圧潰の重奏【ユニゾン】
ガシャァッ――! バアァァン――!!
硝子が割れ、粉々に砕けるかのような音が、上空から響き渡る。
撃ち出された氷凍の弾丸が弾け、飛散する。それは、遥か上空で佇む白き異形へと到達しようとするその間際、視えない壁にぶち当たったかのように押し潰され、そして粉砕されていた。細かくバラバラとなった蒼白い粒子が、その輝きを青空の中へと溶かすように消えていく。
「――流石に、遠すぎる――か。届いたところで防がれる――それなら」
山吹色の瞳を細め、ノエは何かを思案しているかのように独り言ち、そして左の掌を地面へと掲げた。
「ファォォォッ――ァァァ――ヴァァ――ッ!!」
少女の動きを阻止するかのように、間髪入れずに降り注ぐ重奏。ノエは小さく舌打ちをし、バックステップで距離を取る。アスファルトの破片飛び散る足元を気にも留めず、彼女は再び詠唱を紡ぎ出す。
「――氷凍波導――!」
掲げられた少女の左掌から、詠唱とともに冷気が溢れ流れた。
続いて、メリメリッ――という氷結の音が響く。蒼白い霧のような冷気が地面に流れ落ち、瞬く間に大地を凍てつかせる。そして、それを突き破って伸びていく、蔦のような形状をした幾重もの氷の柱。氷蔦は螺旋状に絡み合い、急速に上方へと伸び続けていく。
「ファ――フォォォッ――?」
白い異形がそれまでとは少し異なる、動揺を帯びた奇声を漏らす。その隙の中で、ノエは伸びていく氷柱の上へと跳び乗った。ぐんぐんと上昇していく氷の台座の上で、少女は右腕を振り上げ、そして山吹色の眼を見開く。
「これで――その高さに、追いついたわ。――素体錬成」
腰まで伸びた紫髪を風に靡かせながら、呟くノエの右腕の先が極彩色のベールに包まれる。その内に氷柱は相手と同じ高さへと至り、氷の台座の上に立つ少女は、数十メートル先の宙佇む白き異形へと向け、腕を振るった。
右腕の先に纏われた極彩色が振り払われる。魔術により変化した右拳が――機関銃が顕わになった。小さな身体に似合わぬ機関銃を携え構え、ノエはその照準を相手へと向ける。
「――氷結連撃弾――!」
蒼穹に木霊す、少女の叫声。
機関銃の砲身が目まぐるしく回転し、その銃口より無数の氷凍弾丸が放たれる。豪雨の如き掃射は、白き異形の身体へ次々と降り注いでいく。
「ファラァァァァッ――!」
白き異形は奇声を発しながら、肩より生やした翼で身を包み、防御の姿勢を取る。そこへ次々と着弾していく氷凍の弾丸。ビキビキという音を響かせて、異形の身体が――その前面に展開された白翼の翼が、凍結し氷に包まれていく。
「さて、このまま身体の芯まで凍りつかせて、貴方が何者なのか、後でゆっくりその正体を調べさせてもら――」
次第に凍結の度合いを増し、空中でふらつき始めた白き異形を見据え、ノエが小声で呟きかける――その時だった。
――バァァッン――!
白翼が広げられ、氷の砕ける音が散る。
「なっ――、効いて――いない――?!」
狼狽えを抑えるように声を漏らす少女。その眼前で、白き異形は自身の全身を覆い尽くしつつあった氷凍を全て、瞬時の内に引き剥がしていた。
「コォォォッ――」
白き異形は何か力を溜めているかのような、低い唸りのような奇声を放つ。少女は咄嗟に右腕の機関銃を構え直し、再度攻撃を試みようとする。
だがしかし、続く動きは僅か一瞬、白き異形の方が先んじていた。
「ヴォォルォファァァァ――ッッ!」
それまでとは比べ物にならないほどに大きく広く、白き異形は重奏を解き放つ。
狭い氷柱の上に立つ少女に、逃げ場は無かった。
バリバリと無数の硝子を打ち砕く音。ノエの小さな身体が氷柱の中に強引に押し込められるように沈み、続いてその氷柱そのものが爆破解体されるビルのように、自重に耐えきれなくなっかのように、根本から急速に砕け崩れていく。
「くっ――身体が――重い――!? うっ、あ゛あ゛あ゛っ――!!」
爆音の中に、ノエの声は掻き消える。続く言葉すら許さぬ一瞬の間に、砕けてバラバラとなった氷柱の残骸とともに、少女の小さな身体は大地へと墜ちる。
もうもうと漂う冷気の残滓。だがそれは急速に拭ったように消え失せる。後に残ったのは、幼気な少女が仰向けに大地へと横たわる様だけ。
ノエの身体は、重力と同じベクトルの、しかし重力よりも遥かに強力な力によって、地面へと押し付けられていた。
「ぐっ――あ゛あ゛あ゛っ――!」
苦悶の声を少女は吐き呻く。人形のような精緻な顔には涙と苦痛が滲み、白皙の四肢と菫色のワンピースを纏った華奢な胴が、メリメリと潰れんばかりにアスファルトの地面へとめり込んでいく。
「ぐわあ゛あ゛あ゛っ――身体が――潰れ――」
その時、身悶えるノエの目の前を、白銀の閃刃が通り過ぎた。
「ノエちゃん、大丈夫――!? 魔術通信に応答が無かったから何かあったのかと思ってたけど、まさかこんなことになってるなんて――」
不意に聞こえる、女の子の心配げで切羽詰まったような声。
同時に、ノエの身体が軽くなる。先程まで自身を押さえつけていた何かの力が、いきなりバッサリと断ち切られたかのように。
「み――瑞穂――ちゃん――」
重奏による超重力から解放されたノエは、脱力したようにその場に横たわったまま、駆けつけてきた少女――塚本瑞穂の姿を見つめ、その名を呟いていた。
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