第36話 エリとセフィ(1)
「……全く、減らないわね」
書類の山を前に、エレニアはそっとため息をついた。
机の上には、各地の被害報告や、復興支援の進捗書類が積まれている。
ペンを動かしながら、ふと視線が止まる。
戦地へと向かうセフィリアの顔が浮かんだ。何度も、何度も見た姿。
セフィリアはは今も戦いと復興のために、休みなく国中を飛び回っている。彼女は、相変わらず強い。──自分と違って。
そう考えて、またため息をつく。
疲れているのだ、と言い聞かせる。毎日多くの負傷兵を迎え、被害報告を見続ける日々は、静かに彼女に疲労を蓄積させていた。無力な自分から、目を背けたくなる。
今は、自分にできることをやるしかない。エレニアはまた、積まれた書類の山に目を戻した。
紙の擦れる音と、ペンの走る音だけが、静かな部屋に響く。
コンコン、と扉がノックされる明るい音が聞こえた。
「どうぞ」
エレニアが顔を上げると、セフィリアが扉の向こうからこちらを見ていた。
「エレニア、久々に一緒に出ないか?」
エレニアは驚いた表情を見せる。セフィリアが自分の部屋を訪ねて来るのは珍しい。多忙な彼女は大抵誰かにことづけを頼むか、あるいは自室にエレニアを呼びつけるばかりだった。
「セフィ? 珍しいわね、どうしたの?」
「たまにはいいだろう、体が空いたんだ。息抜きだよ」
セフィリアは部屋に入りエレニアのデスクの前に立つと、エレニアが書いていた書類を一枚手にとって眺める。
「……ハレか。復興にはまだかかりそうか?」
「そうね、あそこはかなり被害が大きかったから。予算のやりくりが大変よ」
セフィリアの頭には、地下牢で対峙したリヴェルの姿が浮かぶ。そしてそれをすぐに打ち消す。
「それで、どうだ? 忙しいか?」
「いいえ、行きましょう。一緒に街に行くなんて久しぶりね。近頃のあなたはずっと忙しくしてたから」
エレニアはデスクの上をさっと整えると席を立った。
***
王都は晴天だった。二人は、国民に気づかれないよう、フードで顔を隠し市場を歩く。
「ねえ、覚えてる? 初めて会った時のこと」
「ああ、もちろんだよ。同じ年頃の子供とは初めて話したから、嬉しかったな」
セフィリアは楽しそうに笑う。
「そんなふうには見えなかったけれど。あの時から、セフィは落ち着いていたわよね、驚いた」
「そうかな。戸惑っていたんだよ。友達の一人もいなかったからね。今でも、友達だなんて言えるのはエリだけだけれど」
そう、あの頃は、『友達』というのがなんなのかも分かっていなかった。
一人きりだった幼いセフィリアにとって、エレニアは自分の前に現れた、まさしくただ一人の救いだった。
何があっても、彼女だけは守らなければならない。今でも彼女は、セフィリアの心を支える確かな光だ。
「光栄なことね」
エレニアは笑顔で応える。




