【グリゴラ・エニア・カタフラクト】
研ぎ澄まされたような、鋭い金色の瞳を揺らし、少年は軽く息を吐く。
右足を中心にして地面に描かれる、翡翠の色に輝く魔法陣。
漏れ出るように魔法陣から伸びていく光の筋。太腿を伝い、腰に混じり合い、それは少年の背中で花開くように広がっていた。
覇王アシャの背中より展開される4つの光の帯。左右に2つずつ生え伸び、はためくは翠の両翼。
「我が右足に封じられしは、グリゴラ・エニア・カタフラクト――」
能力の名を、誰にともなく呟く少年。
言いながら、彼は手を伸ばす。広げれられた掌に、指先に握りしめられるように、一本の翠光が浮かび上がった。
そして、4つある両翼の内の左右1つずつが三日月のようにしなり、前へと曲がっていき、弧を描くように変形していく。続いて両翼の先端同士を繋ぐ光の線が、ピンと張られた弦のように浮かび上がる。
まるで――それは巨大な弓矢を想起させる形状。
「翠光の翼は、あらゆる疾さを超え、それを蹂躙する射翼となりて――そう、我が放つ翠の一閃は、疾さの概念を超越し、仇なすモノすべてを射抜く矢となろう」
アシャは掌に浮かび上がった翠光を掴み、引き、弦へと掛ける。ぐいと引かれた翠光の矢は眩く強い光を放ち、金色の瞳をした少年の頬を照らす。光の中に佇むその姿は、まさに――獲物を射抜かんとする射手そのものだった。
「う、うぐぇぇっ――あ、あらゆる疾さを超える――ですって? そんな――バカなこと――時流に干渉し、光の疾さに迫る超光加速を――この私の疾さを――捉え、こうも容易く射抜くだなんて――」
吹き飛ばされた左肩の断面を押さえ、リツルミは喘ぐように呻く。妖艶で美麗な女の顔を歪め、獣のように牙を剥き出し、灰色の女はドス黒い咆哮を上げた。
「ありえない――! そんなものは認められないっ――! 枷の男――お前、何者なのよ――四天王である私をこうまで苛立たせるとは――ここまで、こんなにまでするというのなら――もはや一刻の猶予もなく殺すしかないないわねぇっ――!!」
叫ぶとともに橙の光が迸り、リツルミの姿が再び消えた。
ビュンという空気を裂くような音が、超高速の鋼索が、少年を切り刻まんとその周囲を舞う。
「愚かな――俺からすれば、貴様はもう遅い」
その身体を微動だにさせず、アシャは小さな声で呟く。彼は後方に展開された残り2つの翼を薙ぎ払うように超高速で動かし、迫りくる鋼索すべてを弾き返す。その余りの疾さに、残光が陽炎のように少年の背後で揺れ動く。
「な――なん――ですって――?! 超光加速により加速した、光に近い疾さを誇る鋼索をすべて――的確に弾いて、防いだ――というのっ――?!」
姿を消したままリツルミの驚きに満ちた声が反響する。
「何度も言わせるな。これは疾さという概念そのものを蹂躙する能力。我が翠翼の前において、速度などという尺度は意味を成さない――何故なら、今の俺は、何者よりも絶対に疾いが故に――無論、貴様などよりも遥かに――な」
アシャは言い、掴み引いていた翠光を離す。眩く細い光の線がシャワーのように迸る。
「ふ、ふふっ――仮に私の疾さを超えるのだとしても――それでも、この超高速で動く私へそう易々と攻撃はさせないわぁ――さっきの一撃は油断したけれど、よく見れば次からは避けられ――」
「貴様――呑気にお喋りをしている場合か――? その脇腹はどうした――?」
「なっ、なに――?」
何かの擦れるような音とともに、消えていたリツルミの姿が現れる。超光加速を解除した灰色の女は、一瞬、何が起こったのかわからないといった様子で周囲を見回し――次の瞬間、口から赤黒い体液を吐き出していた。
「ぐぁあっ――ぐげえええ゛え゛っ――!」
リツルミの脇腹は、何かで貫かれたようにぽっかりと穴が開いていた。粘性のある体液がゴポォと溢れ噴き出す。
「あがあ゛あ゛あっ! な、何故、腹に穴が……!?」
そんな女の叫びを上書きする、ドシュという鈍く湿った音が響く。
リツルミの右足が引き千切れる。女の身体が、撃ち抜かれた衝撃により宙に浮かぶ。
「グエェっ――! 攻撃っ――?! そんな――もの――見えなっ――」
「我が攻撃が、貴様ごときに見えるわけがなかろう――何故なら、これは射翼であるが故に――その一撃は光を超え、貫いた後にあって痛みを認識させる猶予すら与えぬ――疾さという概念を撃ち抜き蹂躙する翠閃の矢であるのだから――」
翠光の弓と弦とを携え構え、アシャは宣告するように言葉を放つ。
そしてその言葉のすぐ直後、彼は手を離し、三度、翠閃の矢を撃ち放つ。
リツルミの身体が次々と翠閃に貫かれ、引き千切られる。左足が床に落ち、胸が抉れ、橙の輝きを放つ右腕が吹き飛ばされる。
既に、リツルミの身体はその原型を留めてはいなかった。
「ぐっ――おのれええっ――!」
リツルミは吠える。女の顔は醜く歪み、妖艶であったその面影は消え失せていた。穴だらけのボロボロな状態で宙を漂う身体が、湿った潰れる音とともに地面へと墜ちる。
「何をほざいている――そんな寄せ集めの体躯で――いかに特殊能力のある屍体を纏い、疾さの能力を行使しようとも――それを扱うのが貴様のような下賤で矮小な者では話にも相手にもなるまい――とっとと、その正体を晒すがいい」
吐き捨てるようなアシャの言葉。
その時だった。
ボロ布切れのようになり墜ちていく女の身体が、床に触れると同時に水風船のように弾ける。そしてそこから、それは跳び上がっていた。
肉を、皮膚を、骨を――バリバリと喰い破るようにして。女の肉体の内部から這い出て、まるで重い衣服を脱ぎ去ったかのような勢いを帯びて。
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