第38話 エリとセフィ(3)
二人きりでたわいもない話をするのは久しぶりだった。
二人は思い出話に花を咲かせながら、街を練り歩く。久々に住人として歩く街は、活気にあふれている。
セフィリアは思い出す。この時間が、好きだった。
「ここも小さい頃、ふたりで来たな」
「これ、美味しいんだ。食べたことあるか?」
「前に、ここの花屋の娘が私に花をくれてね」
セフィリアの表情はくるくると変わり、とめどなく話し続ける。
こんなに口数の多いセフィリアは珍しい。その横顔は、いつになく楽しそうだった。
きっとまた何か、悩みがあるのだろう、とエレニアは察するが、それを口に出すことはない。
辛いことがあったのか。本当は聞きたかった。彼女はいつも、こうやって全てを自分の中で抱え込んでしまう。
自分に相談してくれないことがもどかしかった。自分は信用されていないのでは、と感じることもあった。
しかし、いま聞いたとしても、はぐらかされてしまうだろう。それでこの楽しい時間を途切れさせてしまうのは躊躇われた。
彼女には、息抜きが必要なのだ。セフィリアが、隣にいて、想像もできないほどの重責を負っていることは誰よりも分かっていた。
「こうやってふたりで街を歩くのなんていつぶりかしら」
エレニアはしみじみと街を見渡す。
彼女は、隣を歩くセフィリアの整った横顔を見つめた。幼い頃と同じ、白銀の髪に瑠璃色の瞳。
しかし、その表情は昔よりもさらに落ち着いていて、どこか遠く感じられる。セフィリアの声を聞いていても、隣を歩いていても、どうしても、『王』としての彼女を意識してしまう。
エレニアの胸の奥に、かすかな疑念がよぎる。
彼女は今、セフィリアの隣にいる。けれど、セフィリアは王だ。彼女は孤高の存在で、誰よりも強い。みんなの憧れ。じゃあ、自分は?
(どうして私たちは、こんなにも違うのだろう)
彼女の立場、責務、国民の視線――すべてを考えれば考えるほど、友人として無邪気に振る舞うことが難しくなっている自分に気づく。
あの頃と同じようには、できない。
あっという間の十年だった。しかし十年は長く、もうあの頃の無邪気な気持ちは、はるかに遠いものになってしまった。
「……エリ?」
呼ばれて、はっとする。セフィリアが不思議そうにこちらを見ていた。
「どうかしたか?」
「……ううん、なんでもないわ」
彼女はすぐに笑顔を作る。
王としてのセフィリアと、友人としてのセフィリア。
いつからだろう、その間に引かれた境界線が、見えないふりをするにはあまりにもはっきりと感じられるようになった。
彼女はそんなエレニアの様子には気づくそぶりもなく、屋台の品々を眺めている。
(セフィの隣にいると、自分がひどくちっぽけに感じる――どうしたって、私は、彼女とは違うんだ)
その考えを振り払うように、エレニアは明るい声でセフィリアに呼びかける。
「ね、セフィ、こっちにも行きましょ」
セフィリアの手を引きながら、奥底の不安は見ないふりをした。
そのまま市場の賑わいの中を歩いていると、ふと周囲の人々の視線が気になった。
商人や市民たちはそれぞれの日常を営んでいるが、その中に、時折こちらをちらりと盗み見る者がいる。
ちらりと横に目をやるが、セフィリアは気にしていないように見える。
フードを被っていても、彼女の纏う空気感は隠しきれないのだろう。
すれ違う者の中には、何かを察したように背筋を伸ばす者もいれば、すぐに視線を逸らす者もいる。
「やっぱり、セフィは目立つわね」
エレニアが冗談めかして言うと、セフィリアはふっと笑った。
「そんなことないさ。──でも、そろそろ戻ろうか」
エレニアはそんなセフィリアの様子を見て理解する。
ああ、彼女は気づいていたのだ。気づいて、気づかないふりをしていたのだ。
気付いてしまえば、この時間は終わりになる。自ら身分を明かせば、国民の生活の邪魔をしてしまうから。
「そうね」
エレニアは短く答える。
「楽しかったよ、また来よう」
そう言いながらもしかし、次に来るのはしばらく先になるだろう、とセフィリアは考えていた。
昔のようにはいかないな、と少し寂しい気分になる。隠しても隠しきれないものが、あるのかもしれない。
彼女を遠巻きに見るような国民のその距離感が、セフィリアの心を秋風のように冷やした。




