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余興のはじまり


 しばしの沈黙。


 手持無沙汰だったのか、内ポケットから招待状を取り出したアンドリューがそこに書かれていたプログラムを確認していると、それをエミリーが突然奪った。


 格上である公爵家の人間を相手に、しかも承諾を得ないままで手にしていた物を奪うとは。マナー違反もここまでくるといっそ清々しいが、エミリーの心情を考えれば『恋心を弄んだ憎い男』とは口も利きたくないのだろう。そして、アンドリューもそれを理解しているからこそ、抗議の声を上げないのかもしれない。


「ドレスコード…なんて聞いてないわ」

「えっ、ワザと赤を着て来たんじゃないのか?」


 レイモンドのその言葉に、エミリーは怒りで頬を紅潮させる。


「そんなワケないでしょう!だって、この舞踏会に参加しろとお父様に言われたのが数日前で、王家からの招待状なんて届いていないもの」

「それは災難だったね。我がガルツィ王国とこちらのデュアマルク王国の王族同士はそれなりに仲がいいんだが、我が国の将軍とこちらの王族との関係は決して良好とは言えない。多分、招待を予定していなかったエミリー嬢を舞踏会開催の直前に捻じ込んで欲しいと言われて、王妃殿下の機嫌を損ねてしまったのかもしれない。きっとドレスコードの件は、故意に伝えなかったんだと思うよ」


 確かに王妃殿下は好き嫌いがハッキリした性格らしいが。それでも、この仕打ちは酷すぎる。しかし、さすがはエミリー。『嘲笑なんぞ気にしません』と言わんばかりに堂々と胸を張り、アンドリューに向かって憎々し気に口を開いた。


「別に罪を犯したワケでもあるまいし、赤のドレスを着たからどうだって言うのよ。本当の悪人はここにいるわ」

「おい、聞き捨てならないな。今から楽しもうとしているのに、いきなり呪いの言葉を吐くなよ」


 レイモンドが窘めてもエミリーは謝ることも無く、傍にいるアンドリューに向かって尚も続ける。


「早く報いを受ければいいのよ!」

「だ~か~ら~。そういうの止めろって」


 一方的に罵られているというのに、アンドリューはひたすら沈黙を守っている。まるで鉄仮面の様なその横顔からは何の感情も読み取れない。なので、己の正当性を『無視する』という形で主張しているのかと勝手に思ってしまったのだが。


 ぎゅっ。


 いつの間にか繋がれていた、アンドリューの指と私の指。レースをふんだんに使った私のドレスは、巧妙にそれを隠してくれている。最初は微かに震えていたアンドリューの指も、私の指を強く握ることでその震えを抑えられている様だ。


 こんな時にケヴィンであればきっと、強い口調で相手を威圧し、話を切り上げるのだろうが。同じ兄弟でもアンドリューはそんなことが出来そうに無い。こうしてただ、相手の気が済むまで批難の言葉を浴び続けるのだろう。


 例え、それで自分が傷ついたとしても。


 そんなことを考えていたら、ふとケヴィンのことを目で探してしまう。彼はレイモンド専属の護衛だから、きっとここにもいるはずなのだ。通常、騎士は壁際に待機しているものだが、この会場にそれらしき男性はいない。であれば、いったい何処にいるのだろうか?



 ──紳士淑女の皆様、今から余興を開始します。

 ──どうぞ中庭へと足をお運びくださいませ!



 その声で一斉にアーチ状の窓が開けられていく。


 どうやら全ての謁見が終了し、プログラムどおりに余興から始まるらしい。中庭は窓を開けてすぐの場所に有る。その為、会場から漏れた灯りだけでも十分に明るかったが、演出の関係なのか即席の外灯も設置されていた。


 手際よく円状に並べられた招待客がザワザワと騒いでいると、その中央に黒マントを着た仮面の男が飛び出て来て陽気に挨拶をする。


「ようこそ、皆様!私は遠い国からやって来た、魔法使いです!」


 聞き覚えの有るこの声は、愛すべき兄に間違いない。同意を求める為に振り返ると、そこにはアンドリューがいて、更にその少し離れた後ろには…ケヴィンがいた。どうやらレイモンドの警護の為にずっと外で待機していたらしい。一瞬だけ目が合い、ケヴィンは微笑んでくれたのに何故か私は慌てて顔を逸らしてしまった。


「どうして…かしら、私…」


 自分で自分の行動に驚き、動揺していると周囲から一斉に『おおおっ!』という感嘆の声が上がる。無意識のまま顔を元の方向に戻すと、そこには。



 シャラシャラ…

 シャララシャララ…


 

 ツィタライエンの可憐な花が、咲き誇っていた。

 

 

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