白き異形【バケモノ】
「こ――れは――」
男の子と別れ、爆音の発生源と思しき現場に赴いたノエは、普通では考えられないその場の惨状に、呆然としたように呟いていた。
クレーターのように、半径数メートルにわたって酷く陥没したアスファルトの道路。その中央に鎮座しているのは、もはや原型がわからないほどにグチャグチャにひしゃげてしまった乗用車。絡まり合った糸のように変わり果ててしまった金属製フレームの隙間からは、茶色と赤色をした液体が夥しく、止めどなく溢れ流れ出ている。
ガソリンと血の臭いとが混じり合った異臭が鼻をつく。茶と赤の色とが綯い交ぜになった液体が、湧き出る泉のようにじわじわとクレーターの底から拡がっていく。その上にプカプカと浮かんでいるのは、変わり果てた残骸の中に乗っていただろう人間の――グチャグチャに掻き回された金属フレームからはみ出して、車体からこぼれ落ちてしまっただろう誰かの――小さく細切れになった幾重もの、肉片。
その中のひとつが目に留まる。手から肘のあたりで途切れた腕の一部。いっぱいに広げられた掌は、限界までぴんと伸ばされた指先は、まるで救いを求めていたかのよう。意識が潰えるその直前まで、理不尽な己の死に様に抗っていたかのよう。
「これは――非道い――」
思わず呟き、そしてノエは痛ましい残骸の上方を見上げて――その惨劇の数メートル上方にて浮かび佇んでいる、白色の異形へと視線を向けた。
「貴方が――これをやったのね――?」
動揺に掠れた声で、ノエは問いかける。
それは、人間のような形状をしていた。
背の高さは2メートルほどだろうか。その体躯は真っ白な表皮に覆われ、筋肉のような筋がそこかしこに浮かびんでいる。それらの隙間を這うように蒼い光のラインが走り、どくんどくんと脈打っていた。
引き締まった胴体からは、同じく筋肉質な四肢と、少し不釣り合いほどに小さな頭部とが伸びている。そしてその顔には、表情と呼べるものが無かった。表情どころか目も鼻も口も、その他いずれの構成要素も――おおよそ容貌と呼べるもの自体が存在していなかった。
ただただ白いだけの、のっぺらぼうな貌は無言のまま顎を引く。感情の読み取れぬ視線は下の方へと向けられて、自身を見上げている少女――ノエを見下ろしていた。
「――どうやら、答える気は無いようね。それにしても、その異形は――」
ノエは異形の姿を凝視したまま言いかけた、その時――。
「フゥォ――ォォォ――!」
鼓膜が張り裂けんばかりの大きな音で、白色の異形は奇声を発する。と同時に肩の辺りから、その体躯よりも長く巨大な白い翼が伸び広げられ、勢いよく羽ばたかれた。
「なっ――この大きな音は――それに、翼が生えて――!?」
「フゥォォォ――ォォォ――!!」
白い異形は奇声を発し続けながら、肩より生やした翼をはためかせ上昇していく。
「あの異形は、いったい――魔族――? いえ、このような異形の魔族は、私の知識には無い――それに、この魔力の感じは――」
ノエは独り言ちる。上空へと飛翔していく異形の姿を見上げ、少女は訝しげに山吹色《ブライトイエロー》の瞳を細めて――その時だった。
白き異形から放たれている魔力の波に、ノエは突如として強い揺らめきを感じる。そこに危険な予兆を覚えた少女は、咄嗟にその場から跳び退く。
「ファヴァァァ――ァァァ――ヴァァ――ッ!!」
――ドグァッン――!
異形の放つ奇声が一際大きくなると同時に、先程までノエが立っていたアスファルトの地面が轟音とともに弾け割れる。
まるで、何か得体の知れない力によって、強引に叩き潰されたかのように。
ノエは身体に降り掛かる砕けた地面の粉塵を払い除け、厳しい眼差しを再び上方へと向ける。
「やはり、この力――魔力を帯びてはいるけれど、魔術によるものではない――何の術式も、属性もない――。
つまりこれは――魔族とは根本的に違う、異形ということ――!?」
「ファォォォォォッ――ァァァ――ヴォォ――ッ!!」
少女に独りごちる隙すら与えぬ間に、白き異形は太陽を背に翼を全開させ、より大きな奇声を発する。複数の音源が折り重なっているかのようなその奇声は、よく聴けはまるで歌声のようでもあり、幾重もの音が捻れ絡むことによって奏でられる重奏のようでもあった。
奇声を聞き、再度その場から跳び退くノエ。刹那、先程まで少女の立っていたアスファルトの地面が爆音とともに粉々に潰れ弾ける。
「なるほど、私を狙って――会話が通じる相手でも無さそうだし――どうやら、戦わなければいけないようね――」
少女はふぅと溜息をつき、右腕を振り上げて身構えた。ピンと伸ばされた右手指先のその先端に、氷属性の魔力が収斂していく。
「射氷弾装――!」
鈴の音のようなノエの詠唱。少女の細く白い指先から放たれたのは、氷凍の弾丸。粉雪のようにきらきら輝く粒子の軌跡を曳きながら、冷気を凝縮した氷属性の魔力弾は、白き異形へ向けて勢いよく放たれていた。
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