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エピソード1:視えない世界②

 廊下での打ち合わせを終えて支局内に戻った政宗と統治は、本来の仕事へ戻るために『仙台支局』を後にする駆に謝辞を告げて見送った後、改めて全員を前にして――蓮と聖人の一件を、端的に伝えた。

ちなみに瑞希は入社の際に華蓮の事情――本当は『名波蓮』という男性だが、自分の起こした事件の尻拭いとして、片倉華蓮という女性として働いている――も簡単に説明している。

 遅かれ早かれ知ることになるだろうし、『仙台支局』には、名杙から、蓮に関する書類も届くことがある。それを瑞希が目にした時、うっかり同じ事務仕事をしている華蓮に横流ししてしまい、秘匿情報が本人に漏れないようにするためでもあった。

 政宗からその話を聞いた瑞希は、しばらくの間、目を見開いてポカンとしていたが……その後、仕事で実際に華蓮と関わった際、政宗から『そう言うように』言われていた華蓮本人から、こんな挨拶をされた。

「本当はここにあるように『名波蓮』といいますが、ここでは、『片倉華蓮』という女性として働く契約になっています。混乱させてしまい、申し訳ありませんが……ご理解いただければ幸いです」

 その手には、顔写真付きの学生証。瑞希は思わず両方を見比べて、彼女を……彼を凝視する。

その視線を感じた華蓮は、業務的に話を進めた。

「仕事には差し支えないようにしますので、宜しくお願いします」

そう言って頭を下げられると、瑞希としても「そ、そうなんですねっ……よっ、宜しくお願いしますっ!!」としか言えず、なし崩し的に現状を受け入れることとなったのだった。

 突然飛び込むことになったこの業界は……普通では考えられないことがしたり顔でまかり通っていることを、改めて実感するしかない。


 そんな蓮が、名杙に『また』反抗した――その事実を聞いた心愛の両肩が、ピクリと小さく反応する。それに気付いた里穂が何か声をかけようとしたが、心愛自身が頭を振って、話をしている政宗の方を見上げた。

 少しの情報も聞き逃さない、そんな彼女の明確な意思を感じた里穂もまた、現状を理解するために政宗の話に耳を傾ける。

「と、いうわけだから……少なくとも1週間、片倉さんは出勤出来ない。当然だけどケッカも働かせるわけにはいかないから、夏休み中のみんなの助けを必要とすることも増えると思うんだ。申し訳ないけど、俺達に力を貸してほしい」

 こう言って頭を下げる政宗に、里穂と仁義、心愛はそれぞれに顔を見合わせて……目を丸くした。

 そして、頭を上げた政宗に向けて、代表して里穂が返答する。

「そんなのナシっす。水臭いっすよ、政さん」

「里穂ちゃん……」

「私もジンもココちゃんも、みんな、政さんやうち兄、ケッカさん、ミズちゃん……片倉さん、この『仙台支局』の力になりたいって思ってるっす。これまでお世話になった分、やっと少し返せるっすね」

 こう言って、笑顔でピースサインを向ける里穂に、政宗と統治は目を見合わせて……仁義と心愛も里穂と同じ表情でいてくれていることを、心から頼もしいと感じていた。

 そして、瞬きをして視界を切り替えた政宗は……そんな里穂たちの少し上空、足を組んで『浮いている』女性に、視線を合わせる。

 彼女は分町ママ、生きている人間ではないけれど、政宗よりもずっと長いキャリアを持った、この『仙台支局』の頼もしい『親痕』だ。

 今のユカはただでさえ不安定な『生命縁』が、更に不安定になっている可能性が高い。そんな状態を『遺痕』に見つかってしまったら――不測の事態に余裕を持って対応するためには、彼女の協力が必要不可欠だ。

「分町ママも、よろしくお願いします」

「勿論よ。ケッカちゃんの『縁』や周囲に異常があれば、すぐに知らせるようにするわね」

 こう言ってウインクをしてくれる彼女に「お願いします」と頭を軽く下げた政宗は、再び視界を切り替えて元に戻し、統治と瑞希に指示を出した。

「とりあえず……俺と統治、支倉さんは、通常業務に戻ろう。学生メンバーは俺達の仕事が終わるまで、ケッカと一緒にここで待機しててくれるかな」

「分かったっす!!」

 元気に挨拶した里穂は、その視線を政宗の隣に座っていた瑞希に向けて……「おや?」と、顔をしかめた。

 彼女の横顔が、政宗に、周囲に、何かを尋ねたそうにウズウズしているように見えたから。

「ミズちゃん、どうかしたっすか?」

「えっ!? あ、ううん、な、何でもないの……仕事の段取りとか、考えてたから……」

「そうだったっすか。片倉さんの分まで大変だと思うっすけど、頑張ってっす!!」

「片倉さん……う、うん、頑張るね。ありがとう、里穂ちゃん」

 我に返ってその場を取り繕った瑞希は、その場で会釈をして立ち上がると、座っていた椅子のキャスターを転がして、部屋の奥へ移動していった。


 その後、終業時刻まで政宗と統治、瑞希はそれぞれの仕事をこなし、ユカは里穂と心愛に囲まれたまま、両方から甘いものとしょっぱいものを交互に口へ放り込まれるという幸せな時間を過ごしていた。

 そして――仕事が終わった19時前、統治の運転で、名杙本家へと移送されて来たのだ。

「ケッカさん、着いたっすよ」

 車のエンジン音が止まり、後部座席で隣に座っていた里穂が、ユカのシートベルトを外しながら声をかける。ユカが自分のトートバックを持とうとシート周辺をまさぐると、「ココちゃんが持ってるっすよ」と里穂が補足して、ユカの右手を握った。

「ケッカさん、ここからちょっと砂利道っすけど……おんぶしたほうがいいっすか?」

「……」

 里穂の問いかけに、ユカは少し考えた後……首を横に振った。

 甘えるほうが楽だけど、出来るだけ、自分で出来ることは自分でやりたいと思うから。

「ううん、よか。出来るだけ自分で歩きたいっちゃけど……」

「分かったっす。じゃあ、行くっすよ」

 里穂の声と共に、車のドアが開く音が耳に届く。ユカはつま先で障害物を確認しながら、恐る恐る車から降りて……両足で、地面を踏みしめた。


 その後、普段は数分の道のりを、砂利に足を取られて転ばぬよう、時間をかけて慎重に歩いているユカは……あるき始めて間もなく10分が経過する頃、額に汗をにじませていた。


何度となく通ったことがある道なのに、とても、怖い。

目の前にどんな危険があるか分からない恐怖。聴覚を研ぎ澄ませ、注意深く進んでいても……小さな小石につま先がぶつかると、怖くなって体がすくんだ。

今のユカには、その石の大きさも識別できないのだから。


「こげん遠かったっけ……」

思わず独りごちると、挫けそうな自分が鎌首をもたげる。

けれどその度に、こんなところで負けていられないとも思う。

 今はこの場にユカと里穂、そして、サポートの仁義の3人のみ。統治と心愛は先に自宅へ向かい、ユカを受け入れる手はずの確認をしてくれている。

 少し汗ばんだユカの右手を、里穂の手がギュッと握り返した。思わず彼女がいる方を見上げると、頭上から明るい声が降り注ぐ。

「ケッカさん、もうちょっとっすよ!! 少し休憩しなくて大丈夫っすか?」

「うん、頑張る。里穂ちゃんも仁義君も……本当、ありがとね」

「問題ないっす。むしろ私はケッカさんと長く一緒にいられて嬉しいっすよ!!」

 今のユカに里穂の表情は見えない。ただ、これまでの彼女の行動パターンから察するに、心からの笑顔でユカを勇気づけてくれていることは分かった。

 見えなくても、はっきりとイメージすることが出来る。この2人とも、それだけの時間を一緒に積み重ねてきたつもりだ。

特に7月の一件以降は、仁義が仙台に来たこともあって、一緒にいる時間が更に増えているように感じている。

「そういえば仁義君、名杙の敷地に入ってよかと?」

 仁義は7月の一件で、謹慎中の身である。そして、8月にも半ば強引に仙台支局での仕事に参加してもらっているため、あまり例外ばかりを適応すると、彼に対する評価が厳しくなってしまうかもしれない。

 ユカの問いかけに対して、仁義の答えが斜め上から降ってきた。

「僕は、名倉家への不要な立ち入りと、『縁故』に関する業務へ関わることを禁止されています。名杙への立ち入りは特に制限されていませんし、今回は山本さんをサポートするだけですので、問題ありません」

 仁義の、彼自身にとても都合の良い解釈に、ユカは思わず口角を上げた。

 彼がここまでしたたかに物事を進めていることが、過去の『柳井仁義』からは想像も出来なかったけれど……今はそれが、とても心強く感じられるから。

「ものは言いようやねぇ……嫌いじゃなかよ」

「恐縮です」

 特に悪びれることもなく言い放った仁義だったが……ふと、ユカの頭上で浅く息を吐いた。そして、砂利道を歩く足音に紛れるような声で、2人にだけ聞こえるようにボソリと独りごちる。

「名波君……大丈夫でしょうか」

「ジン……」

 どこか心配そうな里穂の声に、仁義は苦笑いを向けた。

「お盆に入る前、みんなで協力して演劇を成功させた時のことがどうしても……あの時の名波君は、前よりもずっと前向きで、彼なりにこの状況に適応しようと頑張っているように見えたから。それがまさか、こんなことになるとは思ってなくて……」

「そうっすね……慶次おんちゃんの煽り属性は、今に始まったことじゃないっすね」

「里穂……もう少し言葉を選ぼうか……」

 彼女の言葉に仁義は苦笑いを浮かべて、慶次派の誰かが聞き耳を立てていないかどうか、思わず周囲を確認した。そんな2人のやり取りを聞いていたユカは、思わず頭上へ問いかける。

「あのさ、その……慶次さんって人、どうしてそげん現当主に反発しとると? そげん当主になりたかったとやか……」

 ユカは、『名杙慶次』という人物と、正式に会ったことはない。宮城に来てから、この屋敷内ですれ違ったような気はするけれど……その程度。向こうも特に、ユカに対しては何も言ってこないので、ユカからも不用意に接触しないようにしていた。

 過去、そして今に至るまでも――慶次は仙台支局を、政宗を、統治を、現当主である彼の兄・名杙領司を敵視しているように感じる。ましてや自分たちは今年の4月、彼の息子である名杙桂樹が、この家をおわれることになった直接の原因を作ったのだ。好意的に思われているとは、とても思えなかったから。

 ユカの問いかけに、里穂と仁義は思わず言葉を切って、互いに目を見合わせた。そして、里穂が頷いて、この話を引き取る。

「その辺の話は、本家のお家騒動になるので……分家の私達には何も言えないっす。ただ、慶次おんちゃんは、分家やその下の立場の人間には……あまり友好的でないことが多いっすね」

「そうなんや……櫻子さんも大変やろうねぇ」

 里穂の答えで「これ以上深入りしない方がいい」ことを悟ったユカは、慎重に歩みを進めながら……この家に嫁ぐ予定の友人のことが、どうしても心配になった。

 そんなユカの呟きに、里穂が「そうっすねぇ……」と苦笑いで同意した後、何かを思い出したように「でも!!」と声を明るくする。

「櫻子さんも、新しい環境で頑張ってるっすよ。来月には、学生を主体にした外部向けのワークショップを開催するからって、準備を進めているっす」

「え? そうなん?」

「そうなんっすよ。実は私やジンもちょっとお手伝いさせてもらうことになってるっすけど……私の周囲にいる人はみんな、それぞれの環境で頑張っているから、いつも凄いなーって思ってるっす。それは勿論、ケッカさんやジンも含まれているので……私も負けていられないっすよ!!」

 こう言った彼女が笑っていることが、直接は見えなくても容易に想像できる。

 だから、ユカもまた、自然と体の余分な力を抜いて……今はただ、目の前の道を歩ききることに集中した。

 これ以上、足をすくわれることがないように。

 第6幕は、『シンデ蓮(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/20/)』より後の話になります。

 蓮と一緒に演劇をした仁義と里穂にしてみれば、今回の件は輪をかけてショックだったと思います。

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