エピソード1.5:夏の終わり㊦
「と、いうわけで花火だ」
絵になるドヤ顔でそう言い放った政宗に、ユカは真顔で口を動かす。
「ごめん政宗、意味がいっちょん分からん」
本日、8月29日。ユカの20歳の誕生日だ。
『仙台支局』では、働いている職員や、運営を助けてくれるメンバーの誕生日を、就業後に楽しくお祝いする傾向がある。
当然、ユカの誕生日である今日も、統治がデザートを用意して、里穂や心愛がプレゼントを用意して……と、それなりに盛り上がったのだが、政宗は、その場で何も渡さなかったのだ。
そして、全員がケーキを食べ終わったところで……彼が、何やら中身の入った紙袋を掲げ、ニヤリとほくそ笑む。
「じゃあとりあえず……移動するか」
ユカ以外は話を聞いていたようで、何の躊躇いもなくその場の片付けを始めた。そして、ユカが現状を把握する前に……夏の終わりの河川敷へと連れてこられたのである。
時刻は18時30分を過ぎたところ。夏の終わりとはいえ、まだ完全に暗くなってはいない。優しく夜の帳が下りはじめるそんな時間に、政宗は持っていた紙袋から、これでもかと花火を取り出していった。
「おぉっ!! 政さんが本気っす!!」
当然のように里穂が真っ先にくいつき、終始ドヤ顔の政宗に拍手で賞賛を送る。
彼が財力を使って調達してきたのは、一般的な手持ちの花火から、小型の打ち上げ花火、仕掛け花火、線香花火などなど……見本市かと思うほどのラインナップだ。
早速バリバリと袋を破いていく里穂を仁義が苦笑いで見つめながら、隣に立つ瑞希に、未開封の袋を手渡した。
「支倉さん、手伝ってくれますか?」
「はっ、はい!! 分かりました……!!」
仁義の言葉に我に返った瑞希もまた、パッケージを破いて中身を取り出していく。その一方、折りたたみ式のバケツを広げた統治が、心愛と共に川の方へ水を汲みに行った。
分町ママはどこまでも満足そうに呟き、ビールジョッキの残りを飲み干す。
「花火を見ながらお酒が飲めるなんて……夏ねぇ……」
政宗も手近にあった手持ち花火のパッケージを破きながら……呆然と立ち尽くしているユカを、不思議そうな表情で見つめた。
「ケッカ、お前、もしかして……」
「な、何か……?」
自分を見つめる政宗にユカが戸惑っていると、彼がどこか憐れむような眼差しでこう言った。
「……こういう花火、知らないのか?」
「知っとるよ!? さすがに知っとるよ!!」
慌てて否定するユカに、政宗が安堵の表情を浮かべる。
「あー良かった。俺はてっきり、ケッカがこういう小さな花火を知らないのかと思ってだな……」
「なしてそげな発想になると!? っていうか、どうして花火げな……」
「そんなの決まってるだろう? ケッカの誕生日に便乗して、何かと忙しかった夏に、もう1つ、楽しい思い出を残しておきたいだけだ!!」
「何それ……」
最早理由が自分本位になっている政宗にジト目を向けると、バケツに水をくんできた2人が戻ってくる。
そして、あまり乗り気でないユカに気付いた統治が、どこか心配そうな表情で、こう尋ねた。
「山本……まさか支局でカップケーキを食べすぎたのか? だから二桁に挑むのはやめておけと言ったんだ」
「そげなことなかよ!? っていうか、みんなノリ良すぎなんやけど……」
最早この場でアウェーなのは、本日の主役のはずのユカ1人だけのようで。
諦めの表情で仕掛け花火のパッケージを破くユカの頭上で、政宗と統治が、苦笑いを交換していた。
そして、全員に手持ち花火が一本ずつ行き渡ったところで、政宗が付属のろうそくにライターで火を灯す。
ろうを平らな石の上に垂らしてろうそくを固定してから、全員を見渡して注意事項を告げた。
「いいかー、花火は人に向けるんじゃないぞー。あと、ゴミは全部持ち帰るから、燃えカスは一旦バケツに全部入れること。これを守らないと来年からはここを使わせてもらえないから、頼んだぞ」
「分かったっすー!!」
里穂の元気な声に頷いた政宗が、ユカを手招きした。
「政宗?」
「ほら、まずはケッカから。誕生日だからって、ろうそくの火を消すんじゃないぞ」
「そ、そげなことせんよ!!」
政宗の意地悪な目線をジト目で受け流したユカは、手持ちの花火をろうそくに近づけて、恐る恐る火をつける。
数秒後、緑色の明るい光がユカの周囲を照らした。慌ててろうそくから離れて、燃え続ける花火の先を見つめ続ける。
花火はいつか、消えて終わってしまう。
夏の一瞬を力強く輝いて――必ず消えてしまう。
そう、それはまるで――
「――ケッカ、消えてるぞ?」
「え、あ……」
いつの間にか隣にいた政宗に指摘されて、ユカは我に返って持っていた花火の先を見つめた。
言い出しっぺということもあって、紙袋にまとめたバラの花火を配る係になっている政宗が、「じゃあ次は……」と、品定めを始める。
そんな彼の隣で、ユカは、手に持っている燃えカスを見つめ続けた。
あれだけ眩しかった光は消えて、煙が細くたなびくだけ。
もう、終わってしまった。
そこに残る虚しさは、見ていてどこか自分と重なり……切なくなる。
そんな彼女に、政宗は別の花火を手渡した。
「ほら、まだあるぞ。ゴミはちゃんと片付けてくれよ
「あ、うん……」
ぎこちなく頷くユカに、政宗が申し訳無さそうな表情で問いかける。
「花火……好きじゃなかったか?」
そんな彼に、ユカは慌てて「そげなことないっちゃけど……」と、首を横にふる。
そして、胸に去来した思いを、彼にだけ呟いた。
「なんか、輝きが一瞬で消えちゃうところが、自分と重なるっていうか――」
「――バカなことを言うな」
政宗はそう言って、ユカにもう5~6本、手持ちの花火を押し付ける。
反射的に受け取った彼女へ、政宗は噛みしめるように、言葉を続けた。
「確かに、一本ずつの輝きは一瞬かもしれない。でも、それを繋いで、続けていけば……楽しい時間は続くぞ」
そう言って笑う彼に、ユカは戸惑いながら問いかける。
「でも……いつか終わっちゃうよ?」
楽しい時間は、いつか終わってしまう。終わった後の虚しさは大嫌いだ。
でも、そんなユカの頭に帽子の上から手を添えた政宗は……何の躊躇いもなく、こう言ってのける。
「だったら、また来年、同じように花火をすればいいだろう。それを繰り返していけばいいだけのことだろうが」
「来年……」
「そうだ、来年だ。忘れたのか? 俺達は――」
「――ずっと一緒、やったね」
政宗の言葉を繋ぎ、ユカが彼に笑顔を向ける。
この前は電話で言えなかった言葉がすんなり出てきたことに、ユカ自身が驚いてしまったけれど……でも、こうして彼を目の前にすると、するりと言葉が出てきてしまったから。
こんなやり取りを続けて、ここまで来た。
きっとこの関係は、これからもずっと――このままで、続いていくのだろう。
――本当に?
胸に去来する陰、それを今は見ないふりをして……そっと、手元の花火に視線を落とした。
彼女の言葉を受けた政宗は、泣きそうになる表情を必死に誤魔化しながら……ユカの頭から手を離し、彼女に未来を促した。
「ほら、早くしないと俺が全部一気に燃やすからな!!」
「えぇっ!? そ、そげな勿体無いことさせんけんね!!」
慌ててろうそくの明かりの方へ向かうユカの背中を見送りながら……政宗は1人、思いを新たにする。
――輝きが一瞬で消えちゃうところが、自分と重なるっていうか
誕生日こんなことを言わせてしまった、この1年も彼女を救えなかった、その後悔を決意に変えるために。
「消させるわけ、ないだろうが……!!」
彼が呟いた言葉は、遠くから自分を呼ぶ里穂の声にかき消された。
手持ちの花火が何となく少なくなってきたので、政宗と仁義、瑞希が、周囲の片付けと、打ち上げ花火や仕掛け花火の用意を始める。
今日の主役であるユカは、里穂と心愛と共に、残りの手持ち花火を楽しんでいた。
「ココちゃんと花火をするのも、久しぶりっすねー」
「……うん、楽しいね」
そう言って笑い合う2人を見ていると、思わずユカの頬も緩んでしまう。
そんな3人のところに、一旦ゴミを片付けてバケツの水を奇麗にしてきた統治が戻ってきた。
「統治、色々ありがとね」
おそらく政宗と共に奔走したであろう統治に話しかけると、統治は「俺は特に何もしてない」と言いながら、バケツを地面に置いた。そして。
「今回のことは、佐藤の……いや、俺たちの夢だったんだ」
「どういうこと?」
統治の言葉に、里穂と心愛も会話をやめて、彼の言葉に耳を傾ける。
彼は薄暗い川の方をぼんやり眺めながら……どこか懐かしそうに、目を細めた。
「あの10年前の合宿で、山本の誕生会をしようという話があったんだ。試験が終わって、全員合格できたら……誕生日を祝って、海岸で花火をする計画だった」
「え……!?」
10年ごしに初めて聞く事実に、ユカは思わず目を見開く。
そして、それを告げる統治の横顔が……どこか泣きそうな表情になっているような気がした。
薄暗いから気のせいかもしれない。でも、どこか感慨深そうに政宗を見つめる横顔には、どこか万感の思いさえ感じてしまう。
「長かったな……ここまで」
「……そうやね。ごめん」
「山本のせいじゃない。それに、山本が生きていてくれたから、こうして花火が出来るんだ」
そう言って統治はユカを見つめると、持っていた花火を一本手渡した。
「それに……これで終わりじゃないぞ、山本。いつか福岡の海岸で同じことをやらないと……俺は気がすまないからな」
「……せからしかー」
ユカは苦笑いと共に花火を受け取ると、そっと火をつけて、輝く光を存分に楽しんだ。
河川敷に打ち上げ花火のセッティングを終えた政宗が、どこか満足そうに腰に手を当てる。
「よし、用意ができたぞ」
「おぉー!! 政宗に頼りがいがある!!」
「お前なぁ……」
隣でわざとらしく拍手をするユカにジト目を向けた瞬間、スーツのポケットに入れていたスマートフォンが振動した。
何事かと思って取り出し、内容を確認する。人工的な眩しい光で照らされた画面は、メールの着信を告げていた。
「瑠璃子さん……?」
相手は福岡の徳永瑠璃子だった。何事かと思ってメールを開いた政宗は……軽く内容を確認した後、あとで返信しようと、とりあえず画面を消す。
そして、再び花火の方を見やり、導火線の近くで待機している統治に目配せ。彼が頷いたことを確認してから……その視線を、上に向けた。
ユカもまた、彼につられて視線を上に上げて――
「うわぁ……っ……!!」
思わず声が漏れた。目が輝き、もっと、もっと見たいと思わせる魅力に引き込まれていく。
目の前で何にも邪魔されることなく、輝き、散っていく夏の花火。
いつもは散り際の寂しさが印象に残ってしまうけれど……今は、輝いている一瞬の方が、より強く印象に残った。
仙台で、福岡で……これまでの歩みの中でユカを支え、導いてくれる、これまでに出会ってきたそんな多くの光であるような気がしていたから。
20年、数えれば大変だったことの方が多いけれど……でも、全てを総合すると、ここまで頑張って良かったと思えるほど、前向きになれている。
それは、きっと――
「……まずは、自分のことを何とかせんといかんけどね」
誰かに向けて呟いた独白は、花火の音と、周囲の歓声でかき消されて。
小規模ながら空へ向けて打ち上がる花火を……ユカは久しぶりに、心の底から楽しむことが出来た。
その後、最後に残った線香花火に火をつけて、その場にしゃがみこんだユカがその光を眺めていると……里穂と心愛に押されて、政宗がユカの方へやってきた。
彼の姿を捉えたユカが、目線を上げて首をかしげる。
「あれ、政宗……片付けはよかと?」
彼は確か、先ほどの打ち上げ花火の片付けをしていたはずなのに。
視線を泳がせている政宗の背中を物理的に押した里穂と心愛が、「それは私達でやるっす!!」「そ、そうなの!!」と、明らかにぎこちなく言い放ち……逃げるようにその場から離れてしまった。
「な、何かあったと……?」
ユカがそう呟いた瞬間、花火の明かりが地面に落ちる。
周囲が闇を取り戻したが、今のユカはもう、悲観的ではなかった。
「よし、もう一本……一緒にやろ、政宗」
そう言って、先ほど瑞希から渡された線香花火の束から一本引き抜き、政宗に向けて手を伸ばした。
彼もそれを静かに受け取った後……しゃがんで目線をあわせ、手元のライターで火をともした。
そして、2人でそっと、同じ一点を見つめる。
「……政宗、ごめん、その……」
静寂に紛れて呟いた言葉に反応し、政宗が顔を上げてユカを見つめた。
「どうかしたのか?」
「プレゼント……本当、何も浮かばんかったけんが……」
こう言って口をつぐむユカに、政宗は肩をすくめる。
8月8日、仙台七夕まつり最終日。
仕事で行動を共にしていた時、政宗はユカにこう言っていた。
「さっきに話の続きだけど……その、誕生日、何かプレゼントさせてくれないか? ケッカの20歳、ちゃんとお祝いしたいんだ」
この申し出に、ユカは「何も浮かばないからいらない」と答えていたのだが、彼は諦めなかった。
「――じゃあ、何か欲しいものが見つかったら教えてくれ。来年でも、再来年でも……いつでもいいから」
「政宗……」
「急がなくていいよ。ケッカのペースでいい。だから……何か欲しいものを見つけたら、俺に教えてくれ」
こう言ってくれた彼の気持ちを無駄にしたくなくて、約一ヶ月、色々と考えてきたけれど。
でも……「これだ」と思うものを、見つけることが出来なかった。
もしも――もしも自分がこの先、死んでしまったとして。
残るものがいいのか、残らないものがいいのか……決断をすることが、出来なかったから。
「急がなくていいって言っただろ? あ、でも、車とか牛一頭とかは応相談だ」
「そげなもの頼むわけないやんね……」
ジト目を向けるが、口元は思わずほころんでしまう。
それこそ8月の上旬は、彼のことを信じられずに……不誠実だと訴えて、困惑していたはずなのに。
どうして今はこんなに、ほぼ無条件に近く彼のことを信頼出来るんだろう。
今までとは違う、そんな『違和感』。
――当たり前だよ、ユカ。
頭の中で、『彼女』がほくそ笑む。
どうして? そう問いかけると、『彼女』はなんの迷いもなく返答した。
だって、あたしは、彼のことが――
「っ!?」
脳裏をかすめた『誰か』の言葉に、ユカは思わず目を見開いて手を動かした。
次の瞬間、彼女の持っていた線香花火の火が、ぽたりと地面に落ちる。ユカの変化を感じた政宗が、どこか心配そうな表情で彼女を覗き込んだ。
「ケッカ、どうかしたのか? 具合が悪いんじゃ……」
「えっ!? あ、いや……うわっ!!」
至近距離から政宗に顔を覗き込まれ、ユカは思わず後ろにのけぞってしまい……その場にペタリと尻餅をついた。
「おいおい、急にどうしたんだよ。本当に大丈夫か?」
「だっ、大丈夫……大丈夫やけんね!!」
「お、おう……?」
自分に言い聞かせるように大きな声を出したユカに、政宗は頷くことしか出来ず……自分の線香花火の火をわざと落とすと、あいている手を彼女に向けて差し出した。
「立てるか? 暗いから、足元気をつけろよ」
「ひっ……!?」
ユカは目を見開いて息を呑むと、彼の手を取らずに自力で立ち上がった。そして、服についた砂埃を払いながら……必死に、自分へ言い聞かせる。
何を、考えているんだ。
ありえない。
政宗が自分にかまってくれるのは、これまでの『腐れ縁』の延長線、そして、ユカが持っている素質が影響しているからだ。
それ以上の感情も、理由も――ない。
そもそも、彼に関しては『仲間以上の感情などない』、そう思って、接してきた。
そのはずだった。
そのはずだったのに。
火元が残っていないかどうか、周囲を確認する彼の横顔を見上げて……心が、疼いた。
気持ちが、動いた。
気になってしまう、惹かれてしまう。
この、過去を超えて一緒にいてくれる彼に――どうしても。
エンコサイヨウでは、主に声がついているキャラに関して、誕生日を設定しています。キャラの誕生日ごとに外伝を書いたり、ブログを書いたり、有り難いことにイラストを描いてもらったりして、お祝いをしているのですけど……今回のエピソードは、2017年のユカの誕生日、当日に書いたエピソードをまるっと採用しております。
本編の時間の進みがどうしてもゆっくりなので(1つの幕につき1ヶ月)、毎年やってくるキャラの誕生日の小話に本編との整合性をもたせるのもの疲れてきます。(ヲイ)
「なろう」にアップしている小説は当然、本編準拠(正史)ですが、もう一本、ブログに書いているものに関しては、割と規制が緩めで……本編の内容と矛盾することもあるので、「なろう」の方へは積極的にあげていなかったんですね。
今回のエピソードは前述の通り、2017年のユカの誕生日、ブログに書いた「花火」という短編が元ネタでございます。本編との整合性をもたせるために加筆修正はしっかりしていますが、本筋は変わってないです。
この短編は誕生日当日の夜、2時間くらい、凄まじい集中力で一気に書き上げました。書いた後の爽快感が凄まじくて、また、夏といえば花火でしょうということで、何らかの形でどうしても本編に組み込みたくて。本編がめでたく8月になったので、今回、ようやく『正史』として組み込めます。
ユカと政宗が2人で線香花火をしているイラストは2017年に描いてもらったものです。2人がしゃがんで同じ方向を見つめているのが、とても良い……!!(ありがとうございます)
からの、打ち上げ花火を全員で見ている様子は、2019年に描いてもらったものです。約2年が経過しても、こうして絵を描いてもらえることが素直に嬉しいです。表情が見えないところがとても良い……!!(語彙力の消失)
そしてラスト、ユカの気持ちが政宗の方へ向き始めましたね。このラストは2017年版にはなかったものです。
安心してください、一時的なものです。←




