第8話焦げた肉の匂いと、初めての『火』
――パチパチ、と爆ぜる音。
原生林を覆う湿った冷気が薄れ、肌を焼くような熱気が漂い始めていた。
『知性:10』に上がった思考回路が、周囲の状況を冷徹に分析する。
(単なる自然発火じゃない。熱源が移動している……魔物だ)
樹木の陰からそっと覗き込むと、そこには体長三メートルを超える巨大な猪の魔物がいた。
全身の毛並みが赤く燃え上がる炎のように揺らめいており、その巨体が踏みしめた地面の草木は、瞬時に黒く焦げ落ちている。
――『ファイアボア』。火を纏う暴れ猪だ。
「フシュー……ッ!」
ファイアボアが鼻から炎の息を吹き出し、俺の潜む樹木へと視線を向けた。
『微小な嗅覚強化』と、こちらに向かってくる熱気。隠れ切ることは不可能だ。
だが、俺の心は恐れではなく、激しい高揚感に包まれていた。
(火の魔物……! あいつを喰えば……俺はずっと欲しかった『火』を手に入れられる……!)
「行くぞ……ッ!」
俺は物陰から躍り出た。
それに応じるように、ファイアボアが地響きを立てて突進してくる。体表の炎が勢いを増し、赤黒い弾丸となって迫り寄る。
――正面衝突は死を意味する。
だが、今の俺には『知性』と新しい能力がある。
ギリギリまで引きつけ――直前で身をねじる!
『ゴォッ!!』
ファイアボアの炎を纏った牙が、俺の脇腹を浅く掠めた。
猛烈な熱と衝撃が身体を襲う。
瞬間――【衝撃変換】が発動した。
(衝撃のエネルギーを……足の筋力へ……ッ!)
突き抜ける衝撃をそのまま運動エネルギーへと変換し、右足へと集中させる。
そして、溜め込んだ破壊力をそのままファイアボアの胴体へ撃ち抜く、決死の【突進】膝蹴り!
『ドグシャァァァンッ!!』
激しい爆発音が響き渡り、ファイアボアの巨躯が横転して地面を転がった。
皮膚に纏っていた炎が乱れ、苦しげに悶絶する。
「逃がさねぇ……ッ!」
俺は倒れたファイアボアの背中に飛び乗り、160キロの全質量を叩きつけた。
バキバキと折れる肋骨の音。暴れる巨躯を太い腕で強引に押さえつけ、そのまま熱気と火の粉が舞う首元へと喰らいついた。
アツッ……! と唇や舌が焼ける激痛が走る。
だが、【フィジカルギフテッド:SSS】がその熱すらも「栄養」として咀嚼していく。
溢れ出す温かい肉汁。焦げた脂の香ばしさ。
生肉ではない、うっすらと熱の通った「焼き肉」の味が口いっぱいに広がった。
「う、うまい……! うまいぞ……ッ!!」
涙を流しながら、夢中で肉を貪り食う。
【ファイアボア×1(完食)を捕食・消化しました】
【高熱エネルギーおよび強靭な体躯のステータス変換を開始します】
【ステータスポイント:+15 を獲得しました】
【『火炎操作』の特性を解析……スキルポイント:+4 を獲得しました】
【レベルが『3』から『4』へ上がりました】
【レベルアップボーナス:ステータスポイント+5】
脳内に鳴り響くアナウンス。
俺は自分の掌を見つめた。
意識を集中させると、太い掌の上に、小さな小さなポッと灯る『赤くなめらかな炎』が浮かび上がった。
「火だ……。俺はついに……火を手に入れたぞ……っ!」
160キロのブタおじさんは、静かに燃える掌の火を見つめ、歓喜の笑みを浮かべた。
これで肉を焼き、暖を取り、夜の暗闇を照らすことができる。
サバイバルの「生存」から、人間らしい「生活」へ。
俺の異世界での歩みは、またひとつ大きな前進を遂げた。




