館内コンビニ 2
温かい弁当のマヨネーズの香り。弁当の熱で溶け出してしまったアイス。かじりつく。ヤワすぎてむかつく。硬かったら硬すぎてむかついたのだろうけどな。馬鹿だ。ほんと、ばかだ。アマネが欲しいと言ったか覚えていないが、『創舎饅頭』とかいうお土産品を買った。サンプルによれば表皮は黄土色で、あんこらしきものが入っていた。ゲスな饅頭だ。しかもどうしてアマネにお土産を買うのか。去るのはジブンなのに。狂っているからなジブンは。つまんないことを問うなよ。笑えてくるじゃないか。
まったく、わけがわからなくて、いっそおかしすぎるよ。
そして、このおかしさだけが、いまの自分には真実という気がする。悲しまれることすら望めない。滑稽を撒き散らし、神々から「失笑」のおひねりを貰うピエロ。力の足りなさゆえに、一生懸命さが最高の笑いを呼ぶ大道芸人。それが、ジブンが《創舎》で得たカタガキだ。
どうでもいいことなんだと私は思う。
私のようなヒゲキは、ここにいる神々にとっては。
いや、ヒゲキは存在しない。
神々は、悲しみを愉しみ、交歓するのだろう。
神々というやつらは。
こんな地べたでヒゲキの操り人形になっているなんて、超絶的だ。奇麗なドレスを着た人々の舞踏場に、私だけが作業着を着て、泥まみれの長靴を履いている。もちろん笑えてくるけど……、やはりいちばんは、申し訳ないと思う。私も神のことを知るニンゲン。神のハシクレだったからだ。
だけど私は、罪の意識を隠した。神になる資格は剥奪されたニンゲンだ。地べたをごろごろと転がり、苦しむくらいしかできない。
だから、笑わせろよ。せめて、大声でさ。
「あ、はははははは! あっはははははははは!」
私は店の窓ガラスを叩いた。頭からぶつかった。ガラスの指紋が嫌なんだ。地面もむかついたのから、叩いた。コンクリートのほこりが、微細な砂粒が、歩いた奴らの靴の汚れがついているのが、嫌なんだ。
「サキちゃん? ……何をしてるのですか?」
アマネは私に、ひいている。さすがに私がおかしいのが分かったらしい。
私は、やめない。なにもかも汚いのだ。窮屈なのだ。みじめなのだ。こんなクソつまらない世界に私を押し込めたこの世界に、私は、怒っている! 怒ることで、世界が変わるわけでもない。だが私というニンゲンは、そういう低脳な行為でしか、私の気持ちを、世界に伝えられない。世界と関わることができない。私は、ゴミだからだ!
「――サキちゃん……っ! どうか、落ち着いて、っ」
四つん這いになっている私を、アマネは引き起こした。勢い良く立たせやがったので、軽い私は簡単に持ち上がってしまい、アマネごと後ろに倒れた。
「何しやがるんだよ! バカヤロー!」
私はアマネの肩を思い切り突き飛ばした。きゃっ! 叫び、アマネは背中から倒れる。後頭部を強く打って意識を失くせばいいのに。くそめ。なにが神だ。私を見下しているから痛い目に遭うんだ。
私はアマネに馬乗りになった、そのきれいな髪を引っ張ってやった。汚い髪だ。削りたてのおがくずみたいな色をしていやがる。私をこんな所に閉じ込めた奴らは、全員許さない。反動をつけて髪を上下に引っ張るたびに、あうっ、あうっ、あうっ、と悲鳴を上げている。汚い姿だな。これが神だっていうのが終わっているよな。やはりこの世界は狂っているよ。ああ、いい気持ちだ。暴力に訴えて汚い世界を変えようとする汚い行為。汚い気持ち良さ。ほんとに世界は最悪だよ。あははははははははははは。くそぅ。くそぅ。このクソ月並な悲劇を演じてるワタシ。クソぅ! つまんねぇ。笑えてくる。ギャグにしかならないよ! 笑えよ! わたしを笑ってくれよ! そうすれば痛快だよ! 月並みなヒゲキをギャグに変えてくれ!! あははははは。あははははははは。あはははははははははははははははははははははは!! あぁ。どうにもなんねーよ。この月並さ。
ジブンを変えたいという発想もワタシ並みだ。そういう発想の時点で月並なんだよ。ワタシはせいぜいヒゲキの駒としてしか動けねーっ。この、どうにもならなさ。登場人物が私であるかぎりどうにもならないんだよ。このヒゲキの月並みさは!
「変えてくれ。わたしを。」
――「あなたを変えてあげます」
と言ってくれよォ。だれかぁ……っ。
「サキちゃん、やめて、もうやめて……」
「うるさいよ?」
私はニッコリと笑い、アマネの口をふさぐ。余計なことを言うのはこの口か。もう片方の手でバチン、ほっぺたをはたく。逆のほっぺにもお見舞いする。私は場違いにニコニコしている。こんなときでもきれいな顔を作ろうとするなんてな。きれいなものなんて何になるっていうんだよ?
なんでアマネは私の暴力行為を許しているんだろうな。《創舎》に居るとはいえ、私は九歳児だよ? いくら引き込もりでも捩じ伏せることができるだろ。ショックが大きいのか? あわれみか? ――なんでもいいよ。二人の仲は終わりだ。私は二人の、世界を、壊した。こんなことが許されてしまうなんて。ほんとうに、世にもおぞましい世界だよ。この世界はね……。
そんな世界なのに、私はとても、悲しかったんだ。
アマネの声が遠くなった。
泉サキは、ハッと譫妄から復帰した。
ここにアマネが居たらどうなったか、を考えた。
譫妄が、何もない空間から巨大な魔物のように姿を現し、炸裂し、連鎖し、爆裂した。それはじつに、『魔王』か、その配下に似つかわしい破壊力だった。
一瞬でもアマネの姿を想像すれば、ジブンがアマネにどんな仕打ちをするか、ハッキリ構想できた。というよりも、実際に体験した生々しささえ、私には刻まれていた。手にはアマネを殴った時の柔肌の感触が熱をもって残っていた。
ジブンは譫妄の間、この場所から意識を失い、構想の世界へカラダやココロを飛ばされていた。『魔王』の力は悪しきものを具現化する。譫妄だろうとそれは現実なのだ。
そもそも「現実」とは「現実という判断」のことなんだ。「現実であることの実感」でしかないんだ。物質的か、身体への刺激があるか、平常な時間空間があるかといった要素は、関係ない。泉サキはもう、ただの空気からも、悪夢の世界を観られる。この症状に、少しだけ、今は感謝しよう。ジブンのようなニンゲンを見舞う悲劇など、どうせフツウのもの。月並の悲劇。
神の器に届かず《創舎》を一人去るとか、衝動に任せて、友達を殴るとか、その程度のものだ。そんなフツウの悲劇、実際に味わう価値などない。この程度のヒゲキのために本当に引込完を傷付ける必要はない。
あっていいわけない。
だから、よかった。
月並なヒゲキを譫妄の空間の中で済ませることができて。
ジブンの物語など、この世界で実際に語られる醍醐味は一抹すらも、無い。世界の材質はジブンなどに回されなくていい。ジブンの物語は譫妄で充分だ。気付かれず、消えて行くさ。
手には食べかけの温いフランクフルトがあった。
泉サキはガブリと食いついた。コーラを開けて、一口飲んだ。
心を決める。
――立ち去る前に、やるコトがある。
それは、この世界への最後の抵抗。
平凡な挫折を与え、平凡な悲劇を与えて、平然としている世界へのやり返し。
挫折でもいい。悲劇でもいい。
だから特別な筋書きを与えてくれよ。おもしろい挫折をさ。ワクワクする悲劇をさっ。
平凡な結末を与えるなんて、世界の怠慢。それともジブンの機能的怠慢だろうか。月並なジブンだから、月並なヒゲキだけが寄り付くのか。
どちらにしても、許さない。
私は……。私は……。私は、私の外に、この世界に、復讐する。
もしも、復讐などできない凡百な器質なら……。
せめて、一石だけは投じてやる。
それがワタシの物語の、フィナーレだ。
泉サキは串をゴミ箱に投げた。ぐっ、と拳を握った。少し、気持ちよくなった……。




