番外編:花と巡り合う魔法使いの話 05
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この国には新緑祭という王家主催の催しがある。
本来の目的は王国貴族の社交のため貴族の領主やその御曹司がほとんどなのだが、公爵家や侯爵家など貴族の中でも上位貴族に位置する爵位の者たちは、幼い子息子女を同伴し、この機会に婚約者を決めてしまうのが通例となっていた。
特に今年は王家の第一王子が現れるとあって、上位貴族たちの婚約者争いは過熱していた。
「ヴィヴィアン。お前ももう5歳。お前専用の影を与えよう」
「はい、お父様」
ラベンダー色のプリンセスラインのドレスをきた金髪に空色の目を持つ少女――ヴィヴィアンは、ぴんとした姿勢で淑女の礼をして返事をした。
同じく金髪に空色の目を持った男性――クロムウェル公爵は一つ頷くと、自身の影から出てきた人物に目配せをした。
音もなく執務室のドアが開いて、そこから少し背の低い影が現れた。
ヴィヴィアンはその空色で少し釣り上がった目でじっとその影をよく見た。その影は自分の知っている影とは少ししちがっていたからだ。
なにせその影は目を覆い、ターバンで髪を隠し、さらにローブをすっぽりとかぶっていたからだ。
見えるのは、少しふっくらとしている頬と、比較的高い鼻梁に吊り上った口だけ。
自分とさほど年齢がかわらなそうな人物は、ヴィヴィアンの手前まで来ると、膝を折って従者の礼をした。
クロムウェル公爵が口を開く。
「――お前専属の影だ」
「お初にお目にかかります、お嬢様」
「まあ、おなまえは何というの?」
「エム、と。そうお呼びください、お嬢様」
「わかったわ」
「はい。そしてお嬢様に私から早速お願いがございます」
「何かしら」
「ヴィーと呼んでも?」
その言葉に公爵と、公爵の影がむっとしたのを、マーリンは背中で感じた。でも先ほどの瞬間からマーリンの主人はこの少女だけだ。外野を気にする必要はない。
当のヴィヴィアンは一度きょとんとしたあと、嬉しそうににっこりと笑った。
「おともだちみたいですてき! いいわ、ヴィーとよんでちょうだい」
「――なんなら、おともだちみたいに接しようか?」
「いいの?」
マーリンの言葉にヴィヴィアンの目が爛々と輝いた。立場上、彼女と対等なものなど一人もいなかったから、そんな物言いが新鮮で嬉しいのだろう。
主人の了承を得たマーリンは立ち上がると、手を差し出した。
「あらためまして。僕はエム。よろしくね、ヴィー」
* *
あの頃のエレインはまだ利発で、何にも偏見がなく可愛かった。自分の子供でもし女の子に恵まれたなら、あのエレインをそのまま大人にしたい。
エムは脳裏に思い出した美少女を想浮かべながら、ナッツのような香りのする酒を舌で転がした。
「なあ、今の話のどこがお前の奥方と出会いのシーンだったんだ」
目の前のライリー辺境伯は少々呆れ顔でエムに話しかけた。
「出会いの場面だったじゃないですか」
「いやいや、本当の出会いを聞いているんじゃない。 お前が奥方をいつから愛していたか、俺は聞いているんだ」
「ああ、旦那様はまるで吟遊詩人の詩のような恋をされていたんでしたね」
辺境伯は元々は在野の騎士――つまり傭兵をしていた。その傭兵稼業で訪れた町で暴漢に襲われそうになっていたところを助けたのが今の伯爵夫人・リサだった。
血は青いが、故郷が貧しいために在野の騎士となった男と、裕福な商家の庶子の娘の物語は吟遊詩人顔負けの恋愛譚だ。
たしかにそんな劇的な恋愛をした人からすると、死にかけを助けられ一年後に従者になりました、そして逃避行の末結婚しましたという話は些かドラマチック性に欠けるのかもしれない。また、従者になった時点では惚れてなかったのも、ご不満点なのだろう。
「正直、いつから愛してたか、と言われればわからないのです」
「おい」
「でもわかっていることはありますよ。私はきっとエレインのために生きて、死ねたら幸せなんです」
「――俺に仕えているのも、妻のためか」
「ええ。貴方に所作や常識を教えてたのも、妻のためです。私の能力を評価いただければ、私が推薦する妻を家庭教師にしてくれると分かっていましたから」
平民になっても、農民と話せるようになっても、エレインの本質はヴィヴィアンで、ご令嬢なのだ。それは側にいるエムが一番わかっていた。でももう彼女を貴族にしてやることはできない。
ならせめて、少しでも近い所で。彼女の本来の力を発揮できるようなことを。それがエムが今のエレインにできる精一杯だ。
「とはいえ、さすがに人の生き死には運ですから。契約していた騎士がまさか貴族になり上がるなんて思うわけありません。本当にたまたまですよ、めぐり合わせです」
「嘘でもいいから俺のためって言えよなあ」
「甘言もおべっかもお嫌いでしょう、貴方様は。言ったら言ったで不信がられるだけのことなどしません」
エムの言葉に、ライリー伯爵はニヤリと笑った。この顔をするときは、自分が言いたい事や、やりたい事を言わずとも解ってもらえた時にする表情だ。
「ま、お前のことを何度本当に人間なのかと疑った事があったが、お前も人の子だったんだと思って安心したよ」
首をかしげるエムに、ライリー辺境伯は自覚なしか、と笑った。
「愛する女の話をする男の顔ってのはどうもだらしなくてならん。お前も一端にだらしなくて、安心したって話さ」
FIN.
愛って何といってたマーリン少年ですが、エムを経て、今はエレインになった彼女にに違う愛を与えているよっていうお話です。
元々、エムは前世あり設定が裏でありました。なので2話でヴィヴィアンの荒唐無稽な話を否定せずに聞けたのです。
改めて1万PTありがとうございました!




