赤い世界編5
愛はグラウンドで学戦祭のための特訓をしていた。
折角集と同じ高校へ入れたのだ。
万が一にも最下位になって転校する訳にはいかない。
「天我流一の型【瞬閃】」
青白い閃光が一閃。
もともと天我流の道場に通っていたのも、集の後を追っただけだ。
しかし、集は愛が入門してしばらくして辞めてしまった。
愛も辞めようとしたが、必死の努力でぐんぐん実力を伸ばした愛は、周囲からの期待を裏切れず、辞めることは出来なかった。
集とは中学生の時に隣のクラスで、体育の合同授業の時に初めて見かけた。
中性的で整った顔立ちに、長めの黒髪のどこかぽーっとした少年。
後ろ髪は癖なのか所々はねていて、それがまた似合っていた。
正直愛のドストライクだった。
向こうは愛のことを知らない。
愛が一方的に知っているだけだ。
「ふう、ここまでにしようかな」
貸し出されていた模擬剣を戻し、振り向いたところでだれかとぶつかった。
「いた!いたたたた」
ぶつかった相手はわざとらしく痛がる。
目付きの悪い大柄の男で最近妙に絡んでくる人だった。
取り巻きを三人連れている。
「ちょっとー。がいさんになにするんですかー」
取り巻きの一人が愛の腕を掴む。
「すいませんでした」
頭を下げてその場を去ろうとする。
それを許さず、取り巻き達が愛を取り囲む。
「なんですか」
取り巻き達はにやにや笑う。
「こっちに来い」
大柄の男が強引に愛をどこか分からない人気のない場所へ連れ込む。
逆らったら後々面倒くさいことを知っている愛は、逆らわずについていく。
「反省してるんなら誠意で示せよ」
「というと?」
「有り金全て寄越せ」
「は?」
「あと制服も脱げ」
取り巻き達がスマホを取りだし、愛に向ける。
「お断りです」
愛は侮蔑の表情できっぱり断る。
「ちみさ~、この状況分かってる?」
取り巻きの一人がにやにやしながら脅す。
「ちみ、一年でしょ?」
「そうですけど」
「俺達二年。分かる?」
「関係ありません。断ります!」
「お前にその権利があると思ってんの?」
「ないとでも思ってるんですか?」
「ここには誰も来ないぜ」
「そうですか」
少しも脅しに屈しない愛に、大柄の男が言う。
「少し痛い目見なきゃ分からないみたいだな」
「そうですね、がいさん」
「はい。がいさん」
「ういっす」
四人の顔つきが変わる。
「俺だけでいい」
「はいっす」
大柄の男が歩み寄る。
「魔力解放」
……相当な量の魔力だ。
強い。
愛よりも強い。
まあ天我流を使えば話は別だが……
純粋な魔力操作戦では勝てない。
愛はそう感じた。
「ははは、どうだ。俺は二年の中でも上位なんだよ」
「たかが上位で頭にのるんじゃないわよ、屑」
「ん?」
なんと頭上に人が浮いていた。
美しい金髪をなびかせて凛々しく佇むその姿は、まさしく女神のようなのだが、
「パンツ見えてます」
指摘した愛を鋭く睨む四人。
「ふえ?……!」
あわててスカートを押さえる少女。
「「「「ちっ」」」」
「こんのげすども!」
一瞬で鬼のような形相で目前に現れ、爆発的な魔力の奔流で四人を吹き飛ばす。
「だ、大丈夫?一年生」
まだ頬がひきつっている。
吹き飛ばされた四人は振り向きもせず逃げだした。
「はい。助けて頂いて、ありがとうございます」
愛の声は沈んでいる。
「やっぱり怖かった?」
「いえ、あんな噛ませ犬みたいな人でも結構強いんだなと……」
「あははは!噛ませ犬!あははは!確かにそうだわ!」
「うぅ」
「あんなやつ、学戦祭で見返してやりなさい!」
「出来ますかね」
「出来るわよ!頑張りなさい!」
「当たりますかね」
「あーーそれは、どうかな」
「………」
「も、もし当たったら確実に勝てるように、私が取って置きの技を教えてあげるわ!」
「本当ですか!」
「本当よ!」
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「ここは?」
集は真っ白な世界にいた。
奪われた筈の左目がついている。
「ここは余とうぬを繋ぐ精神世界」
振り向くと王がいた。
なぜか眼は先程と違い緋色に光っている。
先程と同じく白銀の炎は渦巻いている。
「ここで何をするの?」
「うぬを殺す」
「――っ!」
「ははは!喜べ、うぬの身体は余の器に選ばれたのだ」
何をされるか分かった集は、戦慄する。
「俺の自我を消して、体を乗っ取るってこと?」
「そうだ」
焦った集は、とにかく会話で時間を稼ぐことしか思い浮かばない。
「ここで俺が君を殺したら、どうなるの?」
「ははは!そんなことは絶対にあり得ない」
「……君達は、何?」
「古き人間共には、アポカリプスと呼ばれておった。そして余はアポカリプスの王。即ち、この世界を統べる王」
「……アポカリプス………。
それじゃあどうして俺を―――」
「ソレハ我ノ器ダ」
突然の乱入者。
そこにいたのは、8つの頭に8つの尾をもつ真っ白な蛇。
夢に出てくる蛇だ。
「むっ、なんだ」
「貴様コソナンダ」
互いに緊張を極限まで高める。
「余はアポカリプスの王、ユーハノイス」
「我ハ至高ノ存在、八岐大蛇」
互いに名乗る。
王の名はユーハノイスと言うらしい。
互いに目を離さない。
「聖剣 《スカルイクス》」
ユーハノイスは真っ白な地面にあて、純白の剣を引き抜く。
装飾は施されておらず少し地味だが、威圧感は凄い。
剣先を八岐大蛇へ向ける。
完全に臨戦態勢だ。
「ヤル気カ」
なんの予備動作もなくユーハノイスと八岐大蛇の姿が消える。
あらゆる場所で爆発音がし、衝撃波が飛ぶ。
だが、徐々に姿が見えるようになってくる。
どうやらユーハノイスが押されているようだ。
無数の衝突の後、ユーハノイスの剣を八岐大蛇の尾が吹き飛ばす。
「ぐっ」
ユーハノイスが消え、遥か遠くに現れる。
「イデア――覚醒―――」
王の眼の光が緋色から蒼穹のような蒼へ。
白銀の炎がより激しく渦巻く。
あれがイデアだろう。
そして姿がまた消える。
至るところで爆発音。
雨の日の水溜まりのように衝撃波が乱れ広がる。
先程より激しい。
ところで先程飛ばされた剣はしばらく飛び続け、放物線を描いて集の目の前に落ちた。
「剣を、返せ」
ユーハノイスが剣を取り戻しに来るが、そこに漆黒の刀が振り下ろされる。
ユーハノイスは振り向きざまにそれを六本指の両手で挟む。
「余の速みにあわせることしかできぬようだな」
「……」
「ならばわざわざ速みを上げる必要はあるまい」
「……ハハ」
「ぐっ」
「ダガ剣ガ無ケレバ我ヲ傷ツケルコトハ出来ヌ」
八岐大蛇の尾が纏まり、漆黒の刀のようになっている。
ユーハノイスの両手に莫大な白銀の炎が渦巻き、刀からは黒い瘴気が吹き荒れる。
「ぐあぁぁぁ!!」
「ゥゥゥ」
「俺の存在忘れてない?」
集は魔力を解放して純白の剣を拾う。
じゅわっと手が焼ける。
それだけでなく、身体のあちこちから筋肉が沸騰するようにぼこぼこと泡立ち、皮膚がただれ落ち、骨が風化する。
10秒ももつまい。
しかし集はかまわず、膠着状態の二体に接近する。
気をそらせばその瞬間に死ぬ。
互いにこれほどの強敵は初めてだった。
全神経を相手に集中している。
互いの存在が大きすぎた。
――その場にいる第三者に気付かない程に
「ふっ」
笑みを溢す集。
今この瞬間を逃したらもう二度とチャンスはないと直感が告げている。
――集は、傍観者ではない。
純白の剣に残り少ない魔力で『纏い』を行う。
最早動かない身体を魔力で包み、無理矢理動かす。
「天我流一の型【瞬閃】」
一瞬にしてユーハノイスの首を断つ。
ユーハノイスは最期まで集に気付くことなく死んだ。
拮抗が無くなり、漆黒の刀がユーハノイスの体を縦に引き裂き真っ白な地面に埋まる。
黒い瘴気が吹き荒れる。
ユーハノイスの体は光になって消えていく。
そのまま八岐大蛇も斬ろうとするが、そこで集の魔力が尽きた。
体を動かしていた魔力が無くなり、体がぐらりと傾く。
剣は八岐大蛇の白い鱗に届かない。
集は己の死を悟る。
「ホウ、人間、良クヤル」
八岐大蛇にとどめをさされなくてもじきに死ぬだろう。
四肢は全てあらぬ方向へ向き、皮膚はなく、全身の筋肉が剥き出しになっていて、頬と太ももと腰は骨だけになっている。
その骨も殆ど風化してなんとか繋がっている状態だ。
『所有者の精神的消滅を確認――状況確認――状況確認――確認完了――特別措置――所有者の移行――接続――接続――失敗――再接続――接続完了――』
集の頭の中に電子的な音声が響く。
希望の声だ。
深い深い闇に浮かぶ、一筋の光。
『――所有者――アポカリプス――修正――人間――個体名――無神 集――身体状態――正常――精神状態――瀕死――』
「セメテ楽ニ死ナセテヤロウ」
鼓膜が破れているので、八岐大蛇の声は集に届かない。
『――修復可能――自己判断――修復開始――』
身体が逆再生のように治っていく。
「ム、貴様、本当ニ人間カ?」
八岐大蛇の声が聞こえる。
鼓膜が治ったようだ。
八岐大蛇はさっさと止めをささず、集の逆再生を眺めている。
所詮人間だ。いつでも殺せる。
そう思っているのだろう。
『――修復完了』
逆再生が終わり、集の身体が完全にもとに戻る。
魔力は戻っていないが、先程より力がみなぎるのを感じた。
「ソンナ事ハ人間ニハ出来ヌ」
説明する気はない。
集は純白の剣に目を落とす。
おそらくこの声も今の逆再生もこの剣だろう。
集は八岐大蛇の後ろを見る。
そして愕然とした表情。
ようやく動かせるようになった唇を、弱々しく震わせる。
「……ユーハノイス」
「ナニ?!」
勿論虚言だ。
8つの頭が全て後ろを向く。
意外と馬鹿なのかもしれない。
今のうちに先程のユーハノイスの言葉を真似る。
「イデア――覚醒―――」
八岐大蛇の動きが止まる。
集の両目が蒼く輝き、白銀の炎が渦巻く。
魔力は尽きているので、イデアで『纏い』をしようとするが、失敗。
「このままで斬れる?」
純白の剣に語りかける。
聖剣は何も答えない。
「よし」
立ち上がり、鋭い斬撃をいれる。
しかし、渾身の斬撃は八岐大蛇の白い鱗に弾かれる。
「ダメか」
八岐大蛇の体がぶるりと震え、16この眼全てが集を捕らえる。
「マジですか」
「貴様、コノ速度ノ世界ニイルノカ」
八岐大蛇が初めて人間に警戒心を抱く。
これがどれほど異常なことなのか、集は知らない。
集は八岐大蛇から大きく距離をとる。
追ってこない。
イデアで『飛斬』を放とうとするが、失敗。
イデアはどうやっても一定以上体から離れない。
集はとにかく離れる。
八岐大蛇は追ってこない。
「君は何?何が出来るの?」
剣に尋ねる。
『分類――聖剣――名称――スカルイクス』
「聖剣 《スカルイクス》か」
『解説機能、終了』
「ちょっと待てい!」
『……』
「どんなことが出来るの?!答えろ!」
『………』
「……いけず♡」
再度『纏い』を試みる。
柄の辺りまでイデアが渦巻くが、それ以上はいかない。
案外イデアは使いづらい。
「フム、奴ノ力ヲ受ケ継イダカ」
八岐大蛇が体を浮かせる。
「ふむ」
集も同じように体を浮かせるようにイメージする。
ふわりと体が浮いた。
「うわっと」
と言ってもまだ不安定。
よろよろと空中をさまよう。
馴れない空中戦は不利なので、白い地面に降りる。
「ダガ奴ノ力ヲ受ケ継イダトコロデ――」
八岐大蛇が凄まじい速度で迫る。
「――我ニハ敵ワヌ」
3つの頭が迫る。
一番近い右の頭を聖剣 《スカルイクス》で迎撃しようとするが、左の隅に漆黒のなにかが映り、飛び退く。
刹那、左から漆黒の刀が目の前をかすめた。
気がついたら左腕の肘から先の感覚がない。
確認している暇はないので、遠く後ろに飛び退く。
左腕をちらりと確認すると、肘から先が無かった。
見ると八岐大蛇の傍に落ちている。
『修復可能――修復許可――承認――修復開始』
切断面から光の繊維が大量に伸びて絡まり、徐々に腕の形になっていく。
光がおさまると、そこに愛しい腕があった。
「ソノ再生能力ハ強イガ、マダ弱イ」
八岐大蛇の言葉など集は聞いていない。
「どうすれば勝てる」
小さく呟く。
八岐大蛇を睨み、駆け出す。
八岐大蛇も右の2つの頭で迎え撃つ。
ひとつめを飛んでかわし、2つ目はイデアで急速に降りてかわす。
そして奥の首の一つの懐に入り、
「天我流一の型【瞬閃】!」
白銀の閃光がはしる。
しかし、白い鱗に呆気なく弾かれる。
「一ツ位斬ラレタトコロデスグニ治ルガ、傷モツケラレヌカ」
八岐大蛇は急に警戒を解いた。
集にとっては好都合だ。
また大きく距離をとる。
八岐大蛇の白い体はこの白い空間と同化して見えづらい。
そう言えば、この空間は集とユーハノイスを繋ぐ精神世界と言っていたが、ユーハノイスが死んだ今はどうなのだろうという疑問が浮かぶ。
もし……
もしこの空間が、集の支配する空間なのだとしたら
「あれが出来るかもしれない」
ユーハノイスが死んだ今、この空間が集のものなのかどうかどうやって判断するのか?
そもそもこの空間は精神世界という割に、物理法則もそのままのようだし、精神的なものが直接事象に干渉することはない。
普段の物理空間との違いは、背景が白一色ということ位だろうか。
地面も白一色なので非常に見にくいが、一応遠くに地平線が見えるので、この空間も地球や他の星々と同じく球体なのか、有限の板状なのだろう。
もしこの空間を支配出来るとすれば、いわゆるこの空間の神にでもなったということだろうか?
試しに八岐大蛇がみじん切りになるイメージを強くするが、なにも起こらない。
しかし、この空間内全てに意識を向けると、天から見下ろすようにこの空間内のことが手に取るように把握できた。
間違いない
この空間は、集のものだ。
「ははは!俺は神だ!」
「狂ッタカ?」
集の空間といっても、空間自体に直接干渉することは出来ないらしいが、この空間のあらゆる事象を認識する位は出来る。
――出来る!
目を閉じる。
そして第六感ともいえる全てを見通す感覚に全意識を集中させる。
「潔イナ」
何故か待っていた八岐大蛇が8つの頭を全てつきだし、迫ってくる。
集はやっと少し回復してきた魔力を全て解放する。
白銀の炎が青白い光を反射する。
感覚を研ぎ澄ませ、鞘はないが抜刀の構えをし、過去の記憶を呼び起こす。