第19話:『飛べないブタはただの豚』
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### 第19話:『飛べないブタはただの豚』
「死にたい奴から、かかってこぉッッーーーーい!!」
大地を鳴動させるほどの咆哮。誇張抜きで周囲の空気すら激しく震わせるほどの威圧を叩きつけた――はずだった。
「……フン。よく吠える豚め。惑わされるな! 相手は地上でしか暴れられん巨体だ。わざわざ降りて付き合ってやる必要などない!」
上空で旋回する飛竜の背から、冷徹なせせらぎのような声が響き渡る。
「高度を維持せよ! 空中からの追撃を続行! 蜂の巣にして殺せ!!」
「……は?」
ダインが呆然と見上げると、飛竜隊は急降下するどころか、さらに高度をとって綺麗な円陣を描き始めていた。
――挑発、完全スルー。
空中戦の圧倒的優位を完璧に理解している敵隊長は、プライドなどという無駄なものをあっさりと捨て去り、確実に殺す道を選んだのだ。
「なんなのあいつら……! 卑怯にもほどがあるでしょ!」
「いや……普通はちょっとくらいムッとして降りてくるだろ!? 派遣先の意地悪な社員だって、もうちょっと煽れば顔真っ赤にして怒鳴り込んできたぞ!?」
「そんなこと私に言わないでよ! **このクソブタっ!!**」
口喧嘩を交わす余裕すら、すぐに吹き飛ばされた。
直後、上空から降り注いだのは魔導弓から放たれる光の矢と、飛竜たちの口から吐き出される風の刃の雨だった。
ドカン! ガガガガンッ! と、ダインたちの周囲の大地が激しく爆ぜ、猛烈な爆風と土煙が巻き起こる。
「くっ……【風の護壁】っ!」
ルシェラが即座に手を掲げ、緑色の風の障壁を展開する。直撃こそ防いでいるものの、空中から無限に降り注ぐ弾幕は途切れることがない。
障壁の表面にはピキピキと亀裂が走り、ルシェラの綺麗な額には大量の汗が滲み始めていた。息も荒く、維持するだけで限界に近いのが一目でわかる。
(……くそっ、一旦あの鬱蒼とした森の中に引き返すか……!?)
一瞬、ダインの思考が逃避に傾く。森の中なら巨大な飛竜は自由に飛べず、上空からの視界も遮られるはずだ。
だが――ダインはすぐに歯を喰いしばり、猛然と首を横に振った。
(ダメだ。森の後方からは黒龍騎士団の本隊が追ってきて見張っているはずだ。それに、ルシェラを追っていた連中まで合流されたら完全な挟み撃ちになる……!)
引けば詰む。逃げ場など最初から存在しないのだ。
となれば、上空で嘲笑っているあの空中要塞どもを、ここでどうにかして全滅させるしかない。
「おい、ルシェラ!」
「話しかけないで、今集中してるの! ……って、ちょっと、何でそんな大木に手をかけてるのよ……!?」
ダインは返事もせず、近くに生え立つ胴回りほどもある巨木にどっしりと体重をかけた。
450kgを超える巨漢と、【暴食】によって強化された人外の腕力が一気に駆動する。
バリバリバリッ! メリメリメリッ――!!
凄まじい破壊音とともに、大地をへばりつかせていた太い根がブチブチと引きちぎられ、巨木が根こそぎ引き抜かれた。ダインはそれを軽々と肩に担ぎ上げると、大木の先端を上空の飛竜隊へと向けた。
上空の飛竜隊はその異常な光景を見て、嘲笑を投げかけてくる。
「おい、見ろ! あの豚、大木を引き抜く恐ろしい膂力の持ち主のようだが――あれで我々を撃墜する気のようだぞ!」
「ハハハハッ! やはり所詮はブタだな! 言語は解しても、脳みそは家畜同然だ!!」
高所からの見下した嘲笑が、そのまま地上まで届く。
「ちょっと……本気で言ってるの? 何を企んで――」
「四の五の言わずに乗れ! 人間ロケットだ!!」
「正気じゃないわよバカ!! 誰に向かって言って――**きゃあぁぁぁっ!?**」
ルシェラの反論を丸ごと無視し、ダインは大木の幹の根元あたりに彼女を力づくで押し乗せた。
「俺なんてお前らからしたら、ただの惨めな飛べないブタでしょうよ……でもな、調子に乗ってんじゃねぇぞ、ヒョロガリどもがぁぁぁッ!!」
ダインの肉体が膨張する。重硬度外殻が軋む音を立て、全身の筋肉が爆発的なエネルギーを蓄える。
全身のバネと腰の絞りを使い、巨大な大木を――投石機以上の速度で空に向かって強靭な力でぶち投げた!
ドドォォォンッ!!
まるで対空砲が炸裂したかのような衝撃波が足元を穿ち、爆風で周囲の土煙が派手に吹き飛ぶ。
大木は音速に近い勢いで空間を裂き、上空で旋回していた飛竜隊の真っ只中へと飛び上がっていった。
「な、なにぃぃーーーっ!? 女を乗せた丸太が飛んできたぞ!?」
高みで見下していた騎士たちが、目を剥いてパニックに陥る。
大木に乗せられたルシェラは、美しい銀髪を荒々しく乱しながら、氷のように冷たい眼光を上空へ向けた。
「後悔しなさい……この下衆どもっ……!!」
荒々しいGと衝撃に耐えながらも、彼女は素早く風の精霊の力を統率した。
かざした手のひらから風の精霊魔法を発動させ、大木の周りに渦巻く気流を発生させる。弾道を自在にコントロールし、旋回していた飛竜の死角へと吸い込まれるように滑り込んだ。
「撃ち落と――」
騎士隊長が命令を下し切るより早く、ルシェラは大木の幹から美しく跳躍した。
空中でしなやかに体をひねり、腰の蛇腹剣を一気に引き抜く。
「落ちなさいッ!!」
シャリィンッ! と凄絶な刃音を立てて伸びた蛇腹剣が、飛竜の首と翼の関節へと容赦なく巻きつく。
ルシェラはそのまま空中ブランコの要領で旋回し、精霊魔法の刃で飛竜の翼膜を叩き割ると同時に、背に乗っていた騎士を疾風のごとき閃光で切り捨てた。
「ギャオォォォンッ!?」
翼を砕かれた飛竜が悲鳴を上げ、きりもみ状態で地上へと墜落していく。
高所で固められていた敵のフォーメーションが、たった一頭の墜落によって一気に崩れ去った。
「1頭目ぇぇっ!!」
地上で待ち構えていたダインが、落ちてきた飛竜めがけて即座に肉弾戦を仕掛ける。叩きつけられた衝撃で動けない飛竜の首を強靭な腕で掴み上げ、圧倒的な圧力で大地へと叩き潰した。
ズシンッ!
「な、バカな……! 空中の我らが、たった二人に……!? あ、あの距離から、飛んで来るだと…馬鹿げている!!!」
上空でパニックを起こす残りの騎士たちを見上げながら、空中で舞うように着地態勢をとったルシェラが、ダインの肩の上に見事舞い降りた。
荒い息を吐きながらも、顔を真っ赤にしたルシェラはダインの頭をポカポカと叩き、容赦ない怒号を浴びせる。
「二度と……二度とこんな真似させないでよ、**このクソブタっ……!!**」
「痛ぇな! 成功したんだから文句言うな!」
「文句を言わずにいられるわけないでしょ**ブタっ!!**」
ガミガミと怒鳴り散らすルシェラに対し、ダインは上空でまだうろうろと旋回している残りの飛竜隊を見上げ、不満げに口を尖らせた。
「っていうかさ! なんでついでに残りの奴らも片付けなかったんだよ! 1頭落としただけじゃ、まだ上から射たれるだろ!」
「**そんな余裕あるわけないでしょ!! あたしゃ飛竜じゃないんだよっ!!**」
ルシェラは青筋を立てて絶叫した。
「空中で一頭の翼を切り裂いて、騎士を斬り捨てるだけで精いっぱいよ! 私は空中ブランコをしに行ったんじゃないの! 自力で空中を飛び回れるとでも思ってんのバカ!!」
「チッ……一回で全滅させてくれりゃ話が早かったのによ……」
「今すぐアンタをこの剣で八つ裂きにしてやろうか……!?」
ルシェラが本気で殺気立った蛇腹剣をチャリチャリと鳴らし始めたとき、ダインの視線が足元でぴくぴくと痙攣する飛竜の巨体にとまった。
「そうか……飛竜……!! こいつを喰えば、俺にも翼が手に入るんじゃ――!?」
凄まじい閃光のような閃きとともに、ダインは足元に転がる飛竜の首根っこへと貪欲に喰らいついた。
【暴食】の発動。メリメリ、バリバリと、人外の顎と胃袋が凄まじい勢いで飛竜の肉と魔核を解体し、己の血肉へと変換していく。
「ヒィッ……!? な、何を……竜を直接喰っているだと……!?」
「どこまでブタなのよ!! こんな時に生肉貪り喰ってんじゃないわよ!!」
上空の騎士たちが恐怖で顔を引きつらせ、肩の上のルシェラがドン引きしながら絶叫する。
だが、ダインの体内では爆発的なエネルギーが渦巻いていた。全身の細胞が組み換わり、未知の力が肉体の奥底から湧き上がってくる高揚感――!
(キタキタキタぁぁっ! これで俺もドラゴニュートとか、カッコいい竜人族に進化――)
《スキル【跳躍】を獲得しました》
《スキル【風のブレス】を獲得しました》
(――って、そのままかよ!! 翼生えないのかよ!! どこまでいってもブタなのかよ俺は!!)
心の中で盛大にツッコミを入れつつも、ダインの思考速度は速かった。
(……待てよ? このスキルの組み合わせなら――いける!)
一方、足元で転がっていた騎士の遺体から、ルシェラが手早く光り輝く魔導弓を奪い取っていた。
「これ……まだ使えるわね。上等じゃない」
上空では、激闘の中で冷静さを取り戻した騎士隊長が怒号を上げていた。
「動揺するな! 相手は陸上の化け物だ! 高度を維持し、旋回しながら爆撃を続行せよ!!」
再び降り注ぐ光の矢と風の刃の雨。
「ルシェラ、しっかり掴まってな!」
「きゃっ!?」
ダインはルシェラをその太い腕で強引に抱きかかえると、爆風と弾幕を紙一重でスルーしながら、猛然と走り出し
新スキルを込めて大地を強く蹴りつけた。
ドーーンッ!!
新スキル【跳躍】の補正を受けた巨躯が、砲弾のごとき勢いで上空へ跳ね上がる。
さらに空中――重力に引き戻されそうになった瞬間、ダインは口を大きく開けた。
「ゴァッ!!」
喉から放たれた【風のブレス】の凄まじい噴射性能!
その反動を利用して空中で弾道を強引に捻り直すと、抱えていたルシェラを上空の飛竜隊めがけてフルパワーで投げ飛ばした!
「いっけぇぇぇ!!」
「言われなくてもッ!!」
空中へ放り出されたルシェラは、奪った魔導弓と蛇腹剣を交互に操り、まさにサーカスの如き立体機動を展開する。
魔導矢で遠方の翼を射抜き、接近した飛竜の首へ蛇腹剣を巻きつけて首級を挙げる。パニックに陥った飛竜隊は、空中でもつれ合いながら次々と撃墜されていった。
「きゃぁぁっ!?」
残党を散らし、魔力を使い果たして落下してくるルシェラ。
地上から再び【跳躍】で飛び上がったダインが、空中で彼女の体をどっしりと受け止めた。
ズスンッ! と重厚な音を立てて着地するダイン。
上空を見上げれば、残ったわずかな飛竜は半狂乱で逃げ去っていくのが見えた。
(ふぅ……なんとかなったか……)
安堵の息を漏らすダイン。
しかし、腕の中のルシェラは顔を真っ赤にして、ダインの胸板を思い切り叩いた。
「……いつまで抱いてんのよ!! このエロブタっ!!」
「痛ぇな!? 誰がブタだ!!」
「アンタよ!!このエロブタっ!!変態ブタっ!!」
夕空の下、二人の罵声が再び賑やかに響き渡った。
「……あのぉ、ワシらは……どうすれば……?」
物陰から怯えたように顔を出したコボルトの長老が、そっと挙手をする。
だが、その消え入りそうな声は、二人の不毛な大喧嘩の爆音にかき消され、誰にも届くことなく夕闇へと消えていった。




