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帰還せし王  作者: 陽炎
2章【エクスラード国動乱】
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騎士達との戦い

 オルドのその後は混乱につぐ混乱だった。

 襲撃しに、宮殿に侵入した魔族は数十を超えるとも噂され、見つかれば皆殺しにあうとも言われ。市民は家に閉じ籠もる者と、オルドを脱出する者に大きく二つにわかれた。街の入り口は街から逃げ出そうとする市民が人だかりを作り、ごったがえしていた。

 後ろから人が集まり、我先にと人を押し、押された市民が倒れ子供が泣き叫び悲鳴と怒号が響いた。それでもなお、我先にと逃げる市民による混乱は拡大していくばかりだった。

 だがその混乱に乗じて紛れ込んだ二人の人間の姿があった。それはフレギオンに協力したクラスとベングトの二人の姿であった。

 彼らはつい先ほど、宮殿から脱出したおり、フレギオンらと共に行動するという協力関係を解き、既に別行動にはいっていた。そう、彼ら二人は逃げ出す市民を装ってオルドから脱出しようとしていたのだ。


「クラス、俺はまだ信じられないぜ。あんな魔族がいるなんてな、俺たちは人間だ、彼からしたら敵なのに、無事、自由の身だ」

「ああ、そうだな」

「他人事みたいに言うんじゃねぇよ……。――お前、ラグーンに戻るのか?」


 やや間をおいてから、ベングトの質問にクラスは答えた。


「そのつもりだ。ラグーンの着き次第、家族をつれて皇国に向かう」

「そりゃもうこの国にはいられねぇよな。よーし、ここまできたんだ、俺もついていくぜ、どうせ当てもないし。それに、仲間は多い方がいいだろ」


 なっ! とこの状況下にありながらニヒルに笑ったベングトにクラスは苦笑いを思わず浮かべた。それと同時に、ついに現れた先遣隊の姿を二人は目にした。ここまで来て、捕縛されるのかと思ったが、先遣隊は魔族の存在で頭がいっぱいだったのだろう。あるいはクラス達のことを知らなかったのだろう。彼らは、群がる市民を押しのけて、次々に宮殿に向かい二人の事に気づきはしなかった。そして彼ら二人は今度こそ本当にオルドから脱出に成功したのだった。

 



 それから暫く時間が経過したころ、オルドの地下水路の中にフレギオンとセトゥルシア、救出に成功したアリエルとメーシュヴェル、そしてオーガの戦士アルフレインの姿があった。

 そこは宮殿の中にあった隠し通路を通った先に現れた場所であった。

 フレギオンは人間の二人を混乱する市内のほうに逃がして――人間であるためにそちらのほうが群衆に紛れ込めるであろうと考えたため――、彼らは宮殿の中に隠れたのだ。

 そして隠し通路があるということは、市街に出る通路があるはずだとフレギオンは考え、それが的中した結果となっていた。

 一行は細く長く続く地下水路を突き進み、やがて光が差し込む場所にまで歩を進めていた。


「光……朝日か。皆、出口は近いぞ」


 薄暗い地下水路の中を、灯火の魔法を使って突き進んでいたが、やっと地上に出ることができる。その思いが声に乗って少しばかり明るいものになった。

 アリエルとメーシュヴェルの二人は傷こそ治ったが未だ意識は戻らず、フレギオンがアリエルをアルフレインがメーシュヴェルを背負って運んでいる。

 アルフレインは先の宮殿での戦闘、負傷した身体の傷をフレギオンの魔法によって、完治し今や歴戦の勇士たる堂々としたたたずまいをしていた。


「フレギオン、地上に出た場合、人間の軍に待ち伏せされているのではないか、ここはあの貴族が使う道。人間共がいるやもしれぬ」


 アルフレインの声は豪胆であり、聞いているだけで力強さが感じとられるものであった。彼の声からは警戒心はあってもそれを怖がっている様子は全くなかった。

 だがそれはフレギオンも一緒だ。彼も人間が待ち構えていたとしてもなんら脅威にも感じていなかった。


「その場合はその場合だ。攻撃してくるのなら倒す。逃げるなら放っておく、何もしないなら通るまで」

「そなたは実に甘いな」

「戦う意思のないものを殺しても仕方がない、それが俺のやり方だ」

「うむ、そなたとそなたの連れに救われた命だ、文句は言わん。ただし、あの貴族がいた場合は俺が殺す。やつには俺の一族の恨みがある」


 すっかり傷が塞がったアルフレインは大きく鼻を鳴らし、闘志を漲らせる。

 実はここまで来るまでにアルフレインが大人しく、フレギオンの命令を聞いたわけではなかった。彼はとにかくにも、あの貴族を始末したいと訴え、追撃しようとしたのだ。

 それをフレギオンは「貴族は国軍とやらのところに逃げ込んだはずだ。なら、そいつらのところに行けばいい。そこに市民はいない、俺も戦いやすい」と諭した。

 その言を聞き入れて、アルフレインは彼とここまで共にし、貴族を追っていた。だがあの貴族に用事があるのはフレギオンも同じだった。彼はアリエル達を拷問にかけていた貴族を、このまま生かしておくつもりは毛頭なかった。


「セトゥルシア、アリエルを頼む。俺は先に地上に出て様子をみてくる」

「お気をつけて。フレギオン様なら何も恐れることはないと思いますが」

「すぐ戻る」


 アリエルを背からゆっくり下ろして、セトゥルシアに預けた。彼女をしっかりと抱きしめたセトゥルシアを見てから、フレギオンはアルフレインの顔をみて一度頷いた。


「あの貴族を殺すのは俺でもお前でもかまわない。ただ、確実に後悔だけはさせてやる」

「殺す機会を得られるのならば、俺がやりたいものだ、やつには業火に焼かれるより恐ろしい死に方を与えてやりたい」

「……怒る気持ちは分かるが、我を見失うことだけはするな」

「忠告は聞き入れよう」

「十分だ」


 フレギオンはアルフレインの仲間がどのような死に方をし、そして彼がここまで連行され拷問を受けてきたのか詳しく知らなかった。そのために、彼の内なる怒りの炎の大きさは測ることはできなかった。ただ、彼の怒りはこの発言で、ある程度は想像できた。


「行ってくる」


 四人にそう告げて、フレギオンは地下水路の出口へと走って行く。街に到着してからは慎重に慎重にと行動をしてきた。

 一般市民に死者がでないことも考えて、夜中に宮殿に侵入を行い、そして救出に成功した。宮殿を燃やしたのは、市民が宮殿のほうに来ないようにするためだった。とにかく、セトゥルシアは仲間を救出し、部族の次期長たる実績も得ることができた。それは人間二人の力も借りてであったが、確かに勤めは果たしたのだ。

 救い出されたアリエル達は、セトゥルシアに救われたと思っているし、そこにフレギオンの力があったとは知らない。後日知ることになるだろうが、彼女達の救い主はセトゥルシアであったことは変わらない。

 彼女がネリスト族の長になる時、この結果は彼女の頭上を照らしてくれるだろう。オーフィディナが彼女を連れていってくれと言ったのも、次期族長になる彼女のためであった。

 後は、フレギオンが彼女達を無事に仲間のもとに連れて帰るだけだ。それは隠密行為でなくてもいい。

 国軍はネリスト族とファッティエット族を滅ぼすつもりで進軍している。それを食い止めるために、フレギオンは国軍を攻撃するつもりであった。


「誰も死なせない」


 その言葉はほんの囁き声であったが、彼の確固たる決意が込められた言葉であった。



 地下水路から地上に出た時、太陽の光と共に彼を出迎えたのは、戦斧を手にとって、白銀の鎧と鉄仮面を身につけた大柄の騎士達――この騎士達は、王族直属の王宮騎士であり、ヘーゼル卿を救いにきた特殊部隊だ。彼らは宮殿からの脱出経路であるこの水路を逆にたどって公爵を救いに向かおうとした矢先、フレギオンと鉢合わせしてしまったのだ。

 装備から何もかも、全てオルドの兵士達とは異なり、見るからに上位に位置する装備と風格がある彼らはフレギオンの姿を見つけた瞬間に、有無を言わさず攻撃をしてきた。

 フレギオンほどの身長を持つ騎士が一番早く攻撃をしかけてきた。暴風のように振り回された斧はフレギオンの頭上めがけ振り下ろされたが、それをヒョイと避けて、斧は地面に空しく突き刺さった。だが、その力は宮殿の中に居た兵士など比べものにならないほど力強く、フレギオンが立っていた地面はかなりの深さまで掘られていたばかりか、炎がそこから吹き上がった。


「宮殿に居た兵士とは違うな、何者だ」


 避けながらフレギオンは騎士にそれとなく話しかけた。だが、彼らは何も答えず総勢六名の騎士全員が一斉に襲いかかってきた。


「答える気はないのなら、それはそれでいい」


 騎士の身なりなどを見れば、既に大方の予想はついている。白銀の鎧に、同じく白銀の兜の後頭部部分からは純白のマントまでついており、それはたいそう高貴な甲冑だった。

 恐らくは国軍の中でもそれなりの地位のある騎士と言ってもいいかもしれない。

 ともすれば、軍の指揮官は彼らが護衛する者であるはずだ。そうなると、かなりの大物が指揮官なのだろう。

 騎士三人がフレギオンに迫り、それぞれ攻撃魔法を唱えた。彼らは水、雷、土の三属性の魔法を行使し、フレギオンにぶつけてくる。

 水はフレギオンに向かって真っ直ぐ打たれた。フレギオンはそれを回避したが、彼の後方にあった木が水の水圧によって打ち抜かれ、大きな音を立てながら崩れ落ちた。

 続けてやってきたのは土魔法で、それはフレギオンが立っていた地面を割り、彼のバランスを奪う。しかしフレギオンは片足だけで地面を蹴り、宙に浮いて難を逃れた。だが、次はそこに雷魔法と先ほどの水魔法が同時に襲いかかってきた。


「これが狙いか」


 宙に浮いてしまった以上は回避は難しい。まんまとしてやられたと分かったが、これはもはや直撃は免れない状況になった。ならばとフレギオンは決意する。

 この魔法同時攻撃を食らって自分がどれほどの傷を負うか知っておこうと。生身の自分自身の肉体の耐久力を知る良い機会であるとも考えたのだ。

 回復呪文の準備を行った上で、フレギオンは二つの魔法をまともにもらった。水圧と雷の同時攻撃によってフレギオンの身体は地面に落ちた。


「まともにくらったぞ、やったか?」


 標的となる魔族が打ち落とされた事によって、騎士の一人が確認するように言う。味方の兵士は何も答えず、六名が全員、フレギオンが落下した地点を注視した。


「いや。気を引き締めろ奴め、生きているぞ」

「害虫がっ、しぶといやつだ」


 地面に倒れたフレギオンだったが、右手を軸に身体を起こした。その身体にはやや火傷の痕が見られるが、致命傷といったものは一切見当たらなかった。

 これには兵士全員が眼を疑った。

 さきほどの魔法攻撃は彼らにとって最高レベルの魔法である、中位魔法を駆使した魔法であった。それをまともにくらって傷は火傷程度ですんでいるなど、到底理解出来る状況ではない。それどころか、その火傷もすぐに完治し、傷一つない身体に戻っていくのを見て彼らは恐ろしいものを見たような声をあげた。


「……皆、気を引き締めろ、こいつただものではない」

「ただのダークエルフというわけではないということか、まさかこんな化け物が街にいたなんて」

「全員だ、全員でやるしかない」

「皆、闘気(オーラ)を解放しろ。こいつはここで確実に殺すんだ」


 騎士達全員の身体に、黄色い闘気が纏わり付く。それと同時に彼らの身体が一回りほど大きくなったようにフレギオンからは見受けられた。

 やはりこの騎士達はかなりの強さを持つ実力者であったのだ。それは公爵を護衛する衛士など比較にならないほどの。


「エクスラードに災いをもたらす者よ、此処で灰となるが良い!」


 騎士は陣形を整えて、全員で攻撃を開始した。その動きは訓練に訓練を重ねたものであったのだろう。無駄一つない動きでフレギオンに迫ってくる。先頭の三人は武器で、後方の三人は魔法主体で攻撃をしてきて、その威力も先ほどよりも遙かに強い。

 闘気を使ったことによって、肉体面の向上が著しい先頭の三人の攻撃は、苛烈極まるものだった。戦斧を使い、振り回す速度はかなり向上し、フレギオンの動体視力でもそれなりの速度で見ることが出来た。


「あいにくだが、死んでやるつもりはない」

「ほざけ!」


 だがフレギオンも二度までも攻撃をくらう気はなかった。さっきの攻撃は彼らからすれば成果はなかったようだが、フレギオンの身体には火傷が残った。やはり生身でまともにくらうのは良くないという事実だった。それでも致命傷にもならなかったし、痛みももはやないのだが。

 戦斧を避け、それをかいくぐった彼は騎士の懐の中に入り込む。その瞬間、騎士の腹部に膝を突き刺した。膝蹴りは騎士の鎧を砕いたばかりか、騎士の左肋骨を砕いた。まるで鉄球で、腹部を強打されたような衝撃に騎士がうめいた。

 崩れ落ちるように倒れた騎士の鉄仮面と鎧の隙間から、血が噴き出し、騎士が吐血しているのは一目瞭然となる。それを見て、他の五名がすかさずフレギオンに攻撃をした。


「おのれよくも同士を」


 怨念でも込めたような声で騎士が長剣を振りかざす、それをフレギオンは後方に飛ぶように避けた。すると、次は騎士が魔法を放ってきた。

 それは荷車につけられた車輪ほどの大きな火の球だったが、フレギオンは冷静に状況を見極めた。あの火の魔法は派手がゆえに眼を引きつける役目でしかなく、本命はフレギオンの左右から迫ってくる騎士二人の挟撃だと気付いたのだ。

 すかさずフレギオンは水魔法を唱える。この魔法で敵を倒すなら詠唱時間はややかかるが、あの火の球をかき消すぐらいでいいのであれば、すぐに行使できる。彼は自分の身体の前に水の壁を作って、それを防御壁にすると、左右から斬りかかってきた騎士二人の始末にかかった。

 まずは左の騎士に背中を向けると、サイドステップするように避けると、続けて、右の騎士の剣を足蹴りで吹き飛ばした。強烈な剛脚による足蹴りをくらって右の騎士は、腕が痺れて一時的に戦闘ができなくなる。その隙にフレギオンは左の騎士のほうに振り返り、騎士ののど元を掴むと、そのまま握力でモノをいわし、へし折った。

 さらに右の騎士の腹を蹴りあげれば、騎士が膝から崩れるように倒れる。そのまま、右手で騎士の後頭部を掴み、大地の叩きつけた。

 地面にめり込んだ騎士はその瞬間、絶命した。


「きさまぁぁっ!」


 仲間二人が無残に殺されるのをみて、怒り狂った残り四人の騎士が魔法を行使する。

 それを見て、フレギオンは主を失った長剣を手にとり、無表情で回避し、驚異的な速度で騎士の眼前に迫った。まずは先ほどの炎魔法を使ってきた騎士の眼前に到達し、剣を振りかざした。フレギオンの剣速は闘気を使った騎士よりも早く、騎士は攻撃を防ぐだけで防戦一方となっただけでなく、捌ききれなくなった騎士はフレギオンの剣で心臓を突き刺されてしまった。


「ありえん。我らが何も出来ずして負けるなど……」


 これでまともに動ける騎士は二人となり、彼らの声が初めて震え始めてきた。彼らはありったけの魔力を使って雷と水の魔法を使おうとしたが、それよりも先にフレギオンの雷魔法が彼らの頭上を照らし、雷鳴と共に、二人の騎士の身体の真上に、落雷が落ちた。

 それがフレギオンが使った中位魔法であったが、落雷を落とされた騎士二人がそれを知ることはもはやなかった。


「………アルテルン神の名において、我らはひかぬっ!」


 最後の一人となってしまった騎士が、激痛の走る全身を奮い立たせて、果敢に斬り込んできた。だが、砕けた肋骨が内蔵に突き刺さり、その痛みで騎士の動きはひどく緩慢となり、フレギオンに一太刀を浴びせることは叶わなかった。


「眠れ」


 その言葉を聞いたとき、騎士の後頭部に襲撃が走り、彼も生涯は終わることとなった。

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