表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡霊のアルゴリズム(冷徹なる処刑装置)  作者: 風風風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/34

【第1部】亡霊の混迷:手探りの犯罪インフラ(2024-2026)  第4章:冷徹な仮面(1)Catalyst(カタリスト)

こちらは、カタリストが潜伏しているビルである。

高層ビルの最上階に突き出た全面ガラス張りの窓から、カタリストは眼下に広がる熱帯の都市を見下ろしていた。密集する低層住宅の放つ頼りない光の海と、その中心を強引に貫く高層ビル群の眩いネオン。この歪な景観は、いま世界中で同時多発的に進みつつある「社会構造の亀裂」そのものを体現しているように見えた。

対抗組織の海外拠点が摘発を受けても、彼にはまるで「関係ない」話のようだ。


「これまでのやり方では、すぐに限界が来る。いや、すでに限界は超えている」


彼は手元にある小型端末に指を走らせ、画面上に次々と流れていく世界情勢のデータをスクロールした。2026年現在、国際社会はかつてないほどの分断の季節を迎えている。既存の協調体制は足元から崩れ去り、大国同士の覇権争いや地域的な地政学リスクは激化の一途を辿っていた。経済のブロック化が進み、国家という枠組みそのものが内部から軋みを上げている。この混沌こそが、裏の住人である彼にとって最大の追い風であり、同時に「次なる決断」を迫る警鐘でもあった。


国家が内政の混乱やインフラの維持に追われ、治安維持の機能に少しずつ隙が生まれ始めている。しかしその一方で、警察組織のデジタル捜査能力や監視カメラの網は、年々恐ろしいスピードで進化を遂げていた。人間が介在する旧来型の犯罪、すなわち「人間が人間をリクルートし、人間が指示を出す」という構造のままでは、どれほど通信を秘匿し、何重もの障壁を築こうとも、いずれその通信の足跡や行動の矛盾から、自分という存在の核心にまで捜査のメスが届くのは時間の問題だった。事案Aと、ここ東南アジアでの裏切りは、その決定的な教訓を彼に刻み込んでいた。


「感情を廃し、欲を廃し、恐怖すらも必要としない、純粋な最適解だけを導く存在が必要だ。人が介在するから、計画に『ノイズ』が混じる」


カタリストはソファから立ち上がり、部屋の奥に鎮座する超高性能なサーバーラックへと歩み寄った。空調の風が吹き出す中で、淡いブルーのインジケーターが明滅している。彼は、東南アジアへ持ち込んだ膨大な暗号資産の残高を確認した。数億円を超える資金。これをただ消費するためだけに生きるつもりはなかった。これは、未来の犯罪帝国を築くための「種銭」だ。


彼はキーボードに向かい、新しい設計図の初稿を書き始めた。それは、従来のプログラムのように「与えられた命令をただ実行する」ものとは本質的に異なっていた。


彼が作ろうとしているのは、インターネットの深淵に放流され、自ら進化を遂げる「自律的な思考の枠組み」だった。世界中の闇サイトで取引される名簿データ、各国の電力消費やセキュリティインフラの脆弱性情報、さらにはSNS上の無数の投稿から個人の経済状況や心理的な隙までを自動で収集し、学習し続ける知性。人間の指示を待つことなく、最も効率的に富を強奪するためのプランを自ら弾き出し、執行の手配までを自動で行うデジタルの怪物。


「俺はこれ以上、人間の愚かさに付き合うつもりはない。これからは、数式論理の神がすべてを支配する」


彼はその未完成のコードの最上部に、一つの暗号化された署名を刻んだ。

――Catalystカタリスト

それは、自らが新しい犯罪の時代を加速させる「触媒」となることの誓いだった。


人間という不確定な駒を捨て、純粋な知性の仕組みへと富の搾取を委ねる。その決意を固めた瞬間、カタリストの顔から一切の焦燥が消え失せ、冷徹な仮面が完成した。


外では、突発的な熱帯のスコールがガラス窓を激しく叩きつけ、地上の混沌とした街の光を歪ませていた。だが、男の視線はその先にある10年後の未来、国家の機能が失われ、自らが創造した怪物が世界の闇を完全に統治する2036年の景色を、すでに正確に見据えていた。


彼という亡霊の本当の暗躍は、このうだるような熱気の夜から、音もなく始まったのである。そして物語は、彼が理想の知性を完成させるまでの、5年間に及ぶ孤独な潜伏期間へと進んでいく。


©2026 [風風風]. All rights reserved.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ