現れし巨虚砂兵【マグナフィーネ】
カランという乾いた音が地面から聞こえる。目を開いて確かめるまでもなく、2本あった呪いの針は一太刀のうちにぶった斬られていた。
「ぐぬ――あの魔術師は、私に一瞬の隙を作るための――」
サイカスは後ずさる。
既にアシャは蠍の男へと肉薄していた。金色の瞳を大きく見開き、彼はニィと口の端を歪めて紅い腕を突き出し、マグマのように沸滾る拳をサイカスへと、それの持つ弩の銃口へと突き付け、言い放つ。
「【爆ぜろ】――!」
その一言と同時に、弩の銃口に突きつけられた拳が黄色い光の瞬きと共に爆発した。
遅れて響く、ズドンという音。蠍の男の身体は白煙を吹き出しながら十数メートルほど弾き飛ばされていた。
「ぐぅっ――ぐはっ――」
もうもうと立ち込め、そして薄れていく白煙の中で、サイカスは声を漏らす。手にしていた弩は粉々に砕ける間もなく蒸発し、それを握っていた両腕は引きちぎれていた。身に纏っていた黒い鎧は所々が崩れ落ち、その隙間から砂がざらざらと、ぶち撒けられた臓器から迸る血のように流れ落ちている。
「ほう――俺の攻撃を受けて、腕を持っていかれるだけで済むとは――運が良いのか、それとも先程の逆禍の盾とやらで軽減したか」
顔の前で紅い腕と掌をわしわしと動かしながら、アシャはボロボロになったサイカスを眺める。だが、その余裕に満ちた言葉や状況とは裏腹に、それ以上踏み込もうとする気配は無かった。何故なら――金色の瞳に映る紅い手首は、既に濃く太い光の輪に包まれ、時間であることを告げていたから。
「――ぐぬうっ――砂獅子!」
サイカスは何かを呼ぶような叫び声を上げる。
地響きと共にサイカスの足元の地面が盛り上がり、弾けるように大量の砂粒が溢れ出た。バラバラと降り注ぐ砂埃の中から姿を現したのは、砂と岩とが混じり合ってカタチを成している、ライオンに似た巨大な獣だった。
砂獅子と呼ばれた十数メートルはあろうかという巨大な砂のライオン、サイカスはその頭の上に乗り、アシャたち見下ろしていた。
「ククッ……多勢に無勢では仕方あるまい。ここは退こう……だが、しかし……」
「四天王ともあろう者が、負け惜しみとはみっともないぞ」
そう煽るアシャの手首を囲む光の輪へと視線を注ぎ、サイカスは嗤う。
「カカカッ……! いや、これでいいのだ。ここでその力を使ってしまったお前は、しばし眠りにつかねばなるまい。それはつまり、お前にはもう【巨虚砂兵】の起動を阻止することは出来ぬということなのだからな」
「巨虚砂兵……?」
ミズホはアシャの元へと駆け寄りながら、蠍の男が吐いた単語を訝しげに呟いた。
その時、ゴゴゴッという音とともに地震が起こり、金眼の少年と青髪の少女を揺さぶった。砂獅子が現れた時などとは比べ物にならないほどの、立っていられないほどの、大きな揺れ。
地面に這いつくばりながら、少女は大きく見開かれた瞳で、それを見た。
レシノミヤの街より遥か遠く、僅かに見える森の中から、盛り上がっていく砂の山を。
あちらの世界で言うところのビルほどの大きさはあろうかというそれは、周囲の木々を飲み込みながら、カタチを成して次第にその正体を露わにしていく。
「まさか――あれが、巨虚砂兵――?!」
それは、あまりにも巨大なヒトモドキのカタチ。頭頂部から絶えず流れ続ける砂によりツルツルののっぺらぼうな顔、関節も何もあったものではないぐにゃりとただ上体を支えるためだけに伸びているような腕、下半身は溶けたゼリーのように地面へと広がり木々などを押し流し、そこから下の部分は埋まっているのか、そもそも存在していないのかは見えないので解らないが、僅か覗く地面との境界線のカタチはぐちゃぐちゃで、至る所から噴火しているかのように砂がボコボコと溢れ出ている。
いつのまにか跳び上がって立ち去りつつあった砂獅子の頭上で、サイカスは声を張り上げていた。
「クククッ……、もはやお前たちに【アレ】を止める手段は無い。そう、お前たちの弱点は3点あった。
ひとつは、枷の男は一度その力を使えば数時間は行動不能になること。こうして力を使わせてしまえば、その間は【準備】を邪魔されずに済む。見ての通り、こいつはその大きさゆえに目立つのでな。
ふたつめは、お前たちにはマトモな防御手段が無い。所詮、ヒトの身体は脆く弱く、呪いへの耐性も皆無ときた。
みっつめは――お前たちには遠距離へ干渉する手段が無い。神秘斬滅は刃の届かぬ範囲には無力であり、枷の男の紅き腕から放たれる熱波もまた、その範囲はたかが知れている――」
巨虚砂兵ののっぺらぼうな顔が、ぐわあと大口を開ける。開かれた口の中は深淵。顎のあたりから滝のように砂が溢れ落ち、砂煙が立ち込める。
そして、開かれた口の中に白と黒の粒子が収束していく。時折、青白い稲光が迸る。まるで――何かの力を溜めているかのよう。
「ククッ……フハハッ! 丁度よい、この様子であれば、枷の男が目覚める頃には【放てる】だろう。
巨虚砂兵より放たれるは【砂化の滅閃】。
そして、その狙いは必然の因果にて枷の男へと定めた。
いかな神秘斬滅と言えども、極太の【滅閃】は断ち切れまい。
逃げることも防ぐことも出来ず、この街もろとも砂と化して散り去るがよい――!」
サイカスを乗せた砂獅子は、巨虚砂兵のある方向へと跳んでいき、視界から消えた。
どさりと何かの倒れる音。蠍の男の言葉を茫然と頭の中で反芻していたミズホはそこで我に返り、隣に立っていたはずの少年へと視線を移した。
少年は意識を失って、倒れていた。その右腕の手首には、赤黒い枷が喰い込むように嵌められ、妖しく光っている。
夢幻拘束は再び繋がり、彼の力をその意識と共に拘束していた。
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