ルシウスから始める魔法科学講座第六限目
数式に数式を重ねた精緻かつ無駄のない魔術式……。決められたルールに則って行動をする様は、どんな人間よりも勤勉に映った。
ゴーレムに見惚れるラビンスキーの姿を嬉しそうに眺めながら、ルシウスは小さな木片を取り出す。そしてペンとインクを側に置き、1つ咳払いをした。ラビンスキーは慌てて向きなおる。
「そう、ゴーレムに関心を示すのはとてもいいことだ。彼らは魔術師の最も親愛する友だ。なぜなら感情を持たず、勤勉であるからね。さて……」
ゴーレムが運ぶ書籍の中から1つが浮かび上がる。それに伴い、いくつかの書籍が崩れた。浮かび上がった書籍は二人が挟んだ机の上で開かれる。ラビンスキーの口から思わずあぁっ、という声が漏れたのは、ゴーレムの気持ちを代弁したからだろう。
ゴーレムは散らばった書籍を手に取り、何事もなかったように仕事を再開した。
「ゴーレム自体の歴史は大変古い。かつてエルフが作っていたゴーレムは、魔術回路などなかった。今のエルフが利用できているか否かはちょっと判りかねるが……うん、まぁ、ゴーレムを作るには膨大な魔力が必要だったわけだ」
「膨大な魔力、ですか」
ラビンスキーは再びゴーレムを見る。どことなく機械的でぎこちなく映る動きも、何故か重要なもののように思えた。
「そう、膨大な魔力……膨大な魔力だ。人間も同じように何度もゴーレムを作ろうと模索し続けてきたが、それは叶わなかった。それは、亜人種の中でも極めて人間に近い、エルフ種との分化によって生じたんだけど……これを言ってしまうと、文化人類学の領域になってしまうかな……。まぁ、置いておくとしよう。兎に角、膨大な魔力を供給する為には、極めて高度な魔術回路が必要なわけだよ。さて質問、ゴーレムが魔力を供給させる為に最も有効な手段は?」
ルシウスは人差し指を立てて尋ねる。ラビンスキーにわかるはずもない……と言いたいところではあるが、彼もかつての無勉強な異邦人ではなくなっていた。
書籍の山に埋もれていた、床に書かれた巨大な法陣には、書籍を自由に動かせる魔術回路が書かれている。学習しなければ、それさえ理解できなかったことだろう。
「法陣術ならば、人間の能力如何に関わらず、式に魔力の供給を組み込むことができます」
ルシウスは満面の笑みで返す。弟子が成長していく姿が愛おしいと感じるのかもしれない。
「勿論それも一筋縄ではいかない。法陣術の特色は、魔術の普遍化・一般化だ。だから使用者の才能に左右されないわけだけど、逆に感覚でどうのこうの、というものでもない。だから、あらゆる仕組みを理解することができなかった人間たちには、ゴーレムを再生できなかった。魔法生物学を研究していなければ、僕も到達できなかっただろう」
そう続けながら、ルシウスは木片に何かを書き込んだ。それは、単に「一秒間に20回振動する」という式であった。また、解はなく、これでは永遠に振動してしまう。
書き終えると直ぐに、その結果が現れた。供給源のない木片には僅かな魔力しかなく、やがてエネルギーを使い果たして動かなくなった。
「使い捨てならこれで構わないだろう。しかし、これを永続的にさせようとするならば」
ルシウスは再び筆を走らせる魔術回路と魔術解の間に、新たな式、魔力が切れた時に空気中のほんの僅かな魔力から供給をするというものを加えた。書き終えてしばらくすると、再び振動を再開する。しかし、直ぐに止まってしまう。木片はひたすらそれを繰り返し、まるで痙攣しているようだった。
「魔術とは応用だ。あらゆる計算に計算を重ね、最後に生まれた結果こそが、解となる。まずはこれを作れるかどうかから、ゴーレムの製作ができるかは変わってくるわけだが……どうかな?」
ルシウスはラビンスキーに向けて木片を放る。当たり前のように木片が放置されていることに若干の違和感を感じつつも、その木片に法陣を書き込む。もっとも、解読できることと書き込めることは根本的に異なる。分厚い教科書を見ながら、少しずつ書き加えていく。
「アァッ……オワッタァ……」
思わずそんな声が漏れたのは、ルシウスに細々とした指摘を受け続けて書き直して20回目のことだった。
「お疲れ様。ユウキー、お茶とお菓子出して」
ユウキは黙って給湯室へ向かう。ラビンスキーは目の前の文字まみれになった木片を見る。荒削りであれそれが自作のものであることに、やはり興奮する。
「……動かしてみたい?」
ルシウスの指摘にラビンスキーは黙って頷く。ルシウスは嬉しそうに杖を差し出す。ラビンスキーの顔が少年のそれのように明るくなった。
木片に向けて杖を振るう。今回の魔術解は、魔力の解放を命令することーここでは、魔法石の接触ーである。
魔法石が接触すると、木片はガタガタと揺れ始める。魔力が切れると動きを止め、やがて再開する。確かにその行動は無価値であり、無意味な労力であったが、ラビンスキーの興奮は最高潮に達した。
「いいねぇ、いいねぇ。ゴーレムはこれに関節を加えて、魔術式を組み合わせるんだ。イフ式型の動魔術がいいと思う」
「イフ式型……?」
「ゴーレムの動きを僕のそれのようにしなやかに、さらにファジーにすることは初学者の君には恐らく不可能だろう。しかし、もしこういう式に当てはまればこう言う行動を取る、という具合に魔術回路を組み立てていくイフ式ならば、簡単な動作を二、三覚えさせることくらいはできるだろう」
「ご教授、ありがとうございます」
「まぁゴーレムの製法はね、企業秘密だから、これ以上は自分で作ってね!」
(はい!無理です!)
ラビンスキーの心の叫びなど露知らず、ルシウスは鼻歌を歌いながら首を揺らしている。ラビンスキーには馴染みのない歌であり、讃美歌然ともしていない。ルシウスが歌い始めた途端に、ホムンクルスが苦しそうに悶え始めた。
「むむ、ホムンクルスが元気に暴れているね」
「ははは……」
教授されている手前、ラビンスキーにはただ笑うしかなかった。
「そういえば今日のユウキはなんだか変でしたね」
「あぁ、話さないよね。多分反抗期か何かだよ」
ルシウスが言った途端、乱暴に扉が開かれた。仄暗い廊下で真っ赤な顔を蝋燭に照らされたユウキの姿があった。
「反抗期じゃないし!」
声がおかしい事は容易に分かった。ユウキはそれに気づき、少し恨めしそうな顔をしている。ルシウスはニヤニヤしながらユウキに近づく。恐らく彼が恐れていたのは、この子供を茶化すような偏屈な笑みなのだろう。ルシウスははじめにユウキの額に手を当てる。続いて首筋を確認し、最後に口を強引に開けて中を確認した。
「……ははーん、声変わりだねぇ」
ルシウスは楽しそうに言った。一番意外そうにしたのはユウキで、ラビンスキーも思わず笑みをこぼす。
「ユウキも大人になっちゃうのかー、寂しいなー」
ルシウスの弾んだ声。その中に微かにあった、親特有の悲哀に満ちた表情を、ラビンスキーは見逃さなかった。
 




