プロローグ
オルヴェリア王国。
王都ローズエマリスは夕暮れの茜色の光に浸されていた。
一日の仕事を終えた人々が軽やかに石畳を踏んでいく。
馬車の車輪が回る音、遠くで魔導鉄道が汽笛を鳴らす音、ランドマークである時計塔の鐘の音――すべてが混ざり合い、この街だけの音楽を奏でていた。
そのとき、華やかな王都の地下深くで――一人の少女の悲鳴にもならない声が、闇に溶けて消えようとしていた。
にぎやかな地上の喧騒は、ここには一切届かない。
周囲の岩盤を強固な防護障壁で遮蔽した円形の空間。その中央――幾本もの導管に繋がれた処刑台の上に少女はいた。
粗末な麻の囚人服を纏うその姿はとても公爵令嬢とは思えなかった。
両手足を拘束具に固定され、処刑台の上に刻まれた魔法陣が青白い光を放つたびに、魔力を無理やり引き剥がし、根こそぎ持っていかれる感覚に襲われる。
もう何日こうしているのかわからない。数えることすら、今の彼女には難しかった。
「まだ死なないのか。しぶといやつめ」
低い声が地下の空洞に反響した。白い法衣をまとった魔導技師が、手元の水晶板に浮かぶ数値を睨みながら舌打ちする。
「貴族さまはもともとの保有量が違うと言うからな」
「ふっ。なにを言う。もはやただの罪人だ」
(違う。やっていないわ。……わたくしじゃ、ない)
ロゼリアは言葉を返す気力さえなかった。
喉の奥は砂を詰められたように渇き、指先の感覚はとうに失われている。
導管を通じて魔力が引き抜かれるたび、骨の髄まで痛みが走り、視界の端が白く明滅した。
(……痛い。まだ続くの? 早く楽になりたい)
一息に終わればいいのに、じわりじわりと執拗に引き延ばされる。何度も意識を手放しかけては、そのたびに体の奥から魔力が湧いてきて、それを抜き取られる激痛に再び意識が浮上する。
心はもういいと叫ぶのに、体は生きようとしているらしい。
皮肉にもその生命力が苦しみを長引かせているというのに。
汗とも涙ともわからない雫がこめかみを伝って落ちた。髪の一房が頬に張り付いている。
かつて誇り高く輝いていた美しい赤髪は、艶を失い、根元からうっすらと色が抜け始めていた。
朦朧とする意識の底で、ふと静かな声が心の中に浮かんだ。
(わたくしはいったい、どこで間違えたのかしら)
その答えを求め、記憶の扉がゆっくりと開き始めた――。
© 2026 有明 莉琉/Riru Aria
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