奈子は3人の先輩を呆れた様子で見る浮気くんに安心した。
(――――浮気くんが楽しそうだから、まあいっか)
先輩のじゃれ合いを離れたところで見ていたのだが、長田の爪が越金の頬を引っ搔いたところで奈子と浮気くんは慌てて止めに入った。
――――どうやら新聞部の仲は、それなりに良好らしい。




