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0. 夢幻

 夢の中、思い出すは、眩しさ。


 真っ赤な血の沼の中、その姿は凛として孤独だった。


 光の差し込む天窓へ向かって祈る姿を、なす術もなく見送る。


 なぜなら、手を伸ばそうにも、私の手が見つからないのだ。足もない。


 ただ、横たわって、何もできない己を呪っている。


 ――貴方を思うと、私は無力になる。





 2005年7月――。


「にい、さん?」


 目線の先、暗闇の中で、影は突っ伏して蠢くばかりで何も意味のある言葉を話さなかった。うめき声だけが響き、その苦しそうな様から、死にかけのもののように思えた。


 この人は、私の大事な義兄(あに)、だろうか?


 ここはどこだろうと考え、やっと、自分は今まで気を失っていたらしく、記憶の欠落が起きていたことを知る。後頭部が痛みを訴え、どこかでぶつけたのだろうかと思う。わずかな月明かりに障子が浮かび上がって見える。その障子に遮られ闇に沈む輪郭が段々と結ばれていく。電気の点いていない吊り下げ灯が目に映り、寝転んだ地面からは畳の感触がした。ここは、義兄と義妹の私――(よう)の家で、場所は居間だった。


 暗くて見えなくてもそれは義兄のはずだった。だとしたら、義兄は、隣の床にうつ伏せで倒れているのではないだろうか。鉄の錆びたような血の匂いが鼻に突く。もしかしたら血塗れでいるのではないだろうかと思う。


 もう一度、うめき声が聞こえる。その声が確かに義兄のそれで、容は慌てて重い身体を引きずって、やっと漆喰の壁に寄りかかる。その声の主を目で追おうとして、突如視界を遮られた。


 ふと、顔を上げる。義兄ではない、別の人物と目と目が合う。暗い室内のため色の判別がつきにくいが、深い、美しい色の瞳だと思った。この場の状況に全く相応しくない、落ち着き払った感情の見えない瞳。それでも――綺麗だ。


 目の前にいるのは、人間だ。人間の、はずだ。


 その人間は屈んだ体勢になり、血で真っ赤な右腕とは逆の腕を伸ばした。顎をがつりと恐ろしい力で掴まれる。


 右腕が振り上がる。何も持っていない。それで何をしようというのかわからない。普通、凶器も持たない人間の腕では殴るだけがせいぜいのはずだ。しかし、それが振り下ろされた時に自分も義兄のようになるのだと突如本能的に理解した。


 腕は振り下ろされることなく静かに力を失った。掴まれていた顎も同時に解放され、代わりに目の下と頬をそっとひと撫でされた。涙を拭われたのだとわかった。


 そのすぐ後、後頭部に重い衝撃が響いた。意識が遠のく――早く、目覚めなくては。力を失った身体が床に落ちる音が最後に耳に届いた。

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