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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
一章 都市衛生問題
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寒村の夕刻

 街の喧騒になれた凝り固まった体は、異様なまでの静けさに慣れることができなかったようだ。ラビンスキーは夕刻までの時間を静かな宿の一室で、報告書をまとめて過ごした。


 やがて窓の向こうの空が茜色に変わり、雲の流れが光を映して輝き始める。その中で、村のあちこちにある蟻塚の穴を数えることしかできない男たちが手持ち無沙汰に農具の手入れをしていた。


ラビンスキーは伸びをして窓の外を眺めた。死の香りさえ感じられた村にも、よく見れば冬の光景も混ざり合っている。寒さに白くなる吐息や、身体中に布を纏った人々の往来を、結露した窓が歪んで見せている。


 ぼぅっと外の様子を眺めていると、人々の中に厚着のユウキの姿があることに気がつく。ユウキは男達の中心で何かを話しているらしく、男達もかなり真剣に聞いているらしかった。ラビンスキーは興味本位でユウキのいる村の広場に向かった。



 扉を開けると肌を通り抜ける寒気に体を震わせる。吐く息は一層白くなり、ラビンスキーの耳にはユウキの声が微かに届いた。


 広場に向かって泥の道をまっすぐ進むと、群がる男達の表情が一層はっきりと見えるようになった。男達はユウキの言葉に頷いたり、時折震えたりしているらしかった。


「おいらは狩りなんぞしたこたぁねぇべ?」


 間抜け面だが愛嬌のある農夫の男が言った。腕を組み、難しい数式でも解いているように首を傾げている。


「だがこの子の言う通りだ。もう食物は自分で取るしかねぇ」


 狩人らしき屈強な男が言った。眉間の皺が勇ましさを際立てている。


「おっかねぇ〜。おいらはクレイマンさんとは違うんですよぉ」


 気の弱そうな瘦せぎすの男が言う。貧乏ゆすりをしているが、身につけているものは誰よりも豪華だった。


 ラビンスキーも近づいて後方から顔をのぞかせる。ユウキは一人一人の言葉に真剣に耳を傾けているらしかった。


「なぁ、結局俺たちでも狩りができるのか?」


ユウキは頷いた。寒さのせいか頬が赤みがかっている。


「うん……前線に出ろってわけじゃ無いんだ。罠を作るならなんとかできそうだし」


「罠は作るやつの技能が問われるぞ、大丈夫なのか?」


「狩人さんと僕で何とかするよ。正直、自信は無いけど……」


ユウキの声が小さくなる。狩人らしき男がユウキの背中を押す。


「ここまで来たらもう後がねぇよ。余所者のわりには骨のあるガキなんだからよぉ、もっと背筋伸ばせや!」


 そうだ、そうだ、男達はどっと笑い出す。白い息が暖かい湯気になって立ち上った。ユウキははにかみがちに笑う。後ろにいたラビンスキーと目があったユウキは、少しだけ首を傾げてみせる。ラビンスキーは返すように唇を持ち上げた。


「うん、食べられる野草なんかもある程度は見つけられるから……。飢えをしのぎ切れるかはわからないけれど、頑張ろう」


 人々はぎゃあぎゃあと騒いで覇気を熱気を放出する。ラビンスキーはあくまでその様を眺めることに徹した。ユウキがちらりとラビンスキーを見る。恥ずかしいのか、普段より顔が赤く、どことなく子供っぽく見えた。


「来年の肥料のこと、新たな種子のこと、そういったことはあっちのラビンスキーさんが村長と相談するみたい」


ユウキがそう言うと、騒々しさが突然静まり、ラビンスキーに視線が集中した。村の人々はラビンスキーに期待の目を向ける。ラビンスキーは狼狽えつつも、頭を掻いて笑顔を見せる。


「私は所詮下っ端の役人です。できることは限られていますが、皆様のお役に立てるように頑張ります」


冷たい風が吹き抜け、一同の体を強張らせる。狩人達は些か不機嫌そうにし、農民達は悲しげに眉をおろしている。何とも言えない醒めた空気に、ラビンスキーは震え上がった。もしや私が彼らのやる気を削いでしまったのではないか、もしやこの空気の如く興を醒ましてしまったのではないか。ラビンスキーは謝罪の体制に入った。


「ん、やっぱり麦作りてぇなぁ。おいらはそれしか能ねぇや」


「腰はいてぇがなぁ」


村中に笑いが響き渡る。ラビンスキーは一先ず胸をなでおろす。


「どっちみち来年までの食い扶持からだな」


「ん、頑張っぺ!」


割れるような歓声に紛れて、教会の鐘が鳴り響く。男達は気づかず騒ぎ続けている。


「無理、してるね」


ラビンスキーが振り返るといつの間にか背後にいたユウキが深刻そうな面持ちで言った。騒ぎ続ける男達を尻目に、二人は向き合い、囁くように語り合った。


「そりゃあ、こんな不景気、娯楽がなければやってけないんでしょ」


「娯楽、ね」


ユウキは目を閉じて唇を持ち上げた。月がはっきりと空に瞬き始め、村人は騒ぎながら各々の廃墟へと帰っていく。ラビンスキーはその様を見届け、自分の白い息が空に舞い霧散する様を目で追いかける。


「私たちもそろそろ戻ろうか」


ユウキは静かに頷いてみせた。


「うん」


二人はすっかり紺色に染まった空に湯気を立てながら、からだを縮めて宿への道を急いだ。

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