[シンジュク] 1
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エレベーターを降りて、人がたくさん行き交う一階通路を歩きます。火山岩のような肌をした2メートル以上の巨人や、首輪らしきものを嵌めて這うように歩く、犬よりも大きな液体金属状のひとなど、変わったひとびとがちらほら見られます。創舎が多様な時空からひとびとが集まる場所ならば、いわゆる「宇宙人」の方々も居るのかもしれないですね。あるいは地球人にしても、現在の人類が隕石の衝突なりイエローストーンの噴火なりで絶滅するのであれば、何万年か後に新しい文明を築く「人類」は、今とは違う形かもしれません。
おそらく一週間以上もこちらに居る身としては、見慣れないものを見るのも慣れてきました。それにしても、想像を超えるものばかりですね! 通路は幅広く、天井も高いまま続き、大きさを保ったまま、地階へと向かう階段になりました。混雑は、変わらないどころか、増していきました。子どもの頃、地元で開かれた博覧会に行った時の、パビリオンに並んでいる行列を思い出します。ここに居るひとびとが全員神々というのですから、世界は広いですよね。
「この先には、ゲートと、カミネタリウムがあるの。ゲートは『都会』をはじめ色んな所に瞬時に行ける。カミネタリウムは――」
「プラネタリウム、とは違うのでしょう?」
「そうね。神用の劇場ってとこかしらね。観るものは星空ではないわ。そんなにいい場所じゃない」
サキちゃんは重たい呟きを漏らしました。そのことに本人は気付いてないようでした。
劇場で神が観たいもの。……一体、何でしょうね。
地下通路は分岐していき、人の流れも細くなっていきます。それぞれの行き先に分かれているようですね。
わたくしたちは「都会」方面への通路を進みました。その先は駅のホームのような場所でした。転落防止柵に似たゲートがありますが、ゲートの向こうには電車はいませんし、透明な床があるだけでした。サキちゃんに袖を引かれ、ゲートをくぐります。すると、軽い電気ショックを受けたように、頭のなかに白い閃光が走りました。痛くはなく、むず痒い衝撃でした。
光がやみ、目を開けると、反対側にゲートがありました。一瞬で地平が半回転した感じです。ゲートの色が違いました。白から薄紫に変わっています。つまり別の場所のようです。
「ついたわよ」
サキちゃんはわたくしの袖を引き、ゲートを出ました。
十歩も行かないうちに、見えてきたのは、高空のターミナルビルからの景色。
なぜわかったかというと、天井に「TERMINAL“CYNJK”」という電光板があったからです。蛍光灯でもLEDでもない電飾でした。きれいなのですが、心がささくれだつような、濁った快感を与える照明でした。「都会」のデザインのコンセプトだと考えるのは、穿ちすぎでしょうかね。
ここは[シンジュク]に間違いありません。大きな窓辺からは、創舎から小さく見えていたビルの連なりが、大迫力のジオラマよろしく、広がりました。わたくしの時代だと、CGという技術でしか作れなかったような、緻密ながら粗雑なデザインや質感。黒を基調としたビルが多いのも、後ろ暗い興奮を掻き立てられます。良い夢と悪夢の境界に綱を渡して、そこを歩くような臨場感が、ここにはありました。
リラックスとは違う空間ですが――ここもなかなか、悪くはありません。
「ここは『駅』よ。『都会』や『山村』などの[エリア]には、それぞれ『駅』がある。《創舎》のゲートからは、どの『駅』にも行ける。地上に降りましょう。店があるはずよ」
わたくしたちは『駅』のビルを下に向かいます。観覧車のポッドがエスカレーターに合体したようなものに乗り、下方へ向かいます。窓からは、同様のポッド・レールが上方でたくさん交差しているのが見えます。トーキョー駅よりも広く複雑。それでいながら開放的で雄大でした。下に降りると、今度は、向こうの世界にもありそうな水平のエスカレーター。ただ、とても長いですし、トンネル状の天井は白く輝いています。
エスカレーターが終わると、待機所のような場所で着替えをしました。[都会]には「擬態法」という作法があるらしく、[シンジュク]に来る人は着替えるのがファッションの常識だそうです。わたくしはサキちゃんに勧められるまま、ディーラーのような服装に着替えました。赤いリボンのついたシルクハット。蝶ネクタイに燕尾服。ぴっちりした白革のパンツとウェスタンブーツ。ベルトはいかめしく、酒瓶とホルスターがついていました。サキちゃんはセクシーな肩出しのジャケット。年端のいかない女の子特有の、ガラスの塑像のような骨格があらわになるのは、美しさで空気が緊張しますね! こうした判り易い記号が、「都会」に合う服装なのでしょう。
着ていた服は、車と物置が一体化したような卵形のカプセルに入れました。カプセルはどこからともなく追尾し、[シンジュク]から出る時には持ち物返してくれるそうです。乗り込んで「都会」を遊覧することもできるそうですが、いまは自分の足で歩いて見学することにしました。
外に出て、広ける景色は、予想以上に見事でした!
子供が初めて冒険映画のセットに足を踏み入れれば、今のわたくしと同じ新鮮味を味わうに違いありません。優しい光に包まれた、傍若無人な黒いビルの群れ、群れ……。肺が幸福な空気を吸い込み、反応した心臓がどきんと高鳴ります。
いちばん近い雰囲気の町は、向こうの世界ではシンジュクでしょうか。そういえばこの街は[シンジュク]という名前でしたね。ここには、向こうのシンジュクの粋を集めた空気と、建物と、構図とがありました。いわば[シンジュク]の景色はどこを切り取っても観光スポット。向こうのシンジュクにありがちな、道端の嘔吐物や泥水、のっぺりしているだけのデザイン性皆無の建物、そういうものは一つもないのです。シンジュクの混沌とした部分を昇華し、街のデザイン性に繰り入れた、すばらしい緊張感がありました。
たちどころに目についた、駅らしい豪壮なレンガ造りのビルには、ギリシャ文字の「ⅩⅤ」を頂く大きな丸時計が見下ろしていました。建物の下では高速バスらしき車がひっきりなしにピストン発車していました。車体には車輪はありません。地面から浮いています。排気筒はなくガソリン車ではありません。特有の高周波音もないので、電気自動車でもないのかもしれません。物凄く高性能な小型電池一個で自走するような車なのでしょうか。
わたくしは空を見上げてみました。そういえば、この「都会」には、電線が一本もありません。バスの様子からすれば、電車やモノレールも向こうよりも進化したものなのでしょうね。それはイメージしなくてもハッキリ分かるほどでした。向こうでいえば首都高速に当たるような高架レーンが、ビルのエリアをぎゅわーっと抱き込みながら、かなたに伸びていました。低いビルの屋上では、道化た格好をしたバンドがPV撮影をしていて、それを誰も気にしません。非日常的な光景は、日常のことのようです。
この街は、鈍く明るく、光っています。それはホタル石の光を一段階明るくした光にも似て、ドキドキするけれど、心地よいものでした。決して明るくはありません。むしろ街を特徴づけるのは、ビルの色のように、暗さとも言えるでしょう。闇という光。光がたわむれに闇になってみたような……そんな光なのです。しかし光源らしい光源はありません。とはいえ全体の光度を確保するシステムがあるようでした。
大通りでは人々がひしめきます。金属のアクセサリーを着けた人。底高のブーツの女性。黒や白のコートやジャケットの人々。背広を着たスラリとした青年。白スーツにサングラスの男性。ウェイトレスの制服で飾った女性。人々のさまざまな色は、陰翳の濃いビル群と、見事に調和しています。たしかに「都会」に合う服装はあるのですね。「都会」は多様な人々を集め、博物館のような賑わいを演出していました。多様な情報が景色を豊かに見せる様子。わたくしは家の雑貨屋を懐かしく思い出しました。




