時よ、悠久に、【疾れ】
「ふん――それが、貴様の本当の正体か――」
アシャは嘲るように呟き、不快げに眉を寄せ、金色の瞳を細めた。
「こんなもののために、街の人間も、超光加速の勇者の女も――弄ばれ、玩具にされたということか」
少年の背後に佇んで状況を見守っていたミズホもまた、それを目の当たりにしていた。青髪の少女は身体を揺らし、思わず口元に手をやり呟く。
「こっ――これは――クラゲ――?!」
それは半透明な肉塊だった。人間の頭部ほどの大きさの、ブヨブヨとした濁った水の塊のようなそれは、至る所から触手のように屍惨鋼索を生やし伸ばし、まさに少女の呟きの通り、巨大なクラゲに似た姿をしていた。
「これ《・・》は、屍体を纏う能力の持ち主などではない――屍体を纏わなければ生きることすら出来ぬ空っぽの存在――だ。
まともな肉体を最初から持ち合わせておらず、屍体を掠め奪い己がものとすることで生き延びて来た存在。腕も足も胴も――酷薄な笑みを浮かべていた女の容貌すらもすべて、このクラゲモドキがさまざまな屍体から継ぎ接ぎしてきた寄せ集めに過ぎない」
「そっ――そんな――こ、こんなのに、ヒメアさんは身体を奪われ――殺されて――」
アシャの言葉に、ミズホはわなわなと指先を震わせる。
「コ、コウナレバ――ッ――神秘斬滅の少女のカラダヲ――ウバイッ――マズハコノバヲ、ニゲルトスルシカ――!」
クラゲは溺れているかのようなくぐもった言葉を発する。女の頭を脱ぎ捨てた肉塊から発せられる声のトーンは、もはや女どころか、人間のものですらなくなっていた。
クラゲは無数の屍惨鋼索を広げ、その言葉通り、ミズホの身体を奪おうと、小さな少女目掛けて覆い被さるように飛び掛かっていた。
「サイショカラ――コウスレバ――ヨカッタノダッ――! 希少能力ダカラト、シンチョウニナリスギタッ――! コレデ、インガヲコロスチカラ、ワガテニッ――!!」
少女の眼前を流れる、白銀の一閃。
リツルミの――クラゲの言葉はそこで途切れた。
ミズホは手にした刃を振るい、飛び掛からんとするクラゲを両断していた。
「汚らわしい――近寄らないでください。私の身体は、私のものです――あなたなんかに――決して渡さない」
少女は刀剣にこびりついたクラゲの体液を振り払い、冷たい口調で言い放つ。
左右で真っ二つにされた肉塊は、少女へ襲いかかる勢いそのままに床へと堕ち、ぐちゃりという湿った音を奏でていた。
床へとぶち撒けられた2つの澱んだ塊を、アシャは見下すように眺める。
「勘違いするなよクラゲモドキ――貴様の力は纏った屍体の能力あってのもの。それらをすべて脱ぎ去ってしまった貴様など、もはや小娘にとってすら敵ではない――そして――」
ゆっくりと、少年は背中から伸びる翠光の弓から手を離す。つかつかと歩き、撃ち抜いた屍体の肉片を拾い上げ、彼は2つに切り分けられてもなお蠢く異形の肉塊へと振り返る。
「グッ――グガガガッ――ヴァカナ――コンナ――コトナド――アリエヌ――アリエヌゥ――!」
濁った水のように半透明な塊は、ビクビクと痙攣しながら呪詛のような呻きを漏らしている。
「神秘斬滅によって両断された以上、貴様はもう終わりだ。
なるほど、その肉塊そのものが核であるならば――内部の魔力生成の流れが断ち切られたということ。あとはただ、分断されたそれぞれに残った魔力が溢れて尽きていく中で、渇きと飢えに似た苦しみの中で朽ち果てるだけであろうか――」
「ヴァアアア゛ア゛ア゛ア゛ッ――! カッ――カラダガッ――ワタシノ――ナカノ――マリョクガァ――ヌケテ――キエテ――ア゛ア゛ア゛ッ――ぐっ――ぐるじい゛――!」
苦しげに身体を捩らせる、リツルミと呼ばれていたモノ。神秘斬滅の閃刃に、肉塊というその形状を、核たる魔力生成の流れを、魔力の貯蔵庫たる器としての役割すらも、すべて一太刀のうちに断ち切られたそれは、ただただ魔力という自身の構成要素を垂れ流していく苦痛と飢餓感にのたうちながら――死という概念の中へと墜ちつつあった。
「だが――貴様は、このまま死ぬには罪を重ねすぎた」
少年は金色の瞳を動かし、蔑むような眼差しで2つに断ち切られた肉塊を見下ろす。その手に握られていたのは、先程拾い上げた屍体の肉片――それは、亡き超光加速の勇者ヒメア・イランドの一部――能力の根源たる橙の宝玉が埋め込まれた右腕だった。
「――時よ、悠久に疾れ」
アシャは詠唱する。その声に求められるかのように、手にした腕に埋め込まれた宝玉が眩い橙の輝きを放つ。
「そう――貴様の罪は、今から死までの数分で贖えるものではない。貴様は命と時とを弄びすぎた――それゆえの代償、存分に思い知るがいい」
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