反撃編2
ザワザワ、ザワザワ
一匹で国を滅ぼせる神獣、ペガサス。
そしてそれを飼い慣らす天界の支配者、天使。
そんな化け物達の数えきれないほど集まった、無敵の軍。
そしてそれに対峙する、一人の人間の少年。
どう考えてもおかしなこの状況。
「あらまあ、可愛らしい坊やが取り残されてるわ」
「お前見てなかったのか?あいつ空から落ちてきたぞ」
「まあまあ、目立ちたい年頃なのよ」
命をかけてかっこつけている少年を、微笑ましく見守る天使達。
「………ん?」
突如、黄昏時の赤い空に、禍々しい魔方陣が浮かび上がる。
「あらまあなんでしょう~」
まだ和やかな天使達。
バチバチッ、バチバチッ
紫電と共に、何か巨大なものが魔方陣から這い出てくる。
「あらあらまあまあ~」
事ここに至っても和やかな天使達。
黒い何かは、徐々にその全貌を現す。
禍々しく、美しいその体躯。
遂に、漆黒の竜が、紫電と共に天空から降臨する。
ドガアアアアン!!!
大地に放射状にひびが入り、
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!」
世界が震える。
「………………」
「………………え」
「………………」
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祈りは通じた。
神は、応えた。
マリアは、体の芯から震えた。
自然とこぼれ落ちる涙は、人類の歓喜の体現のようでもあった。
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形勢が入れ替わったことを告げるように太陽が沈み、暗闇が支配する。
その中で、天使達の白く輝く翼と、頭の輪。
それに、終焉の神の不気味に赤く光る瞳。
とある少年の、蒼く輝く瞳と渦巻く白銀が、夜闇に浮かび上がる。
「なんですか?あれは」
翼が6枚の、高位であろう天使の疑問に答える者はいない。
謎の黒き巨大なもの。
それがなんであるのかは分からない。
「《種族名鑑定》………なぜ使えない?」
「なんなんですの?あれは?」
「強敵かも!なんかワクワクしてきた!」
だが、それがモンスターであることは明らか。
そして、それを召喚したのがその足下の少年であることも。
「どうせ見た目だけだ!我が行く!」
一人の勇敢な天使が黄金を纏い、突撃していく。
彼は、天使の中でも血の気が多いことで有名であった。そしてその強さも。
序列4位、ガイエル。
その馬鹿馬鹿しいまでの強さを知らないものは、彼らの中にはいない。
「ハアァッ!」
一般の人間は言うまでもなく、同じ天使でさえも目視不可能であろう速度で迫り、全力の光気をこめた拳を叩き込む。
バアアアアアアンッ!!
黄金の爆発が起こる。
辺りがまばゆく照らされる。
なんだったのかは分からないが、もうこれであの黒いのはいなくなっているだろう。
「………は?」
という甘い幻想。
終焉の神は、全くの無傷でそこにいた。
ガイエルは、魔法が使えない代わりに、馬鹿馬鹿しいまでの光気を保有している。その量はユリエルにすら匹敵すると言われているが、そのガイエルの必殺の一撃が全く通じない。
「仕方が無い。この黒いのは放って他を殲滅するでありんす」
先程は怯えていたが、時間がたって落ち着いてきたユリエルの指示で、天使やペガサスがバハムートゼロを避けて奥へ行こうとする。
「え、させないけど?」
が、なにかに阻まれた。
ぶつかったところからは、黄金の波紋が広がる。
禁呪《聖域の黄金》。
天使達と人類を隔てる絶対の壁だ。
天使達は愕然とする。
今まで自分達の攻撃が通じないことはなかった。
自分達の思い通りにならない戦はなかった。
いや、そもそも戦と呼べる程の戦いはなかった。自分達が殺戮を楽しむ、それだけだった。
……それが、なんだ、これは。
「GAAAAAAAAaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!」
謎の黒い巨体から吐き出される圧倒的な灰色の奔流が仲間を原始レベルに分解するのを眺めながら、天使達は生まれて初めて他種族に畏怖すると同時に、何一つ思い通りにならない状況に困惑する。
黒い巨体には、傷一つつかない。
どんな魔法をぶつけても、どれ程の光気をぶつけられようと、あの黒い鱗には効かない。
それを分かってしまったら、次に狙うのは、
「あの人間を狙え!」
「ん、俺?」
当然、集になる。
むしろどうして今まで放っておかれたのか疑問だが、集は解放状況に戻していたイデアを覚醒させ、己に眠る神なる白蛇を呼び覚ます。
集の背中から白く神々しい半透明の蛇が複数現れる。
《戯れの堕天使》もあるので、背中が大変忙しいことになっている。
この謎の黒いのは見た目からしてヤバそうなので、攻撃が効かなくても一応納得は出来る。
だが、目の前の小さな存在は、ただの人間。
見たこともない黒い翼を生やしているが、紛れもなくただの人間。
あの黒いのを召喚したのには、なにかトリックがあるのだろう。
「ひひっ!あの可愛い顔が絶望に染まる瞬間をみてみたいわぁ!」
終焉の神へ向かっていく時とは明らかに違う緊張感で、我先にと集へ殺到する天使達。
「驚くほど遅いね」
その後方に立つ集は、取りこぼした最後の天使の肉片を白き神蛇に喰わせる。
「………―――っ!!」
一瞬にして消えた天使達と、いつのまにか場所が変わっている少年。
少年がなにかをしたことは分かる。
だが何をしたのかが分からない。
「なんか、キリがない気がするんだけどこれ」
今まで遠くに集を見ていたガイエルの真横で集が溜め息まじりに呟く。
いつの間にか出来上がっているおびただしい数の首なし死体。
少年の左目からのびる青い軌跡が、この惨状を引き起こしたのが誰であるのか、嫌でも理解させる。
「ば、化けも――」
既に少年の姿はそこにはなく、ガイエルを含め無数の首なし死体があるだけだ。
「よし、いっちょいくぞ」
集はバハムートゼロの肩の上で、片膝を立てて座りながら言った。
2回目ということもあり、範囲指定はスムーズに行われた。
「《神羅氷結零世界》」
集が欠伸をしながら唱えた禁呪が、天使達が占めている、大陸の約9割を氷の大地に変える。
眷獣は全て光になって消えていく。
だが、ペガサスや天使に効いている様子はない。
「え、めんどくさ」
集は顔をしかめた。瞳は緋色に輝いている。
刹那の後、集は本能的に危機感を感じ、禁呪を唱える。
「《不滅の氷剣》」
そこに、集ですら目で追うことが難しい速度で黄金が迫ってきた。
黄金と白銀がぶつかり合う。
世界から一瞬音が消え、数秒遅れて凄まじい音と衝撃波が凍った大地を砕く。
黄金の正体は、序列1位、ユリエル。
その白魚のような手には、禁呪《終わりの炎剣》。
上空で激突する炎と氷の禁呪の剣。
大地はユリエル側と集側で二分された。
ユリエル側は赤く溶け、集側は再び白く凍りつく。
ユリエル側の後ろにいる天使達は、衝撃波の後に襲ってきた凄まじい熱を光気で防ぎきることが出来ず、灰と化す。
集の後ろの奥の方にある町は、その半分までが凍りついている。
「《統べる王の叡智》」
幸いそこに人はいないようなので、一安心だ。
だがやはり、魔法同士の戦いだと、被害が大きすぎるようだ。
《聖域の黄金》は術者本人やその魔法、その余波など諸々は普通に通すので、集自信の魔法で多大な被害を与えかねない。
もう既に多大な被害を与えている気もするが、死者はいないのでよしとしよう。
「魔法破壊――オン」
「………は?」
《終わりの炎剣》が跡形もなく消えた。
禁呪が無効化されるなど、笑えない冗談だ。
ユリエルをして、一瞬理解が追い付かなかった。
そこに、8つの頭の白い神蛇が襲い来る。
「――くっ!」
ユリエルは光気で集の体を吹き飛ばす。
魔法の無効化は使用した本人にも及ぶようで、少年には氷の剣と黒い翼がない。おまけにあの黒い巨体もいない。
謎の白銀のオーラが渦巻いていても、案外まともに光気を食らえば効くようで、ユリエルは集から距離がおけた。
「ユリエル様っ!」
「お守りいたしますっ!」
ユリエルの危機を感じた天使達が、必死の形相で集に群がる。
「魔法破壊オフ……《統べる王の叡智》……よし、魔法破壊オン……めんどくせぇ」
《聖域の黄金》まで消えることを失念していた集である。
幸い天使達は集を無視して先へ行かないようなので、一安心。
四方八方から高度な階梯の魔法や、光気による中距離攻撃が飛んでくるのを、魔法は一定以上近づけば無効化されるので、光気だけ避ける。
「このままいけるぞ!」
「もう少しですわ!」
「忌々しい堕天使めっ!」
―――ギィィィィィィィィィィィン!!!
響き渡る世界との不協和音。
群がる天使達が、突如吹き飛ぶ。
白い光の柱が天高く上った。
その白い光には、時々緋色や黒や黄金が混ざっている。
――ブゥゥゥゥン!!
集は、引き抜いた《エクスカリバー》を一振りした。
するとその延長線上に、どこまでも続く漆黒の断層が現れる。
それは何光年も離れた星にまで届き、その星を静かに破壊した。
やりすぎたようだ。
もう少し角度が下だったら、この星が綺麗に欠けていた。
危ない危ない。
今度は短く。
短く短く短く短く。
慎重に光の渦巻く剣を振るうと、今度は数キロメートルに留まった。
森羅万象が、黒い断層に引きずり込まれ、消えていく。ペガサスの表情は変わらないが、天使達は絶望を顔に張り付けたまま、断層に近いところから分解され、その闇に引きずりこまれる。
「……そんな………いやだ………うわぁぁぁ!!」
「なんで……何が………あぁぁぁっ!!」
「お助け……ユリエル様ぁぁぁ!!」
「加減ほんと難しいなこれ。……おっと、またか」
《エクスカリバー》を振るう集は、己の命ががりがりと削られているのを感じていた。
ここで言う命とは、寿命のことだ。
この強大な力を行使するには、やはり大きな代償が必要だった。
だが、それとは別に、集は己の命がいくら削られようと、全く減らない感覚もしていた。
集が命からがら倒した蛇――八岐大蛇が集に与えた力。
その本質は、背中から生える半透明の蛇ではない。
寿命だ。
八岐大蛇を倒したあの瞬間、集は寿命という概念を捨てていた。
集は、永遠を生きる存在へと成り果てた。
つまり、集は《エクスカリバー》をなんの代償もなく使えるということだ。
ユリエルは、少年による蹂躙を眺めていた。
一人の少年が天使達の全勢力を圧倒している、馬鹿げた光景。
この感情はなんなのだろうか?
先程と同じように心臓の辺りが苦しいが、何かが違う。
「はあ」
ユリエルは熱い吐息をもらして、目の前の光景を眺める。
いかなる人間の攻撃も力でねじ伏せてきた天使達が、一人の少年に力でねじ伏せられているその光景は、ユリエルにとって、背徳的に美しかった。
ふと、肩に手が置かれた。
この天使もこの美しい光景を眺めている仲間なのかと思い振り返ると、そこには左目の蒼く光っている、黒髪の少年がいた。
声なんか出ない。
身動きなんか、出来ない。
「天使達を引き連れて、帰ってくれない?」
天使達にとって、願ってもない提案だった。
ユリエルは、もう少し見ていたいという、ぞくぞくするような背徳的な感情を抑え、その提案をのむ。
そろそろイデアの残りがない集は、内心冷や汗をかきながら、余裕の微笑みを返した。
やはりユリエルを生かしておいたのは正解だったようだ。
後に『終焉の黙示録』と呼ばれるこの戦いによって、一人の英雄が誕生した。
終焉の神さえも操り、その圧倒的な力で天使達を撃退したその英雄は、その偉大さ故に、正式な呼称は存在しない。




