プロローグ
改稿前の原稿で応募した、第39回後期ファンタジア大賞が2次選考落ちしたのでここにアップでーす
柔らかな光が差す朝。淡いピンク色の花びらが春風に乗って舞い上がり、入学して真新しい制服の肩へふわりと乗った。
まだ革の香りを残すローファーが、一歩一歩踏みしめて歩く中庭の土をしっかりと受け止める。
「……あまり気乗りしないなぁ」
誰に言うでもなく呟いたその瞬間、風がまた吹いた。
今度はもっと強く、たくさんの花びらを巻き上げて視界を覆う。
思わず目を閉じて再び開けると、目の前に大きな桜の木があった。まるでその場に来た人のために存在しているような、圧倒的な美しさだ。
「――約束どおり、来てくれたんだね」
振り向くと、同じく真新しい制服姿の男子生徒が立っていた。
髪を軽くかきあげながら、少し照れたような笑顔を見せる。
「君がここへ来るように呼び出したからね」
二人だけの空間。風に乗って漂ってくる甘い桜の香りが鼻腔をくすぐる。
目の前の男子生徒を見つめたまま動けなかった。
「あの……えっと……」
彼は制服の襟元を弄りながら、頬を赤らめている。
おそらく同年代の男子の中でも背が高い方なのに、今は小動物みたいに小さくなって見える。
彼がこれから話すことには察しが付く。
まだ入学式から一週間ほどしか経っていない。
これから始まる高校生活のこともあるのに、よく勇気を出して今、その言葉を伝えようと決心したものだ。
なんて、他人事みたいに物思いにふけっていると。
「……俺はずっと君のことを、見てました」
彼の声がかすれて耳に入る。
「入学式で君に、ひとめ惚れした……そのときから――」
桜の花びらが二人の間に舞い落ちてくる。
「今までの人生で、君みたいな可愛い女の子が現実にいるなんて思いもしなかったっ」
「……っ!」
彼のストレートな言葉に、思わず深呼吸する。春の空気が肺を満たしていく。
「俺と、付き合ってください!」
風はさらに強くなり、花びらが舞い上がる。
「あの……返事をする前に、ちょっといいかな?」
そんな幻想的な光景の中、意を決して大きく口を開いた。
「――僕は男だ!!」
そう、僕は、蒼文春はれっきとした男子なのである!
「そんなッ!? でもいい! むしろ、俺と付き合ってください!」
「よくないよ!? 君はそれでも良いかもしれないけど、僕はよくないんだよ!?」
「一目惚れなんだッ! こんなに可愛い子、俺は見たことがない! 本気なんだッ!」
「君の目の前にいるのは男なんだよ!? それに可愛い女の子なんて他にもいるよ! 目を覚まそうよ!?」
「君以外に可愛い子なんて存在しないッ! それにもう、俺は目覚めた!!」
「何にだよ?!」
呆れて「……はぁ」とため息をつく僕の前で、彼はまだ熱っぽい目をしている。
昔からよくある光景だけど、未だこれに慣れることはない。というか慣れたくない。切実に。
「とにかく僕は男だから! 君とは付き合えない!」
「やっぱり、そんな可愛い見た目をしていても、異性がタイプなのか?」
「……別に、女子から告白されたとしても断るよ。そもそも恋愛になんて興味ないし」
そう僕が言い切ると、彼は目に見えて肩を落とした。
これ以上粘られても困るので、早々に話を切り上げることにしよう。
「じゃあ、そういうことなので……僕は教室に戻るね?」
踵を返した僕の背から、彼の情けない声が聞こえてくる。
「グッバイ……俺の、青春……ッ」
グッバイするのは早すぎないか? まだ三年もあるんだよ?
「……」
彼の言葉にツッコミを入れようか迷ったが、これ以上この空間にいること自体が耐えられないので、気にせずその場を去ることにした。
振り返らずに歩き始めたけれど、その足取りは重たい。
「青春、か」
青春って何だろう。
何かに時間を注げるほど熱中できることをいうのだろうか。
それは友情、恋愛、部活、勉学、それともそのすべてを学生生活の三年間で器用にやり遂げることをいうのだろうか。
出来ることなら人生一度きりの高校生活で、そのすべてをやり遂げた『青春』を謳歌してみたい気持ちはある。
でも、それは……「恋愛に興味が無い」僕には叶わない夢物語のような気がするな。
元々の性格の問題ってこともあるだろうけど、僕の上っ面だけしか見ていない人間が環境の大半を占める現状で、まず恋愛なんてものには興味すら抱くことは無いよ。
「……それにしても、男の僕に『可愛い』って……」
小さい頃から「可愛い」と言われ、女の子扱いされ続けてきた。成長してもそれは変わらない。
きめ細かやな白い肌にすらっとした華奢な体つき、長いまつ毛は瞳にわずかな影を落とし、艶やかな黒髪は櫛を通さずとも指を滑り落ちるほどにさらりとしている。左側の目尻にある小さな涙ボクロも印象的だ。これらの要素が僕のあどけない顔立ちにベストマッチして、より女の子らしさを際立てているのだろう。
そして声変わりしても高めのままのソプラノボイスには苛立ちすら感じることもある。
「……はぁ。高校生になっても、こんな生活は前と変わらないな」
人生なんとなく自分のやりたいことを気ままにしていたら、いつの間にか高校へと入学していた。
中学時代は毎朝かかさず朝練して、休みの日を削ってでも熱中していた陸上への熱も引退を機にスンと冷めてしまっていた。
あの時は朝日が昇る時間から気持ちよく走り込みをした後に登校しても、何も苦に感じないほどだったのに、今では朝早くに起きて走ることはおろか登校することすらに気怠さをおぼえる。
つくづく自分が飽き性であると自覚する。いや、良く言えば熱しやすく冷めやすいといったところだろうか。
そして、恋愛面においてはとことん興味がなく、小中と何度か異性や同性に告白されたことあれど、そのすべてを今日のようにきっぱりと断ってきた。
とくに異性に対しては、時に相手の気持ちに気づいた段階でその手の話題を避けるなど、潔癖とでもいうほど恋愛についてはまるで興味を示さなかった。
この中性的、というよりも周囲からは美少女と見て取られる容姿のせいで、昔からよく周囲で浮いた存在となっていたせいもある。
事実、中学一年生の頃にはこの容姿のせいで、当時気になっていた女の子から「蒼君のことを男の子としては見れない。だから異性としても好きになることはありえないよ」と一蹴されたほどだ。今思えばそこから『恋愛』に対しての興味が薄まっていったのかもしれない。
結局ほとんどの人は、僕の外見しか見ていないんだなって。
そんなこともあってか、僕はよく同性の友人グループと一緒にいることが多くなり、中学時代は一部の女子の間で、美少年×○○といった妄想が流行っていたらしい。
困った話だよ、まったく……。
「こんな調子で、僕はこの先の高校生活で平穏な『青春』を謳歌できるのかな……」
風が吹き抜けてゆく。上空へと舞い散る桜の花びらを瞳で追いかけ、祈る想いで鮮やかな青に染まった空を仰いだ。
「あの青い春の群れに……僕の青春はあるのかな」
高校生活三年間ですべての青春を謳歌できるかはわからないけど。まずは平穏に、気長に、友人たちとの関係を大切にしていくことだけを考えよう。
だって僕の物語は、まだ始まったばかりなんだから。




