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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
三章 聖俗紛争
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魔女の足枷4

 翌日ラビンスキーが職場に来ると、カルロヴィッツ氏からの言伝があったことを教えられた。カルロヴィッツが小僧を通して伝えたのは、終業後に時間を作ったから一度話がしたい、ということだった。今朝は雨が降り、むしろ雪の方が多いムスコールブルクでは、直ぐに飲み水になると大層縁起がいいものと考えられている。ご機嫌なハンスとルカはテンションが上がって、オリヴィエス神の祝福だと騒いでいる。アレクセイは外回りをしなくてよいことがうれしいのか、普段通りを装いつつも多少浮ついているのが隠しきれていなかった。


(権力には、金、か)


 ラビンスキーは先日のイグナートとの会話を思い出していた。権力同士の争いならば単純だが、金も権力もないラビンスキーにとっては金も権力もある教会に歯向かうことは困難なように思えた。


 ラビンスキーは報奨金で潤ったラビンスキーが買収できるものを数えてみた。確かに一財産を築いた商売人の生涯収入の一部を手に入れた。それは身に余る幸福であったし、恐らく小さな店ぐらいなら買収できないこともないだろう。しかし、権力に歯向かう「金」とは、やはり次元の違う富であった。


(イグナートさんから金を集める方法を聞いたが……流石にそんなことは……)


 職場に漂うふわふわした雰囲気とは異なり、ラビンスキーの心は混沌としていた。窓を伝う雨は小粒で細かく降り注いでおり、興奮した二人の中高年が残した手垢が微かに残っている。貴婦人と露店商のいない町は落ち着いた雰囲気がある。


「それじゃあ、外回りに行ってきます」


 ラビンスキーが靄のかかった気持ちを抱えたまま荷物をまとめると、同志たちは明るい声で返した。

「行ってらっしゃい」


 

 幾つかの協力者に挨拶回りをしたラビンスキーは、彼らが望んでラビンスキーの意見に賛同しているわけではないということを思い知らされた。


 初めに向かったのは、大公通り付近にある大商会群であった。どの商会もカルロヴィッツかイグナートの息のかかった人間らしく、ラビンスキーの背後にある「何か」に気を配るように応対をしていた。時折暖炉の近くにあるいい席に案内してくれる商館もあったものの、むしろそういった店の方が「何か」に売り込もうとしている節があり、前のめりになりながらラビンスキーに賛同していた。


 次に回ったのは町のはずれにある職人ギルド群であり、賛同者が多かったのは釘を得意とする金属加工職人や、動物の脂から蝋燭を作る蝋燭職人、それらに次いで木製什器を作る職人だった。どの親方も対応してくれることはなかったが、暇な弟子の中から一人が必ず店内を案内してくれた。参考程度にラビンスキーが尋ねたのは主に取引をする者についてであったが、中下層民や行商人を中心としているらしかった。特に釘職人は、乞食が捨てられた非常に細かい金属の屑を食料品と交換しているため、あわよくばという気持ちがあるとはっきりと告げてくれた。


 都市の中では地位の低いパン職人も、参事会への参加権がないとはいえ賛同を得られる場合が多かった。さらに、非常に稀有な例であるが社会学者の貴族の一部が、賛同してくれる場合があった。


 織物通りは行くまでもないという程酷いありさまだったが、貴族や教会の息がかかっているだけで、実際には賛同したいと考えている者も全くいないわけではないらしい。一部のカルロヴィッツの面子を気に掛ける服飾職人やイグナートの協力者を除いては、はっきりと教会を支援したい、という意見を述べられた。


 ラビンスキーが食事もとらずに歩き回ること数時間、ラビンスキーは時折視線を感じるようになった。周囲を見回しても煉瓦造りの家の隙間には誰がいるわけでもなく、ラビンスキーに気付くものと言えば時々すれ違う乞食が汚い歯を見せて笑いかけるばかりであった。


(どうしよう……)


 ラビンスキーは幾重にも重ねられたメモを大事に手に持ちながら、視線を気にする。もしもそれが教会の密偵であったならば、これ以上迂闊に動くわけにはいかなかった。だからと言って、ここで役場に帰ればカルロヴィッツとの約束を反故することになってしまう。決して多くない人通りの中、曇天が降らせた雨が地面で跳ね返る。やっとこさ拵えた上物の木靴や紳士の為の(ラビンスキーの趣味ではない)服の裾が濡れる。石畳の隙間を縫うように流れる水の流れが泥を含んで、どろどろの血液の様に見えた。


 少し大胆に動きすぎたことを後悔したラビンスキーは、教会の鐘が反響して振動する水の流れの上で立ち尽くしていた。


「迷いなく。理由など不要だろう」


 聞き覚えのない声が後ろから聞こえる。いつの間にかラビンスキーの背中にもたれかかっていた青年とも少年ともとれる白髪紅眼の男が、悪魔であることは安易に理解できた。ラビンスキーは立ち尽くしたまま答える。


「ビフロンスにはいつもお世話になっております」


「ご丁寧にどうも。でも、直属の上司じゃないから、気にしなくていいよ。それよりも、速くいかないと偉い人を怒らせてしまうんじゃない?」


「……はい」


 ラビンスキーが歩き出したと同時に、男はまるですれ違ったばかりだとういうように、自然に体を離していく。ラビンスキーはカルロヴィッツ商館へ、男は公証人館へと向かって歩き始めた。

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