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帰還せし王  作者: 陽炎
2章【エクスラード国動乱】
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大混乱

衛士達の眼から姿をくらました後、宮殿地下牢に続く道を探していたフレギオンだったが、入り組んだ宮殿の建物のせいで、なかなか思うように地下への階段を見つけることが出来なかった。

 それでもなんとか地下への階段を見つけ、それを降りていったのだが、そちらは違う階段で地下水路に続くものだった。

 どうやらそれは貴族以上の階級のものが緊急用に脱出に使う階段だった。そこを降りていくと、ほんの小さな風穴を見つけ、空気が流れてくるのを感じた。それは隠し扉のようだった。

 その時、風穴の奥から男の声が聞こえた。閣下を守れという切羽詰まった声だった。

 そのあとの行動は早かった。すぐに雷魔法を発動し、隠し扉を吹き飛ばして、もう一つの隠された階段を見つけ出したのだ。


「お前が公爵だな」


 目の前にそれは豪華な衣装を身に纏った恰幅の良い男と、それなりに綺麗な衣装を身に纏った女と、見るからに二人の護衛官という風貌の騎士が立っていた。

 それがヘーゼル・ヨッハンヘム公爵だというのは瞬時に気付いた。さらに周りに倒れている死体が拷問官であるというのもすぐ分かった。

 ただ、もう一つの死体を見てフレギオンの心はざわめいた。


「召喚獣が死んでいる……。おい。ここの魔族達はどうした?」


 それはセトゥルシアが呼び出した召喚獣だった。それが死んでいることに気付き、セトゥルシアの身に何かあったのではと考えると同時に二手に別れたのは失敗だったとも考えた。


「魔族がもう一体だとっ。くそ、一体何体入り込んでいるのだ、衛兵! 閣下をお救いするんだ!」


 ヨアキムが大声を張り上げる。音が反響する効果はすでになくなっているため、地上にまで声は届かないが、それでも近くまで駆けつけてきた衛士達の耳には十分届いた。

 地鳴りのような足音が近づく中、ヨアキムは公爵を引っ張って地上への階段を駆け上がろうとする。

 だがフレギオンがそうやすやすと彼らを逃がすはずがなかった。


「質問には答えてもらう。逃がすか」


 階段から飛びかかるようにフレギオンがジャンプした。それを見て、ヨアキムが迎撃に出る。

 長剣を使って、襲いかかってきたフレギオンに斬りかかった。


「魔法ではなく素手で攻撃とは愚かな!」


 ヨアキムは、フレギオンは魔法を行使するダークエルフだと考えていた。それはさっきの雷の魔法をみての判断だった。そのために、フレギオンは接近戦は得意ではないと考えたのだ。それが致命的な判断のミスであると気付かずに。


「はたしてそうかな?」


 ヨアキムの剣とフレギオンの豪腕がぶつかる。およそ腕とぶつかった時に生じる衝撃ではなかった。

 長剣を持つ腕は上空に跳ね上げられ、握力が突如消え失せる。長剣は空を舞い上がり、階段の横の壁に突き刺さった。


「ひ、ひいいいいい」

「きゃああああ」


 公爵と侍女の悲鳴があがる。


「な、ぐうぐぅぅうう、なんだこの力は……」


 フレギオンの腕力は想像を絶するほどで、利き腕である右腕はおかしな方向に折れ曲がっていた。

 利き腕が使い物にならなくなったヨアキムは、自身の身の危険というのものを悟った。このままでは殺されると。

 彼はその場から力の限り飛び退いた。それと同時に氷属性の魔法をフレギオンに打ち込む。だが、それもたいした効果は期待できそうになかった。


「その程度の魔法では効かないぞ」


 と言ったものの、防具は一般兵が着込む鎧だ。それらはヨアキムの魔法によって凍りついて、質量をかなり重くしていた。


「さすがに凍りついては動けまい」


 防具が凍りついたのをみてヨアキムの顔から少しばかりの安堵が滲み出る。だが、フレギオンは至って冷静だった。


「だからどうした?」


 凍ったからといって、フレギオンの力をもってすれば何も動じることはない。凍り付いた鎧を脱ぎ捨て、ヨアキムになげつけた。彼は驚いた顔をしていたが、すぐにそれを避けて、走りさろうとする。だがそこに、見知らぬ男の声が後ろから響いた。


「そこのダークエルフよ、その男は俺の獲物だ。手出しはしないでもらおう!」


 それはセトゥルシアが助け出したオーガ族のアルフレインだ。彼は巨体を動かしながら、猛牛の如くヨアキムに突進していく。


「お前の仲間はこの先にいる、だからこいつは俺によこせ!」


 アルフレインとフレギオンはこれが初対面だが、初対面とは思えない要求が飛ぶ。

 フレギオンは彼の気迫に「ほう」と喉を鳴らした。


「別にそいつをお前にやるのはかまないが、その先に衛士達が大勢居るぞ」

「忠告はいただくが、あいつには仲間を殺された恨みがある。お前は仲間と一緒に脱出しろ、人間は俺が相手をする」


 アルフレインの言葉はまるで勇者か、救世主が言った言葉のようであって、引き込まれるようなそんなモノを感じた。


「威勢がいいな。さすがオーガか。だが、それで死なれてはこちらが困る」

「なぜ? 俺が死のうが生きようがお前には関係がないことではないか」


 後ろを振り向いて怪訝な表情を浮かべたアルフレインに、フレギオンは揺るぎない意思を瞳に宿して言う。


「俺の前で誰も死なさないと決めている」

「死なせない? ふ、ふはははは。おもしろい! そんな言葉初めて聞いたわ」


 巨大なオーガは愉悦するように笑った。そこに小馬鹿にするような様子はなかった。だが、その言葉を信じていたようではなかった。


「冗談を言うダークエルフに初めて会ったわ、だがそんな世迷い言は死んでから言うものだ。……いかん、おしゃべりが過ぎた。また会おうダークエルフ」


 アルフレインはそう言って、ヨアキムの後を追いかける。騎士は公爵と侍女を連れて牢獄の入り口に到着しようとしていた。三人が駆け込むと同時に衛士達が洪水の如く押し寄せてきて、護しようとする。


「逃がさんぞ!」

「閣下をお守りしろ!」


 赤い巨体が衛士の群の中に突撃していく。その直後、フレギオンの背後から今度は聞き慣れた女性の声が響いた。


「フレギオン様、ご無事で!」


 それはセトゥルシアだ。

 彼女の隣には、酷く傷ついた女性のダークエルフ二人を引きずるようにしてあがってきた。それを手伝うようして人間二人が肩を貸している。

 フレギオンはアルフレインの事も気に掛かったが、今はとにかく彼女達が優先だとすぐに彼女のもとに駆け寄って、救出した仲間に回復呪文を使った。二人の女性は意識がないようだった。傷をみて、拷問の度合いを考えると舌打ちしたくなる気分になった。


「お前達こそ無事でよかった。彼女達がそうだな?」

「はい。アリエルとメーシュヴェルです。申し訳ありません、私の回復呪文では完全には」

「謝らなくていい、君はできることをしている」

「そんな私はなにも……」


 恐縮してセトゥルシアは俯いた。牢獄の拷問官を倒すのも人間の力を借りたし、彼女達を助けたとしても、傷を大きく治癒しているのはフレギオンの回復呪文だった。褒められることは特には、という思いが出てしまう。


「彼女達を最初に見つけたのは君だ。ネリスト族の族長代理として立派に勤めを果たした」

「ありがとうございます」

「クラス、ベングト。君たちにも礼をいう。あとは脱出するだけだ、それは俺が道を開く、街から出た後は好きにしてくれ」

「そりゃ、助かる」

「感謝する」


 二人の人間はフレギオンに礼を言って、今までの間のし掛かっていた肩の重みが消えていくのを感じた。

 そんな二人の前に、セトゥルシアもフレギオンもいれて四人の眼に――オーガの戦士が人間の衛士達と戦う姿が映し出された。

 オーガの膂力は人間の大の大人が束になってもなかなか止めることはできないようだった。突破されて、後退していくのが見えた。


「強いな。だが……」


 アルフレインに頭を鷲づかみにされて、持ち上げられて壁に叩きつけられた兵士の姿が見えた。その男は壁にめり込み、頭蓋骨を潰されて絶命していた。


「ひょー、あのオーガつえええ」


 ベングトの声が間の抜けた声をあげた。自分達には危害が及ばないと思っているために出された声だった。


「だが、体力が無限にあるわけではない」


 相づちを打つようにクラスが言うと、それに合わすようにアルフレインの攻勢に陰りが見えてきた。さきほどまで息も絶え絶えに捕らえられていたのだ、それをセトゥルシアの回復呪文で少しばかり動けるようになっただけで、本来は彼は安静にしていなくてはならない身なのだ。


「死なせるものか。………セトゥルシア、もう少しだけ待ってていてくれ。道を開く」


 回復呪文による治癒は想像を超える速さで二人の傷を消し去った。その速さはクラス達も驚くほどで、フレギオンの驚異的な魔力の高さを実感させるに十分だった。

 フレギオンは呪文を使うのをやめると、反転して疾風の如くアルフレインと衛士達が戦う階段付近にたどり着いた。

 フレギオンの姿を見た衛士が彼に剣を突きつけようとしたが、フレギオンは剣が届くよりも早く、衛士の顔を殴りつけた。そうなると、衛士はまるで列車にぶつかったように吹き飛ばされて壁にたたきつけられた。

 それを見て衛士達の顔が大きく引き攣った。


「一階で俺と戦った者もいるだろう。いいか、良く聞け」


 アルフレインに群がっていた衛士達の頭を的確に蹴りとばし、あるいは殴り飛ばす。フレギオンに攻撃された者は、その一撃だけで糸が切れた人形のように死んでいた。


「さっきは仲間がここに居たから大人しくしていたが、今は違う。今度は確実に殺す。命が惜しい者は去れ」


 フレギオンの声は一段と低いものとなっていた。それはオーガの腹に響くような低い声ではなかったが、声の厚みと重圧感はひしひしと伝わる。彼の金色の瞳が真っ直ぐに彼らに向けられたとき、その場の空気が突然かわった。

 衛士達は金縛りにあったようにうごけなくなり、一秒が一分にも感じる長さに変わり、堪りかねた一番後ろにいた者は、その場から逃げ出しはじめた。それが一つの混乱の渦となり、半狂乱するようにフレギオンに襲いかかる者、逃げ出す者、叫び出す者までもがで始めた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」


 狂気に駆られるように剣を振り回して、襲いかかる衛兵の攻撃をかわして、フレギオンは逆に剣を奪った。

 肘で衛士の顔を殴り、奪った剣で別の衛士ののど元を突き刺して、今度は魔法を詠唱し、右手から雷属性の魔法を放った。

 建物の倒壊などを考えて、下位魔法までの行使ではあるが、それでもまともにくらった衛士数十名は吹き飛び、その瞬間には全員息絶えていた。


「道をあけろ。全員死ぬことになるぞ」


 その光景を目にして、アルフレインは眼を丸くしてみつめていた。それは彼の生涯で決して忘れることのないダークエルフとの出会いの日だった。






 ヘーゼル・ヨッハンヘム公とその侍女を護衛するヨアキムは、宮殿の一階に出て、そのまま市街を走りながら、回復呪文が使える神官と衛士達に助けられていた。

 フレギオンと交戦したおり、右腕の骨が外れて使い物にならなくなってしまったが、今はそれは完治しようとしていた。

 宮殿に仕えている神官は全員合わせても五名しかいない。そのうちの一人がヨアキムの治療に当たり、残り四人が負傷した衛士達の治療にあたっていた。


「閣下、おそれながら申し上げます」


 治療を受けながらヨアキムは言う。ヘーゼル卿は恐怖が顔中に広がっていた。


「あの魔族は強大な力をもっており、すぐに街から退避し、国軍のもとに向かうほうがよろしいかと存じます」

「う、うむ。して、フリュクレフ。そなたの力でもあの魔族を倒すことは?」

「一合したのみですが……」


 そこでヨアキムはあたりを見渡した。周りには市民の姿は確認できたが、こちらの話を聞いている様子はなかった。街の中でモンスターが出現し、それが大きな混乱をよび、今や大騒ぎになっていた。

 これならば、この会話は聞かれないと判断したヨアキムは公爵の質問に答えた。


「この右腕が全てを語っています」

「うううむ……。あれほどのダークエルフのことなど私は知らぬぞ。ギーゼルヘアめ、かくしておったか」

「私も聞いたことがありません。しかし、偶然とは言えまさかアルフレインに助けられるとは思いませんでした」

「ふん、蛮族でも役に立つこともあるのだな。して、あのダークエルフ、どうやって倒す?」

「それは、……まずは国軍との合流を。殿下のもとへ、今は生き残ることが肝要かと」

「うむ、そうじゃな。あのような魔族がいるのでは関所は簡単に落とされたか、失策だったわ」


 ヘーゼル卿が苦々しく言い放ったとき、彼の宮殿から一際大きな声があがった。

 彼は振り向いて、自分の居城ともいうべき宮殿を見やった時、宮殿から火の手があがった。宮殿は瞬く間に炎に包まれ倒壊していく。そこからさらに大きな悲鳴があがって衛士達が逃げ出してきた。

 彼らは職務を放棄し、フレギオンの攻撃から難を逃れようとしたのだ。その混乱はすぐに街全体に広がり、公爵が逃げたというのもすぐに知れ渡り街の兵士も慌てふためき、統制がとれない有様だった。かくしてオルドの街は大混乱と化した。

 それはヴィラルアード大陸という規模で見れば、北方の大きな街で起きた混乱にすぎないものであり、他国はもとより本国の首都ラグーンも未だ知らない事件だった。

 だが、この事件は確実に、一つの時代の終焉を意味しており、また新たな時代の突入の狼煙だった。

 長らく続いた人間が勝ち続けた時代は、この日を境に大きく変わっていくことになった。そして、金髪金眼のダークエルフの存在が世界に広まりだした日であった。

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