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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
二章 社会福祉問題
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参事会の魔物5

あれ?議事録かな?

 ラビンスキーがルシウスに駆け寄ると、ルシウスは机に突っ伏したまま手だけを上げた。


 商会や職人ギルドを中心とする者たちは、カルロヴィッツの元に集まっていた。クリメントの元には聖職者は勿論であるが、貴族たちも殆どが集まっている。美しいほどの勢力対立の中で、異質なのはラビンスキーとルシウスくらいだった。


「お疲れ様です」


「まぁ、今回についてはね……どっちにつくかわかんないよ。可愛い腰巾着もいるし、何より図書館を使えるかがかかっているからね!」


「ははは……」


 ラビンスキーが乾いた反応を返すと、ルシウスは勤めて陽気に答える。


「まぁ、おいおい分かるとは思うけど、今回は教会に軍配が上がりそうかな」


 腕に顎を乗せ、クリメント側の様子を眺める。楽しそうに歓談しているが、人数は少ないように思えた。


「教会には、それだけの力が……?」


「勿論。教会にも貴族にも、特権階級にはそれなりの力があるよね。争うのは大変だよね」


 しばらく黙っていると、経営者に囲まれていたルカが戻ってきた。


「ラビンスキーさん、経営陣は賛同してくれましたよ……、と。どうも、以前お世話になりましたね」

「どうも。えーっと……」


「ルカです」


 ルシウスは名前を繰り返し、手を差し出す。ルカは歯を見せて笑い、握手をした。


「ルシウス教授は変人と聞いていましたから、もっと気難しい方かと思っていました」


「研究分野のせいだと思いますけどね」


 魔法生物学は、魔法生物を研究する学問としては古いが、魔法生物を作る、という教会にとっての「異端」もまた研究している。それ故に権力者には疎まれる傾向にあり、資金援助を受けにくいのだという。


「まぁ、うちの大学はある程度理解があるんですよ?門戸自体閉ざしているところも少なくないですし……」


 ルシウスが目を輝かせて何かを語ろうと前のめりになると同時に、広い部屋に手を叩く音が響き渡った。手を叩いたのはポストゥムスで、青ざめた表情で議長席に着いていた。


 挨拶もそこそこにラビンスキーは下座に着き直す。隣には新参者であるイグナート氏が座っていた。彼は目配せをしてラビンスキーに挨拶をする。ラビンスキーは感謝の意も込めて頭を下げた。


「さて、採決に入る前に質疑応答をしたいと思います……。ルカ君、ラビンスキー君、こちらへ」


 ラビンスキーたちは最も上座にある議長席を囲むように座る。先程は虫けらでも見るような軽蔑の視線をしていた教会の連中が、明確な「敵意」の視線を向けている。


「さて、質問は……」


 真っ先に手を挙げたのはイグナートだった。ポストゥムスが胃のあたりをさすりながら発言を許可する。イグナートは優雅な仕草とは裏腹に、嫌らしい笑みを浮かべる。


「担当の方、一つ質問をさせていただきたく思います。我々はあくまでこれからの経済の事を考えて、有効な方に着きたいと考えておりますが、非就労民は、どのような職務に就くことになるのでしょうか。……当然、求人は我々から出すことになるのでしょうが、実際上若者と比べ些か訓練がしづらいものと存じますので、ご質問とさせて頂きます」


 ルカが姿勢を正し、よく響く声で答える。


「ご質問ありがとう御座います。確かに、就労時間や職業訓練に関する負担がある以上、年配の非就労民は専門的なお仕事に携わると言うことは難しいのだと思います。しかし、我々都市衛生課と致しましては、就労人口の減少だけでなく、言い方は良くありませんが、最終的には景観への配慮へ対する苦情の処理ができる事を高く評価できます。ですから、最低限の賃金と生活水準さえ保障していただければ、募集の件は皆様にお任せする所存で御座います。えぇ、例えば、今の亜人たちが担うような仕事でも構いませんし、皿洗いなんかの裏方……あとは身の回りの世話をする、領主であれば、農民として……。実に多様な雑務を任せられるかと」


 イグナートはウンウンと頷きながら話を聞く。司教を中心に何やら耳打ちをする狸牧師は、イグナートを睨みつけている。卓上にある燭台の蝋燭が議場の雰囲気に呑まれて萎縮する。カルロヴィッツは始終無表情で、データを眺めていた。


「イグナート様、宜しいでしょうか。……はい、では、他に何か質問は?」


 貴族連中が我こそは、と競って手を挙げる。ポストゥムスは上座から順番に指定していく。


「諸君の立案の趣旨は理解した。いやしかし、私としては役に立たない非就労者を雇用する方が余程非効率に思う。……イグナート君が申していたが、ムスコールブルクも来るべき時の為に為すべきことをすべきだ。この場で言うのも失礼だが、私は主の下で対立しあうような法案まで作るべきではないと思う。教皇庁の支援も望める、余剰資産の残る、寄進を優先する方が都市として価値があるように思う」

 ポストゥムスがラビンスキーに目配せをする。名目上は上司にあたる彼に対して、ラビンスキーも徹底抗戦をすることは賢明ではないと察していた。周囲の視線が集まる中、ゆっくりと立ち上がり、深呼吸をしてから答えた。


「……勿論、我々の中でも様々な意見がありました。しかし、聞くところによりますと……教会には助け合う精神が基礎に置かれていると。いわば、寄進よりも効率よく、人々を幸せへ向かわせる力が働く方を取るべきだという考えです。確かに、異端との戦いや、後光を得ることは重要なことではありますが、まずは我々がより良く生きること、即ち罪を起こして地獄へ落ちるようなことのないようにするべきだと思います。それに、非就労者の中には時の動きに流されて職を失った元経営者や、既に学を修めた者たちもいます。必ずしも役に立たないと切り捨てるのは、如何なものかと」


「元経営者とは、中々面白い響きがありますな。おっしゃる通り、借金に押し潰された優秀な人材ですものねぇ」


 貴族の誰かが言った。議場の半分にどっと笑いが溢れる。無表情だったカルロヴィッツ氏が血相を変え始めた。ポストゥムスは汗をぬぐいながら合わせて笑っている。終始胃をさすっているあたり、少々気の毒に思えた。


「いやぁ、これは傑作、ごもっとも。金貨の為に金貨を失う経営者もあれば、シルクの靴下に金貨を失う狼どももいるというものです!」


 イグナートが合わせて手を叩く。教会の権威に容赦なく泥を塗りたくる彼は、明らさまに不快感に静まる特権階級を知って、わざと大きく手を叩いた。


「私から、質問です。ポストゥムス様宜しいかな?」

評価有難うございます。参考にさせていただきます。

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