19. これがあの悪役令嬢とやらなの?
『でね、これが悪役令嬢で、凄い邪魔してくるんだよ。性格も悪くてさー』
『あら、めんこい子じゃないの』
『えーそう?』
『ただ素直になれないだけですよ、きっと』
*
「聞いていますの!?」
猫だったら毛を逆だているんじゃないかしらと思うほどに憤る様子が可愛らしくて、思わず笑みが。
ああ、この猫ちゃんがあの子が言っていた悪役令嬢とやらね。もちろん孫が一番だけれど、この子も可愛いわぁ。
「私を無視するなんて頭が高いのではなくて?」
「ああ、はいはい。無視なんてしていませんよ。なんのご用で?」
まあまあ熟れたトマトみたいに顔を真っ赤にしちゃって。今にも破裂しそうね。
「そもそも! 高位の貴族に話しかけられて挨拶もしないんて。お里が知れますわね」
「田舎者でして。粗相をしてしまい申し訳ありません」
私が深々とお辞儀をすれば今度は慌てふためいた様子で「私は寛大だから許して差し上げますわ」としどろもどろに仰る。忙しい子ねぇ。
「田舎者に教えて差し上げますわ。私はシャーロット・ロレーヌ、殿下の婚約者でロレーヌ公爵家の一人娘ですわ」
「そうなんですねぇ。私は……」
「エミリー・カーレス男爵令嬢でしょう! 見くびらないでくださいまし! 貴女がウォード伯爵令息と婚約したことも知っていますわ」
勢いよく扇子を閉じてツンとすました風に言うシャーロット様。一介の男爵令嬢が公爵令嬢様にまで知られるなんて、有名になったものだわ。
なんてぼけっと考えていたら、ずいと距離をつめられまして。
「エミリー・カーレス男爵令嬢! 先ほども言ったとおり、殿下に近寄らないでくださいまし!」
殿下……つまりはルイス王太子殿下のことですかね。そういえばあのきのこ狩り以来だけれど、元気かしらねぇ。学園で勉強を頑張っているのねきっと。
「男爵家ごときが殿下とお話しなさるなんて不相応だと思わないのかしら!」
「そんなこと言われましても、勝手に我が家に来たのは殿下ですしねぇ」
そう申し上げると、本当にトマトが破裂しまして。ああ、これは長くなる気がするわ。
「ルイス様ときたら……っ私というものがありながら、口を開けばカーレス男爵令嬢、ケネス、ケネス、ケネス、ケネスってもううんざりですわ!」
殿下はお友達が少ないのかしら。ほぼケネス様のことしか仰ってないわね。
「違う話をといえば、恵みの聖女の話になって……私をなんだと思っているのよ!」
可哀想に、つまりは殿下とうまく行っていないのね。こんなに可愛い子を放っておくなんて殿下も目が節穴ねぇ。
とりあえずワインを差し出せばお上品に一口。
「わ、私だって優秀ですのに。学園では殿下に次いで二位の成績を収めてますし、公爵令嬢として正しい振る舞いをしてきたはずですわ……」
見る見るうちに顔が赤くなって、目が潤んできて。まさかこのワインアルコール入ってました? そしてこの子はお酒に弱いのかしら。
「おかしいですわ!!」
と盛大に両腕を振って怒った拍子に、シャーロット様はワインをバシャっと自分のドレスにかけてしまって。
トマトが見る見るうちに葡萄のような色に変わって、最終的には真っ青に。カラフルな子だわぁ。
「ド、ドレスが」
「焦らずに、染み抜きすれば大丈夫ですよ。控え室に行きましょうね」
「……ええ」
すっかり弱った様子のシャーロット様を連れて、控え室へ。乾いたハンカチをしみの後ろに当てて、濡らしたハンカチで押し当てるように色を移す。これが応急処置。
「感謝しますわ。後で代わりのハンカチも贈り届けますの」
「いいんですよ。また縫えばいいんですから」
刺繍はしてもハンカチ自体を縫うことなんてないシャーロット様はピンときていない様子。
「ああ、そうそう。殿下とのことですけどね。そういう時期は誰だってありますよ。親が決めた結婚相手なんて、最初は合わなくて当然」
私も昔苦労したわぁ。あの人何も喋らないんですもの。
「徐々に徐々に、時間をかけて擦り合わせていくものなんです。まずは、共通の話題を探してみてもいいかもしれませんねぇ」
なんて老婆心で語ると、シャーロット様は落ち着いたようで、「……そうね。そうよね」と仰ったのでした。
「……おい」
「あら、ケネス様。お話はお済みになりましたか?」
「済んだもなにもない。動かないと言っていたのはどこのどいつだったか?」
応急処置を終えると、シャーロット様のメイドが駆け寄ってきて新しいドレスを用意したようだったので軽く挨拶をして別れまして。
さて、私も……と思えば後ろにいらっしゃったのは怒った様子のケネス様。
ふ、不可抗力ですよ、不可抗力。
「あまり心配させないでくれ」
────いなくなったエミリーを必死に探していたのは、言うまでもない……。




