参事会の魔物4
見渡す限りの奇人、貴人……。静寂に満たされた会議の中で、ラビンスキーは高鳴る心臓を抑えられないでいた。
「始めに、市の寄進の件ですが……クリメント様としては、月金貨200枚程度ではとても足りぬとの事でございます。皆様の意見をお聞かせください」
ポストゥムスがそう言い切る前に、堂々と手を挙げるイグナート。狸牧師もクリメントも、不快感を露わにした。ポストゥムスは苦々しい面持ちで発言を許可する。先ほどとは違った、嫌な緊張感が漂ってきた。
「我々ムスコールブルクとしては、これ以上の寄進は難しいかと思われます。十分の一税、結婚税、果ては相続税まで……我々は個人として、団体として支払ってきた訳でございます。企業努力にもどうにも限界がございますので、私としましては、どうか寄進は現状維持という形を希望いたしております」
賛成、と静かに手を挙げるカルロヴィッツ。それに続けて商館の者たちは次々に手を挙げた。不快感を露わにする聖職者たち。彼らの権威は金の前に落ちていたのだろうか。
「ルシウスきょう……じゅは如何ですか?」
ルシウスははしたなく机に顎を乗せながら、資料の中を覗く。ユウキがため息をついて背中を叩くと、のっそりと体を起こした。
「そもそも、寄進を強制する趣旨は……?」
司教たちは困ったように笑う。教授との繋がりはかなり強いのか、余裕の表情が伺えた。
「……まぁ、寄進とは信仰の形を表す1類型にすぎません」
ルシウスは司教が正直に答えたのを察したのか、鼻を鳴らして指を折り始めた。
「ムスコールブルク参事会の税収から諸費用を覗いても、次年度引き継ぎ金は残るなら、まぁ、少しくらい増やしてもいいんじゃないの?」
クリメントは心底ホッとした様子で、丁寧に頭を下げた。イグナートが不快感を露わにする。ルシウスはしたり顔で顎を机に乗せて、鼻歌を歌い始めた。ラビンスキーにはかなり幼稚そうに映ったが、普段なら怒るユウキが特に何も言わないのを見ると、仕事は果たした、といったようだ。
「断固反対ですね!蓄えは大事ですから!だいたいなんだねその態度は!ふざけているのなら出て行っていただけないだろうか!」
イグナートは机を叩き、怒鳴りつける。ポストゥムスが焦って場を落ち着かせようとすると、ルシウスは静かに手を上げて切り返した。
「金貨は嘘をつかない」
場が静まり返る。イグナートは暫く硬直していたが、前のめりで反論をしようとする。クリメントが澄まし顔で言葉を遮った。
「主は、こう仰せられた。「金貨は嘘をつかない」、と。これが意味するところは、結局ものというものは在るべき者のところに落ち着くという意味ですね」
「イグナート様はさ、とりあえず落ち着きなさいよ。在るべきもののところに金貨が戻ってくるとも限らないからね」
ラビンスキーは首を傾げたが、イグナートが場の空気に気圧されて座ったのを見て、何らかの脅しであることは察せられた。
「220枚……これ以上は無理だ」
勝ち誇ったように頷くクリメント。ラビンスキーには、そのすました表情が、酷くどす黒いものに映った。
「皆様、異論は?」
ポストゥムスの言葉に反論する者はいなかった。強大な権力の前に、ブルジョワジーはなす術もないのかも知れない。ポストゥムスは反論がないことに安堵し、静かに書類をめくる。それに倣って一同が資料をめくる音が響いた。
「さて、この資料は次年度の特許認可についての資料を、領主であるエリザベータ陛下より頂いておりますので、ご確認ください」
突然黙りこくる一同。蝋燭の火が揺れる音さえ響きそうな空気の中、特段異論が出ないまま時間だけが過ぎた。3分ほどで経過すると、ポストゥムスは切り出した。
「特別異論がないようですね……。では、続いての資料に」
紙のこすれる音と共に、ラビンスキーの胸の高鳴りが絶頂を迎える。机上の綺麗な敷物も、彼に注目しているように思えた。
ラビンスキーは小さく深呼吸をする。ルカが背中を押す。
「職業安定所の設立に関する案件です。担当者の方、宜しくお願いいたします」
二人は立ち上がる。険しい視線が集まる。ルシウスでさえ奇異の目を向ける。
「本日は貴重なお時間を頂きまして、誠に有難うございます。早速本題に入りたいと思います。こちらの資料をご覧ください。これはムスコールブルクにおける徴税対象である労働人口の累計と全人口の比率となります。……ご覧頂いた通り、人口は緩やかな減少傾向、労働人口の比率も同様に減少傾向にあります」
気味の悪い沈黙が支配する。それでも、膨大なシゲルの遺産を駆使した資料は、どの国の物よりも正確なはずだ。四隅の赤い支柱が心臓を圧迫する。黒塗りの床が光を吸収していた。
「このまま人口減少が続けば、今後の都市の運営にも悪影響が出ることは疑いないことです。そこで、我々が提案したいのは、非労働者に労働の機会を与える為に、職業安定所を設置することです。具体的な資産は次のページへ」
資料をめくると、イグナートが鼻で笑う。
「……ご覧の通り、会場を貸借とすることで、今回の予算の枠内で抑えることかが可能です。つきましては……」
「ちょっと待て。これでは足りませんな」
カルロヴィッツの言葉に、ラビンスキーは硬直する。試算のミスがあったのか、そう考えて見直したが、特に問題はないように思えた。
「こりゃあ、さっきの寄進の件、考え直す必要がありますなぁ……」
勝ち誇ったようなイグナートの言葉に、狸牧師は顔を歪める。クリメントはすまし顔のまま、静かに手を上げた。
「はて……?主はこんな事を申されました。「須く言葉は過ちの無きように」と。件のご提案を呑みますと、先ほどの決定を変えざるをえないというのであれば、先ほどの決定がこの教義に反することになります。この中の誰一人として、主の御言葉に抗うことは望まないでしょう……?」
クリメントは資料を投げ捨てるように机に放る。ラビンスキーの口の中に、なにか苦いものが広がっていくのがわかった。
「主の御言葉は聞けましたか?」
ルシウスが楽しそうに切り返した。呆気にとられたクリメントは口を開けたまま硬直する。狸牧師が眉を顰める
「啓典の教に嘘があるとでも?」
「それは君達が一番よくわかっているはずでしょう?」
「間違いはない。何故ならこれは主の御言葉だからだ」
「主の御言葉、ね。誰が書いたかもわからないのにね。僕は、どっちでも良いんですけどね?」
ポストゥムスが強引に椅子を引いて立ち上がった。一同の視線が一気にポストゥムスに集まる。息を荒くしながら、ポストゥムスが重い口を開いた。
「休憩、休憩しましょう……」
会場にいる男達が一斉に立ち上がった。




