第50話 空色のまどろみ
セフィリアはリュグルス王城の王座の前に着地し、目を開く。ロゼルトが鋭い目で彼女を睨みつける。
「それで? 私のいうことを聞く気になったか」
「まさか」
セフィリアは涼しい目で見つめ返した。二人の視線がぶつかる。窓ガラスが悲鳴を上げるように震える。
「なるほど。では仕方がないな」
ロゼルトは、そう言って控えていた衛兵たちの方をさっと見た。
それを合図に、衛兵たちがたちまちセフィリアを取り囲み、拘束する。
「お前らの手にはおえん、リヴェルを呼べ。奴が来るまでは地下にでも入れておけ」
そのまま衛兵たちを一瞥することもなく、そう言い放つと、王座を立ち、背を向ける。
「残念だ」
そのまま自室へと姿を消す直前、彼は背中越しにそう呟いた。
セフィリアが運ばれたのは、王城の地下牢だった。
かなり古びた作りで、石壁は剥がれ落ち、鉄格子のほとんどが錆び付いている。
フロアの最も奥まった場所にある一室に入れられたセフィリアは、彼女を連れてきた衛兵の姿が見えなくなると、部屋の隅に座り込んだ。
この命と共に、自分の魔力を葬り去る。彼にこの力を受け渡すわけにはいかないのだ。
もう、迷いなどなかった。
体内の魔力を組み集め、心をどんどん強固に覆う。ミシミシと、音が聴こえるようだ。強力な術を組み上げるには、時間が必要だ。
どのくらいの時間が経っただろう。ふと、階段を降りる人の気配を感じ、耳を澄ます。
足音はだんだんと近づいてきて、牢の前で止まる。
「なんだ、結局のこのことやってきたわけか?」
格子ごしに、聞き慣れた声が耳に入った。
「お前がこんなところに素直に繋がれてるなんて、笑えるな。お前ならいつでも抜け出せるだろうに」
リヴェルはそのまま牢の中に移り、セフィリアの正面に座り込む。
「そんなにお国が大切ってことか? 泣けるね」
俯いたセフィリアの顔を、下から覗き込んだ。二対の瞳が、近距離でぶつかる。
「そういうお前はどうなんだ、なんのためにわざわざこんなところまで来た?」
リヴェルは一瞬、言い淀む。
「……俺はただ、やれと言われたことをやるだけだ。これまでも、これからも」
二人はしばらくそのまま見つめ合い、どちらからともなく目を逸らした。
隙間もなく組まれた石造りの壁が全ての音を吸い込み、身動きもしない二人の間の時間は止まったかのようだ。
地下の空気は冷えていて、澱んだままで二人の間にまとわりつく。鉄格子が薄明かりを受けて鈍く光る。
リヴェルはゆっくりと立ち上がると、目を壁に向けたまま、独り言のように呟いた。
「お前を殺しに、来たんだ」
静かに続ける。
「これまでずいぶんと仲良くしてもらったお前のために、とっておきの薬を用意したよ」
そう言って片手に持った小瓶をセフィリアに見せるように軽く振る。
「なんのつもりだ、そんな手間をかけるなんて、らしくもない」
セフィリアは努めて軽薄に応える。
「つれないね、お前はこんなときでも変わらないな。……お仲間に向ける優しさを、少しでもこちらに分けてくれればいいのに」
リヴェルは寂しげに笑う。
「……バカなことを言うな、私は、そんなことをするわけにはいかない」
即答だった。リヴェルは咄嗟に応じる。
「本当は、そうしたいのに?」
セフィリアは答えない。
「……いや、忘れてくれ。そんなことを言わせたいわけではない」
リヴェルは続ける言葉を探し、視線を揺らす。しかし結局は言葉にならず、一つ息を吐いて続ける。
「ここに、置いておく。好きな時に飲むといい」
目を合わせないまま、座り込んだセフィリアの脇に、空色の液体の入った小瓶を置いた。
「最後に話ができてよかったよ」
***
リヴェルが部屋を立ち去ってしばらくが経った。セフィリアは小瓶を持ち上げ、薄汚れた天井の灯りにかざす。
キラキラと空色に輝く澄んだ液体を見つめて、彼女は口元を綻ばせる。
あいつの魔法で殺されるのなら、悪くない最期だ。
一息つくと栓をあけ、そのまま飲み干した。
ほんのり甘い液体が、ゆっくりと彼女の体内を巡る。その甘さを感じるようにセフィリアは静かに目を閉じた。
心臓から遠いところから順に、少しずつ体の自由が効かなくなるのを感じる。同時に、心に強く絡まっていた魔力がほどけていく。
動かなくなる身体とは対照的に、魔力を繋ぎ止めるために頑なになっていた心が開放されていく。
ああ、甘美だ。彼女の閉じた目から、やっと涙が一粒溢れる。全くあいつは、本当にロマンチストだな。
そのままセフィリアは、完全に意識を失った。




