【第1部】亡霊の混迷:手探りの犯罪インフラ(2024-2026) 第3章:亡霊の思考 (1) 次世代の怪物
プライベートジェットが降り立ったのは、うだるような熱気と排気ガスの臭いが立ち込める東南アジアの巨大都市だった。現地の夜は日本のそれとは異なり、混沌としたエネルギーに満ちている。
カタリストは用意していた偽造の身分証を使い、厳重な検問をすり抜けて、近代的な高層ビルの最上階にある一室へと身を隠した。そこは外界から隔離された、彼のためだけの巨大なデータセンターでもあった。
2026年の後半、彼は現地で活動する若きデジタル犯罪者たちの集団――裏のデータ処理や通信偽装を生業とする現地ハッカーたち――を、持ち前の圧倒的な論理構築力と資金力で瞬く間に支配下においた。
「お前たちの仕事は粗すぎる。人間の感情や欲望を挟む余地があるからだ」
広い部屋の冷たい革製ソファに腰掛け、カタリストは集まった配下たちを見下ろした。彼らは地元の裏社会で恐れられる存在だったが、カタリストの前では蛇に睨まれた蛙のようだった。男が提示した、追跡を完全に無効化する新しい通信網の設計図と、それを制御する緻密な論理モデルは、彼らの理解を遥かに超えていたからだ。
しかし、グループを掌握し、新たな犯罪インフラの実験を重ねる中で、カタリストは再び手痛い「齟齬」に直面することになる。
日本の事案Aでの失敗を教訓に、彼は現地ハッカーたちに厳格なマニュアルを課し、指示の伝達構造をさらに複雑化させていた。だが、今度は現地の配下たちが「欲」をかいた。カタリストの目を盗み、データを横流しして独自の詐欺ビジネスを始めようとした者が現れたのだ。その不手際から、現地警察にアジトの一つが察知され、危うくカタリスト自身の通信拠点まで芋づる式に発覚しかけるという致命的なミスが発生した。
「結局、人間という生き物は、どれほど厳格なルールで縛ろうとも、恐怖や欲望によって簡単に全体の設計を台無しにする」
裏切り者たちを冷徹に処理し、間一髪でログを消去したモニターを見つめながら、彼は深い溜息をついた。2024年の日本でも、この2026年の東南アジアでも、起きている問題の本質は全く同じだった。人間という駒は、あまりにも脆弱で、不確定要素が多すぎる。
その時、彼の脳裏に一つの冷徹な発想が浮かび上がる。
人間を教育したり、ルールで縛ったりして動かすのではない。人間の思考そのものを完全に排除し、状況の変化を自ら学習して最適な一手を導き出す「自律的な思考の枠組み」をデジタル空間に生み出すことはできないか。
窓の外に広がる熱帯の歪な夜景を見つめながら、亡霊の思考は、人間の知性を超えた「次世代の怪物」の設計へと向かい始めていた。だが、それを実現するには、さらに数年の沈黙と、技術の進化を待つ必要があった。
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