40話 東の門
今回でネルシャ編、終了となります。
「そっちからも来るわよ!」
「気をつけて下さい! まだ気配が残ってます!」
「向かってくるのはあたしが殺る!」
「気配が残ってるのはどの辺だ!」
南東にある小さな森林には、様々な生き物や魔物が生息している。
今回ネルシャたちが受けた依頼は土竜牙兎という、名前だけだとなにやら判りにくい魔物だ。
一応説明すると、土竜牙兎というのはカピバラほどの大きさの兎型の魔物で、人が歩く速度より少し早い程度の速度で穴を掘るコトができ、土中に巣を作る潜伏の得意な魔物だ。
その前歯は鋭く硬く、厚さ5mm程度の鉄板なら一噛みで穴を開けられる。
爪も硬く鋭いのだが、穴を掘るコトに特化し過ぎていて攻撃には向いておらず脅威ではない。
土中からの奇襲も厄介だが逃走も土中を掘り進むので取り逃がすコトも多く、繁殖率も高いのでなかなか被害の根絶が難しい魔物である。
気配察知などの能力が不足している、と感じたネルシャのパーティーは、ここのところ訓練がてら逃げ隠れの得意な魔物を選んで討伐依頼を受けていた。
その甲斐はあったようで、今では仲間たちも含めてすっかり気配察知が上手くなっている。
ちなみに俺とドラ吉とドルッポさんは、見守りという名のティータイムを楽しんでいた。
「ひゃっはー! ここは通さねぇぜ!」
「ネマンタ! 遊んでないで早く始末しなさい!」
「ネマンタくん! 一匹逃がしてますよ!」
「ネマンタどいて! 溶岩の槍!」
地中から飛び出た溶岩の槍が、土竜牙兎を貫……燃やし尽くした。
「またやったわね」
「やっちまったな」
「また素材が……」
「なによー! 逃がすよりいいじゃん!」
ネルシャはたまにその破壊力を持て余してやらかす……さすが俺の弟子。
「アーチャンとテヤキニフはともかく、ネマンタには言われたくない」
「なんでだよ!」
今日もあの連中は賑やかだ。
…………
「ほーれ、焼けたぞー」
依頼が早々に終わったので、お昼はピザパーティー。
ピザ窯はなんとネルシャの土魔法で作られたものだ、食欲というのは魔法の上達に役立つモノだな。うむ。
食べ盛りが四人もいるんだから、もう二回り大きいピザ窯だったら満点だったのだが……。
焼くのが間に合わんので、時間魔法使っちまったよ。
「はぁ~、ししょーのピザもこれで食べ収めかー」
「作り方も教えたしチーズも収納に入ってるし、自分で作れるんだからいいだろう」
「ぴゅいー」
実は俺とドラ吉はもう、明日の朝には王都を出て東のスコーシァンの土地へと向かう予定なのだ。
夕食はネルシャが、朝食はドラ吉が作ってくれる予定なので、俺の作るメシはこれでおしまい。
依頼も終わったし、昼メシも食べたし、すっかり住み慣れた王都へ戻るとしますか。
…………
さほど急いでもいなかったので、そこらをうろついている生き物で気配察知の練習をしながら王都へ戻っていたら、なにやら多くの気配が……。
「あれ? なんかたくさん人の気配がするよ?」
「今日ってなんかイベントでもあったか?」
「無いわよ」
「事故とかですかね?」
気になったのでちょっと早足になりながら、今朝自分たちが出てきたばかりの王都の東門へと向かう。
「なんかずいぶん並んでるな」
見ると東門には長蛇の列ができていた。
冒険者とか商人でもない人たち、旅の装備もロクにできていない一群がそこにはいた。
「何かあったのかなー?」
「王都の人には見えませんわね」
「観光客にも見えねぇぞ」
「避難民……でしょうか?」
ネルシャ・アーチャン・ネマンタ・テヤキニフくんが見た感じで予想しているが……。
最後のテヤキニフくんのがたぶん正解だろう。
数日前にずっと東のスコーシァンの土地での戦争で、国の勢力図が少し変わったらしいのだ。
土地の境界線にほど近い場所だったので、戦火を逃れた難民がここまで流れてきたのであろう。
ちなみに女神様情報なんで、間違いはないはずだ……たぶん。
「ドルッポさーん、出番ですよー」
「何の出番だ? ナミタロー」
「元宰相なんだから、その権力でちょいちょいっと順番をさ」
「何を言っている、権力を持っている者だからこそ秩序は守らねばならんのだろうが」
言ってるコトは正論のようだが、じゃあ学園で色々と影響力を発揮してるアレは何なんだ、コラ。
そんなやりとりをしていると、門のわきから声が掛かった。
「こっちですよ! グリマントの国民と住民の登録をしてある人は、こっちに来てください!」
門番のバドントさんだ、相変わらず真面目で仕事熱心だねー。
すっかり知り合いの門番さんなので、お気楽に話しかける。
「バドントさん、お疲れー。この列って、やっぱ難民?」
荷物のチェックも慣れたもんだ。
「良く判りますね。ソーミャット王国から流れてきたようですよ」
ちょっとだけ驚いた様子で、バドントさんが説明してくれた。
ソーミャット王国はスコーシァンの土地の南側にある国で、鉱物資源が豊からしい。
「あぁ、やっぱり……戦争が続いてるらしいですもんね」
「ルボッチ帝国はスコーシァンの土地を、本気で統一する気なのかもしれませんね」
ルボツチ帝国は現在、スコーシァンの土地の戦乱を一手に引き受けている国だ。
ちなみにスコーシァンの土地は無駄に広い。
てコトは、まだまだ戦争は続くってコトだよなー。順番的にこれからあっち方面に行く予定なのにさ、迷惑なコトだよホントに。
ま、予定を変更するつもりは無いけどねー。
…………
「ししょー、味見お願いー」
「ん。おっ、このスープ干し貝柱使ったな?……戻したヤツはどうした?」
「すり身団子に入れたよー」
「へぇー、それは美味そうだな」
「えへへー、腕上げたでしょ?」
そろそろ俺が旅立つというコトになった頃に、ネルシャが俺はともかく俺の作ったラーメンが食べられなくなるのが辛いとか言い出したので、ここ毎日ラーメン修行をさせていた。
もう明日には旅立つ予定なので、これが一緒に食べる最後の晩飯となる。
そのうちまた遊びに来る予定なので、実際に最後というコトは無いだろうけどね。
ずるずるずる
「ホントに腕上げたなー。というかいつの間に麺まで自作できるようになった?」
「ぴぴゅい」
ずずずー
「そこはししょーに内緒で日々研究したもん、最後に驚かせようと思ったからさー」
はむはむはむ
「このスープに負けてないのを作るのは、結構大変だったろ」
「ぴゅいー」
ごっくん
「麺とスープのバランスは大事だから、頑張ったんだよー」
ごくごくごく
「ここまで作れれば大したもんだ……いやー、美味かったー」
「ぴゅぴー」
ぷはー
「その言葉を言わせたかったんだー♪……ししょー、ドラ吉……ありがとね」
その『ありがとね』の言葉にどれだけの意味が含まれているのかは知らないが、たぶんラーメンのコトだけでは無いのは間違いないだろう。
湿っぽいのは俺もネルシャもドラ吉も好きではないので、その日は遅くまでアホな話で盛り上がった。
その他大勢に送別会なんてやらせてなるものか、今回だけは師弟だけで過ごしてやる。
俺の初めての弟子だもんな。
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次の日の朝食は、ドラ吉が卵料理フルコースを用意した。
俺としては茶碗蒸しが絶品だと思ったのだが、ネルシャ的にはプレーンオムレツが一番だったようだ。
ドラ吉の一押しはカスタードプリンだったので、ちょっとそこが不満だったらしいが。
午前中には街の色んな連中が挨拶に来た。
王様がお忍びで会いに来たのも驚いたが、隠密系のスキルを取得したゴブ太が密かに王都に潜入して会いに来やがったのは、さすがにもっと驚いた。
おかげで午前中に出立する予定が狂ってしまったよ。
…………
昼には俺の取っておきの素材を、ふんだんに使った鍋を振舞った。
朝食に比べて少し増えた人数で囲んだ鍋は、今までで一番思い出に残る味となった。
美味かったのかって? そりゃもちろん美味かったよ。
気心の知れた仲間と囲む鍋の味は、格別なモノさ。
鍋の余韻や延びた話で、おやつまで食べちまった。
そろそろ出立しないと。
「さて、そろそろ行くよ」
「ぴゅい」
俺とドラ吉が、名残惜しさで重くなった腰をようやく上げる。
「今度来る時までにはもっと腕上げてるから、楽しみにしといてね」
ネルシャが左腕に小さな力こぶを作って、ポンポンと右手で叩いて見せる。
「楽しみにしてるよ」
うむ、本当に楽しみだ。
料理の腕も、どんな風に成長するかも……。
ゆっくりと歩きながら、東の門を目指す。
適当な話をしながらだけど、話が尽きるコトも無い。
たぶんみんな沈黙が怖かったのかもしれない。
沈黙があると、別れの空気に包まれてしまうから。
東の門に到着してからも、なかなか話が途切れるコトは無い。
時間が過ぎるのは早く、もう太陽はかなり傾いてしまった。
「ねー、ししょー、体にはちゃんと気を付けてね」
「安心しろ。俺が自分で病気やケガをしょうと思わない限り、絶対に体がどうにかなるとかあり得ないから」
「ドラ吉も、体には気をつけてね」
「ぴぴー」
「心配すんなってさ」
もうさっきからこんな会話ばっかしになっている。
「ネルシャこそ体には気をつけろよ、お前は俺たちとは違ってまだケガとか病気にかかる可能性はあるんだからさ」
「ぴゅぴーぴゅ」
「大丈夫、これでも勇者だよ。そこいらの人たちなんかよりも、すんごい丈夫なんだから!」
「まぁ、そうなんだけどな」
「ぴゅぴ」
この会話、キリが無いよなー。
「あっちはまだ戦争中なんだから、そっちも気を付けてね。解ってる? ししょー?」
「だから俺とドラ吉を傷つけられるヤツなんて、いないっての」
「そっちじゃなくて……戦争に首突っ込んじゃうとか、そっち系」
「ぴゅいぴゅい」
「あー……まぁ、たぶん大丈夫……かな?」
「ほらー、やっぱ危ないよー」
心配はたぶんいらんてば。
「さすがにもうそろそろ行くぞ」
「ぴゅい」
「うん……またね、ししょー、ドラ吉」
「おう、またな」
「ぴぴゅい」
軽く手を振って、俺たちは東の門を後にして歩き始めた。
ドラ吉との一人と一匹の道中は、久しぶりだな。
少し歩くと、後ろからネルシャの声が聞こえた。
「美味しいもの見つけたら、ちゃんとお土産に持ってきてよー!」
「おう」
軽く返事をして、後ろへ向かって手を振る。
「面白い事があったら、ちゃんと教えてよー!」
「おう」
また軽く返事をして……声が近くないか?
後ろを振り向くと、ネルシャが東の門から随分と離れて手を振っていた。
「ネルシャ、見送りはもういいから街までもどれー」
「うぐっ……いやだー! ぐすっ……見えなくなるまで見てるー!」
いいから戻れよ、気持ちは嬉しいけどさ。
もう一回、街へ戻れと言いかけたのだがなんとなく言えなくなった。
涙声になりそうだったからだ。
まったく……歳を取ったせいで涙腺が緩くなっちまったかな?
見せるのがちょっと恥ずかしい顔になりそうだったので、振り返って旅路に戻る。
「ししょー! 気を付けてねー!」
おう。
「ししょー! 変な事に首突っ込んじゃだめだよー!」
分かってるよ。
「ししょー! 元気でねー!」
お前もな。
背中から聞こえる声は、半分涙声になっていた。
まったく……東の門から出発したのは失敗だったかもなー。
西日で影が伸びてるせいで。
手を振る影が、まだ見えやがる……。
ナミタローの目に映る滲んだ影は、いつまでも……いつまでも手を振り続けていた。




