エピソード7:絆④
9月23日、秋分の日。
時刻は午前11時を過ぎた頃。秋の彼岸の入りとなったこの日の空は抜けるように青く、雲ひとつない快晴の元で。
聖人の運転する車を降りた蓮は、スニーカーで砂利を踏みしめる。
その手には先程スーパーで買った彼岸用の花束を携えており、服装は白い長袖ブラウスに黒い綿のズボンという出で立ち。同じく車を降りた聖人もまた、いつもの白衣ではなく、白いワイシャツにグレーのスラックス、足元は黒い革靴を着用していた。
砂利が敷き詰めれられた駐車場には他にも車が数台駐められており、人の出入りもある。初めてやって来た2人が周囲を見渡していると、そんな2人に気付いて近づいてくる人影があった。
彼に気付いた聖人が、片手を上げて挨拶をする。
「統治君、今日はありがとう」
聖人の言葉に統治は軽く会釈をした後、「こっちです」と2人に背を向けて歩き出す。統治もまた、白いワイシャツの上から黒いジャケットを羽織り、足元はジャケットと同じ素材の黒いズボンを着用していた。
蓮は聖人と共に統治の後を追いかけて、砂利道から石段を登り……その頂上を目指す。
少し息を切らしながら石段を登った先には……灰色の墓石が並ぶ共用墓地があった。
塩竈市にあるこの墓地は住宅街や幹線道路から離れた場所にあることもあり、自分の足音や息遣い以外の音は届かない……そんな、全てから隔離された空間。
その中でも比較的新しい墓石が立ち並ぶ最奥、少し視線を向ければ、港町と海が見える場所。黒く光る御影石の前で立ち止まった統治に追いつき、蓮は改めて……その墓を見つめる。
ここは、名波利子――華の母親が眠っている場所だ。
日曜日の夜、蓮は桂樹から預かった封筒を持って一度自宅に帰り、その翌日――月曜日の朝、学校へ行く前の時間に、仙台駅で名杙統治と待ち合わせをした。
統治にしてみれば、いつもの出勤より大分早い時間に仙台へ出てくることになったが……蓮の気持ちを汲み取り、彼に時間を合わせてくれた。そして、やって来た蓮からクリアファイルに入った封筒を受け取ると、然るべき機関に届け、必ず有効に活用することを約束する。
蓮が「宜しくお願いします」と頭を下げて立ち去ろうとした、次の瞬間――統治が彼の背中を呼び止めて、こんなことを言ったのだ。
華が眠る予定の場所を見ておきたくはないか――と。
蓮は、統治が何を言っているのか分からず、その場で立ち止まって首をかしげる。
そんな蓮に近づいた統治は、彼を見下ろして……先の言葉の詳細を端的に告げる。
「華さんのお母さんが眠っている墓があるんだ。あの遺体が華さんだと確定されたら……然るべき措置の後、親父が引き取ることになると思う」
「名杙当主が……?」
華の母親は4年前に亡くなっており、父親は離婚して再婚済みだ。てっきり名波の誰かに連絡が入るのかと思っていた蓮がいぶかしげに眉を潜めると、統治は腕時計を確認した後、登校の時間が迫る彼へ言葉を続ける。
「詳しいことは明日話をしたいと思っているんだが……名波君が明日の午前中、時間があるようであれば、華さんのお母さんの墓参りに来てあげて欲しい。その意思があれば、伊達先生に知らせてくれ」
「わ、分かりました……」
正直ちっとも分かっていないが、よく考えると、華の母親が眠っている場所を蓮は知らないし、遺体が華だと確定した後にどうなるのかまでは考えが至らなかった。つい先日、涼子から華の墓参りがしたいと言われたばかりだったのに。
学校が始まる時間も迫っており、とりあえずその場でコクコク頷いた蓮は、「失礼します」と早口で告げて、地下鉄の乗り場へ繋がるエスカレーターを下っていく。
そんな彼を見送りながら……統治もまた、支局内でゆっくりコーヒーでも飲むべく、朝の雑踏に紛れて移動を開始した。
そして今日、聖人にここまで連れてきてもらい――蓮は初めて、華の母親の墓石に花を供えることが出来た。
本当はもっと、早く来るべきだったのかもしれない。
でも……タイミング的には、今がベストだったようにも思う。
蓮が花立へ花を生けているいる間に、聖人は墓石の脇に設置されている引き出しの中から、線香とロウソクを取り出した。そして、墓石の横にある墓誌――亡くなった人の名前や年齢、没年などが記載されている石碑――に刻まれた名前を見つめ、墓石を拭いている統治へと声をかける。
そこに記載されていたのは、女性の名前が2名分だった。
「この場所を用意したのは、名杙当主なんだよね。どうして分家の女性のお墓を、現当主が用意したのかな……統治君、何か聞いてる?」
聖人の言葉に統治は手を止めると、「詳しいことは分かりませんが……」と、前置きをしてから。
「華さんのお母さんは、生前、国分町のお店で働いていたそうです。両親が二人とも、そこの常連客だったそうで」
「そうなんだね」
「利子さんの隣に名前がある、立華さんという人が、最初にそのお店を切り盛りしていたそうです。立華さんは無縁仏になりそうだったので、親父が引き取って……名杙とは別に、個人的に供養しています。そこで働いて、立華さんが亡くなった後にお店を引き継いだ利子さんも一緒に入ってもらっていて……華さんもいずれ、この場所に入ってもらう予定です」
「名杙当主が華さんを引き取ることに、他からの反発はなさそうなのかな?」
「特にないと思う、と、親父本人は言っていました。既に亡くなって4年が経過していますし……誰も引き取らない姪っ子を引き取る、そんな、『物好きなおんちゃん』になると」
「そうなんだね。当主がそう言うのであれば……大丈夫そうだね」
聖人がそう言いながら石の燭台に左右1本ずつ白いロウソクをセットして、ズボンのポケットから100円ライターを取り出す。
そして、ロウソクに火をつけた後、統治にその場所を譲った。
統治は静かに腰を下ろすと、ロウソクで線香の先に火をつけた。煙がたなびくそれを横にして、石をくり抜いて作られている香炉の中に置いた後……静かに目を閉じて両手を合わせる。
その後、統治が蓮に場所を交代して、蓮も統治と同じように故人を偲んだ後……墓誌に刻まれている女性の名前に、思いを馳せる。
名杙当主が個人的に供養をしている女性は、もしかしたら――そう思って視線を上に向けてみるが、蓮はもういつもの眼鏡をつけているため、お酒が大好きな彼女の姿を見ることは出来ないけれど。
でも、これで……華が1人になることはない。先に眠っている彼女が、蓮の予想通りの人物であれば……きっと初対面の華のこともすんなり受け入れてくれるだろう。働いていた従業員の娘であれば、尚更だ。
蓮は聖人に場所を譲り、その場に立ち上がった。
そして――遮蔽物がない、空に近い場所で上を見上げ……目を細める。
一歩間違えば、自分も――肇のようになっていたと思う。
目的だけを見て手段を選ばず、人を悲しませて……実際に彼と同じようなことをして、心愛に恐怖心を植え付けてしまったのは自分だ。
今は彼女の強さもあって普通に接することが出来ているけれど……でも、よく考えたら『名波蓮』としては、ちゃんと謝罪をしていない。
今回、改めて……自分がいかに自己中心的な行動をしていたのかを嫌になるほど実感出来たから、このままではいけないと思うし、政宗が自分を毛嫌いする理由もはっきり分かる。
でも……今更話を蒸し返して、吹っ切れた彼女の気持ちに水を指すようなことはしたくない。
名波蓮として出来ること、それは――
「あの……名杙さん」
聖人が火の始末をしている間、蓮はゴミをまとめていた統治の背中に、意を決して話しかける。
こうやって、統治と話をするのは……いつぶりだろうか。
強く覚えているのは、4月のあの日――統治に向けて、苦し紛れに言い放った、あの言葉だ。
「僕は……姉さんの本当の弟になりたかった。名杙の『因縁』が欲しかったのかもしれません」
「……バカバカしい」
4月のあの時、蓮を捕らえた統治は懐にペーパーナイフをしまってから立ち上がり、蓮を見下ろす。
「そんなことをしなくても、彼女はずっと君を可愛がってくれていたと聞いている。どうして、それだけで満足出来なかったのか……理解に苦しむ」
そう言い残し、統治はユカや心愛、桂樹の方へ歩き出す。
その背中に向けて、蓮は静かに毒づいた。
「家族がいる人間に……分かりっこないんですよ」
あの時はあんなに、名杙の『因縁』を欲しがって、華との血縁関係がほしいと思っていたのに。
今は……自分にも家族と呼びたい人がいることに気付くことが出来た今は、名杙の『因縁』なんてむしろ厄介過ぎて自分には不要だとさえ思うようになっていた。
人は変われる。
時間がかかって、何度も転んで、傷ついて、迷っても。
それでも立ち上がり、支えられ、前を見て……自分の足で歩き続けることが出来れば、人は確実に変わる事ができる。
これからは時間がかかっても、自分なりに足掻いている姿を見せていかないと、ここに華がやって来た時に、何も報告することが出来ないから。
名波蓮として、4月に迷惑をかけた彼女に出来ること。
それを考えて……まずは一歩、自分の足で踏み出してみよう。
統治は振り向いて立ち上がると、彼を見下ろして用件を問う。
「どうかしたのか?」
「その……今回、小野寺先生がしたことを見て、僕は、4月の自分がどれだけひどいことをしていたのか、強く実感することが出来たんです」
刹那、統治の口元がピクリと動いた。開きかけた口を抑えるように、聖人がそっと、統治の肩に手を添える。
そして、自分に免じて話だけでも聞いてあげてほしい――そう、視線で訴えた。
統治は脳裏をかすめた言葉に気付かないフリをして、蓮の言葉に耳を傾ける。
「僕は……以前、片倉華蓮として心愛さんに謝罪をすることが出来ました。でもあれは、僕であって僕じゃないんです。だから、その――!!」
「――心愛に謝りたいから取り次げ、そう言いたいのか?」
少し語気を強めた統治の言葉に、蓮は静かに首を横に振った。
そして、統治を見上げると……苦笑いを浮かべる。
「今の僕にはまだ、謝罪する資格はないと思っています。謝罪は、加害者が一方的に言っても意味がないんです。僕も……今、姉さんを否定していた人たちが手のひらを返してきても、簡単には信じられないでしょうから」
「そうか。ならば俺に何を言いたいんだ?」
「その……心愛さんに今の僕を見てもらえるように、名波蓮として何か出来ることを探したいんです。そのために……彼女と話をする機会を作ることを、許して欲しいんです」
刹那、統治が更に目つきを鋭くした。聖人は聖人でニヤニヤ笑いながら、真顔の蓮の頭上から盛大に水を差す。
「蓮君、それ……要するに心愛ちゃんとデートしたいから許してねお兄様ってことでいいのかな?」
「はぁっ!? 違いますよ!! そんなつもりじゃ……!!」
聖人に指摘された蓮は慌てて頭を振るが……確かに自分の言葉を思い返してみると、そう捉えられても不思議ではないような気がしてきた。現に今、統治が自分を見下ろす目が、史上最高に冷たくなっていることをヒシヒシと感じる。
「あ、あの、名杙さん、僕は本当に、その……!!」
「……君が言いたいことの本筋は理解している。ただ、それに俺の許可は必要ない」
統治は苦い顔で頭を横に振ると……長く息を吐いた後、改めて蓮を見つめた。
そして、彼が終始自分を見て話をしていることに気付き……不承不承、口を開く。
「前にも似たようなことを言ったような気がするが……俺は、妹の人間関係にまで干渉するつもりはない。心愛が君と会うかどうか、それは本人が決めることだ。だからこれからも、俺に伺いを立てる必要はない。ただ……」
一度言葉を切った統治は、自分を見上げて冷や汗をかいている蓮へ……兄として一言、気持ちとしては五寸釘を打ち込むくらいの勢いで釘をを刺す。
「もしも君が、心愛を再度傷つけることがあれば……容赦はしない。それだけだ」
「わ、分かりました……」
統治の目力に負けた蓮は、冷や汗を隠しながら必死に頷くしかない。
そんな彼を一瞥し、統治は袋にまとめたゴミを持って、一足先にその場を後にした。
聖人もまた、「先に車に戻ってるね」と蓮に告げて、統治の後を追って階段を下っていく。
その場に1人、残された蓮は……墓石の前に立って姿勢を正し、静かに一礼をした。
そして、視線を空に向けると――口元に笑みを浮かべる。
彼女へ届くように、自分の表情が見えるように……しっかりと。
「……やれるだけ頑張ってみるよ、姉さん」
決意を呟いたところで蓮は踵を返し、先に向かった2人を追いかける。
次の瞬間、海からの風が蓮の頬を後ろから撫でて……そっと背中を押してくれた、そんな気がした。
蓮と統治が2人だけで小説で話をしたのは、第1幕の終盤だけ。その続きになるボイスドラマでも、少し話をしています。(https://mqube.net/play/20171115740318)
その時と比べると、色々と感慨深いものがありますね。人は変われる、この言葉を蓮がメインの話で書けたことに、凄まじい達成感があります。
彼が変わった姿を見せていくのはこれからですので、更に頑張って欲しいですわ。
そして、彼らがやってきたお墓に関する詳細は、コチラの外伝に書いてます。(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/7/)
この外伝を書いたことで、『エンコサイヨウ』の世界観がグッと深くなったと思っているんですね。そんなターニングポイントになったエピソードを本編に少しでも絡めることが出来て良かったです。
そして最後の!! 幸せな名波姉弟のイラストは!! Twitter上で常磐さんに描いてもらったものを使わせていただきました!!
もうこの2人の穏やかな顔はラストに持ってくるしかないじゃないですか……あぁもう本当、幸せそうで何より。蓮のこの表情が、本編の彼と一致していることで泣きそうになります……本当にありがとうございます!!




