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覇王たる【賭け】


「その小さな身体ひとつで、いつまで凌げるものかな――?」


 サイカスの問いかけと同時に、またも銀色の針が弩から放たれる。今度は二連射。だが、これは先程よりも軌道が読み易かった。何かに弾かれた後では無いせいか、針は一直線にアシャの胸元へと飛んでいき、そして待ち構えていたミズホの白い刃によって薙ぎ払われた。


 畳み掛けるように次の二連射。さらに二連射。ある程度のインターバルが必要なのか、それ以上の連続射出は出来ないようだったが、それでも放たれては薙ぎ、放たれては薙ぎの攻防が――何十回と続けられた。


「不味いな――」


 アシャは棒立ちのまま呟く。ミズホはぜえぜえと息を吐きながら、疲労に歪んだ表情でちらりと彼を見た。


「はぁ……はぁ……えぇ、私、さすがに体力が――」


「いや、そうではない。これでは俺は奴に近づけぬ。小娘、俺が走って奴に近づいて行ったとして、それでもあの姑息な針を薙ぎ払うことはできるか?」


 無茶言うなお前、と言わんばかりにミズホは露骨に眉を寄せた。


「アシャさんに動かれると、針の軌道が読めなくなるので厳しいですね――。

 ていうかアシャさん、防御手段が無いわりに随分と余裕ですね――あれが心臓を貫いたら死ぬのに――」


「たわけ。あんな姑息な呪い程度で俺が死ぬわけなかろう」


「えっ――そうなんですか?」


「あくまで【俺】は、な。【器】であるこの身体(ショウマ)は知らん。まあ恐らく、ただの人間であるこの身体(ショウマ)は呪いに耐性なぞないだろうから普通に砂と化して散るであろう――無論、俺もせっかく得た身体(ウツワ)を失うのは惜しいとは思っているが――ゆえに小娘、この身体(ショウマ)を死なせたくなければ、せいぜい頑張って護ってやるがよい」


「……それ、人に護ってもらう態度じゃないですよ」


 深々と溜息をつくミズホの髪が白く揺れる。何十回目かに放たれた必然の因果(クラウィス・カウサ)の針を流れるような身のこなしで断ち切った少女の呼吸は、そろそろ限界とばかりに小刻みに震えていた。


「ふむ――おい、聞こえるか魔術師の女」


 無感情な声色でアシャは唐突にナルへと声をかけた。急に呼ばれ、ナルは眼をぱちくりさせながらアシャを見る。


「あっ、あたし?」


「他に誰が――それとも、レベルが低い方の魔術師と呼んだ方がいいのか?」


 ナルはチッと舌打ちした。背後から聞こえる師匠(ははおや)の声、呻き砂化しつつある少女を励ますような治癒の詠唱、それらを振り払うようにぶんぶんと頭を振り、応える。


「どっちでもお好きに。ていうか、もっちーが大変な時に何を言って――」


「だからこそだ。貴様、何をボサッとしている? 小娘を援護しろ。もっと言えば、貴様があの蠍(サソリ)男を倒せ」


 自身も動かずに突っ立っていることを棚に上げてアシャはまくしたてる。そして、少し間を開けてから、低い声で付け加えた。


「貴様にとって――あれは親の仇であろう」


 言われなくてもわかってる、とばかりにナルは唇を噛んだ。


「そうは言うけど、相手は四天王――それも必然の因果(クラウィス・カウサ)みたいな、反則レベルな高位魔術の使い手に、あたしなんかの魔術が通用するわけ――」


「一矢報いると言うであろう。いいからやれ」


 アシャの口調は殆ど命令になっていた。ナルは苦い顔をしたまま半分ヤケになったように髪を掻き上げた。


「イッシムクイル? 何それ、そんな術式聞いたこと無いし――もう! わかったよ、そんなに言うなら!」


 金髪の魔術師の少女は両手を前へと突き出した。


「【ザギアクス(氷雪よ)・ガム(怒涛の雪崩のように)・ヴェルス(強襲せよ)】――!」


 詠唱し放たれたのは氷属性を帯びた竜巻のような攻撃魔術。極寒の欠片と硝子のように鋭い氷のとが入り混じった竜巻は、一直線にサイカスの頭部を目掛けて伸びていく。


 ギロリと、蠍(サソリ)の男は顔の左右を覆う鋏のような突起物の奥にある眼を動かし、自身へと、その側頭部まであと一歩というところまで迫っていた氷魔術を一瞥した。


「逆禍の盾(スクトゥム)」


 サイカスは短い詠唱を紡ぐ。途端に氷魔術は静止し、バァンという爆発音ととも四散した。そこから逆にバリバリと軋むような音を響かせなら、氷魔術は【逆流】していき、ナルの掌のあたりで青白い稲光とともに弾けた。


「きゃあっ――!」


 ナルの身体が逆流した魔術によって吹き飛ぶ。悲鳴を上げて倒れた金髪の魔術師の少女の腕は、逆流した自身の氷魔術によって凍りついていた。


「腕が――くっ――だから、無理だって言ってんのに――」


 悲痛な呻き声を上げながら泣き言を漏らすナルへ、サイカスは見下すような視線を向ける。


「そういえば魔術師だったな、そこの人間。事前の情報(データ)にはあったが、ただの人間であるがゆえに忘れていたわ。なるほど属性の選択は悪くない――だが、やはりあまりにも非力――勘定に入れるまでもない。それでは古き伝統ある竜式魔術(ルハモマギア)が泣くというもの――」


 サイカスがそこまで言いかけた、その時だった。


 地面を蹴る音。


 アシャさん――!?


 ミズホは声を出さずに口だけをぱくぱくさせて目を剥いた。

 

 アシャは駆け出していた。その金色の瞳が琥珀色の残像を曳くほどの素早さで。


「なに――?!」


 人間の魔術師へと視線を向けていたサイカスの反応は即座で、しかし視線を戻す際の隙により僅か一瞬だけ遅れていた。反射的に放たれた必然の因果(クラウィス・カウサ)の呪いの針もまた、ワンテンポ遅れ、ほんの僅か狙いを逸れて射出されていた。


 ――あなた(アシャさん)、人の話聞いてました!? あなたが動いたら針の軌道が読めなくなるから護るのは厳しくなるって言いましたよね――確かに言いましたよね――!?


 纏まらない思考。ミズホはただ、あああっと声にならない声を漏らす。


 アシャは、少し遅れて放たれた二本の針を寸前のところでひょいひょいと避け、さらに歩調を速める。


 ――小娘は『俺が動くと厳しい』とは言っていたが、出来ぬとも無理とも不可能とも言ってはおらぬ。『厳しい』程度ならいけぬことはなかろう――いや、この程度の状況で勝負に出ずして、何が覇王か――!


「ゆえに小娘、背後は任せる――!」


 そう叫んだアシャの背後で、先程避けた針が空中でくるりと反転した。再び彼の心臓を貫かんと描きつつあるその軌道は不規則かつ物凄い勢いを帯びて。


「もう知るかっ――!」


 ぶっきらぼうに吐き捨て、少女は跳ぶ。自身のその言葉よりも疾く、反転し飛び出しつつあった針の前へ少女は回り込み、立ちはだかった。その仄かに白く輝く髪を振り乱しながら。


 アシャを狙うは2本の針。軌道は不規則。速度は音速。その軌道を予測することは不可能。その速さを肉眼で捉えることは不可能――ならば、感覚を研ぎ澄ますしか無い。


 ミズホは目を閉じて、手にした剣を振るった。


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