第66剣『報告』
アリアへのトレイシアの紹介が終わり鎮也はようやくベッドに辿り着くことができた。鎮也の部屋は過去の時代そのままに完璧に復元されていた。
「久しぶりに足を延ばして寝れる」
半分は鎮也の自業自得であったが、仮眠ではない睡眠を五日ぶりに取ることができそうだ。
本当はもっと早くに休みたかったが、紹介に思いのほか時間がかかってしまった。
初対面のアリアとトレイシア。
アリアはまるで新入社員を試験する面接官のように接し、緊張してしまったトレイシア。
『七星剣』への加入にする上での心構えや、習得している技能まで事細かく言わされたトレイシア、習得した技能については鎮也も聞いていないモノが大量にあって驚いた。
メイドも数週間だけ経験があったことから、次第にアリアの態度も打ち解けていき、例の絵本『救国の英雄譚』の話になってからは意気投合していた。最初の固い雰囲気はどこに行ってしまったのか。
二人で仲良く音読まではじめてしまい、聞いていた鎮也は美化された自分の過去話しに悶えさせられる。背中がかゆくてたまらなかった。
「これが黒歴史か」
自分で書いた本ではないが、鎮也はもう耐えられないと両耳をふさいでうずくまる。
「シア様、あなたはとても素晴らしいからです、ようこそ『七星剣』へ、使用人代表として歓迎いたします」
使用人代表と言っても、この時代には使用人はアリア一人しかいない。
「そんな、私は様なんて呼ばれる存在では」
「いえ、シズヤ様がお認めになられた方なら、私のお仕えする主の一人です、先程までのご無礼お許しください」
「許すなんてそんな、最初から怒っていませんから」
「なんと心の広いお方」
一時は心配したがアリアもトレイシアを認めてくれて鎮也は一安心した。
「それでシア様、この絵本はもう手に入らないのでしょうか?」
「重版モノならレフティアでも手に入ると思いますが、アリアさんが欲しいのは、初版本ですよね」
「はい」
鎮也がサインして、魔法陣が発動するのはセリーナが自分で制作した初版の五百十二冊だけ。
「正直、難しいと思います」
百年近く前に五百冊しか作られなかった絵本、例え劣化耐性のある作りになっていようと、この月日を乗り越えた本は少ないだろう。
「そうですか」
目に見えて落ち込むアリア。
「よかったらこの絵本をお貸ししましょうか、あげることはできませんがお貸しするだけなら」
「ほ、本当によろしいのですか、お借りしても」
「はい、この絵本は昔の知り合いが書いたモノなのでしょ」
トレイシアが差し出した絵本をアリアが震えた手で受け取った。
その目尻には涙が浮かぶ。
「セリーナは私にとって妹のような親友のような存在でした、彼女がまだメイドになる前の話しは私が語り聞かせたモノです」
(通りで出会う前の話しまで書けたわけだ)
「シア様、ありがとうございます、丁寧に読ませていただきます。この屋敷にすぐシア様のお部屋も用意しますのでしばしお待ちください、最優先で仕上げてきます」
絵本を胸に大事そうに抱えたアリアはトレイシアの部屋の準備のために風のように去って行った。
「ありがとなシア、アリアのやつも相当に喜んでた」
絵本が近くになくなり、鎮也はなんとか回復することができた、鎮也にとっては恥ずかしい絵本ではあるが、かつて共に過ごした家族のような存在が残してくれた大切な品でもある。
「私の部屋の用意なんていいんですか?」
逆にトレイシアの方が絵本を貸しただけで部屋を用意してもらっていいのかと心配になっていた。
「もうシアは俺たちの仲間だろ、遠慮せずにこの屋敷を使ってくれていいぞ、街までは透徹で移動できるから、不便は少ないと思う」
「私はこんな大きな屋敷に入ること自体が初めてなので圧倒させます」
ずっと住み込みの仕事を転々としていたトレイシアにとって最初のうちは落ち着かないかもしれないが、この屋敷には貴族の屋敷と違って礼儀作法なんてないから、そうのち慣れることはできるであろう。
「最初は鍛冶仕事用の工房だけを作るつもりだったんだけど、いつもまにか、居住スペースができて、アリアたち使用人を雇うようになってからは外見が屋敷風になったな」
「工房もあるんですね、もしかしてここが聖雷剣の埋まれ場所なのですか?」
工房の話しにトレイシアは食いついてきた。彼女も物作りの技術を持っている、トレイシア用の工房も用意してもいいかもしれないと鎮也は考えた。
「全部がここで作った物じゃないけど、大半は地下の工房で作ったよ」
「すごいです。私はいま伝説の場所に来ているのですね」
「伝説ってほどでもないけどな」
「いいえ、ここは救国の英雄が描かれた多くの書籍に登場する聖地、誰も到達できない魔獣の森の奥にあると伝えられる幻の工房、そこに私の部屋がもらえるなんて、夢なら覚めないでほしいです」
頬を染めてうっとりとするトレイシア。
「あの絵本以外にも、本が出てるのか?」
「はい、私が知っているだけでも百冊以上はありますよ」
「なんてこった」
あの絵本で鎮也のイメージが出来上がっているのだとしたら、これからは行動にも気を付けないと幻滅されるかもと思い、真面目にやっていこうと心に決めた。
「シア様、お部屋の用意が整いました、旅の疲れを癒してください」
もう部屋を使用可能にしたアリアが戻ってくる。
「ありがとうございます」
「じゃシア、俺も部屋に戻って寝るわ」
「おやすみなさいシズヤさん」
「お休みなさいませシズヤ様」
「おやすみ」
鎮也が自分の部屋を向かおうとすると。
「ああッ!!」
アリアが突然、大きな声を出した。
「どうしたアリア」
「申し訳ありませんシズヤ様、寝るとはそういう意味でしたか、私としたことがレオナ様から言いつかっていたことをすっかり忘れていました」
「な、何を忘れていたんだ」
このタイミングでレオフィーナの名前が出るのはよろしいことでは無い。鎮也のこれまでの経験がそう訴えてくる。
「寝るとはシア様とご一緒にと言う意味だと、私としたことがシア様の部屋を別に用意してきてしまいました、すぐさまシズヤ様と同衾できるように――」
「ええッー!」
「違うから!!」
確実にレオフィーナの影響を受けて成長しているメイドのアリアであった。
なんとかアリアの勘違いを正してトレイシアとは別々の部屋にしてもらった。
あれだけ騒いでも鎮也の眠気が無くなることはなく、鎮也は深い眠りに落ちていく。
「これから、どうするかな~」
目蓋が重たく徐々に閉じていくなか、鎮也はぼんやりとこれからの予定を考えた。
最初にすることは取り戻した聖雷剣の修復、これは優先事項だが、その後は…………。
カナリーやルーシアと帝都ロードイリアについて会話を思い出す。
「帝都に行くのも悪くないか……」
そんなことを漠然と考えながら鎮也は眠りに入り、丸二日起きることなく爆睡した。
目覚めた時にはレフティアのオークション会が終わっていた。
鎮也が眠りについてから約半日後、咲耶たちはレフティアへと到着した。
カイザンには先触れを六黒に持たせ飛ばしていたので受け入れ体制は整っており、意識のないギルドナイトたちは門近くの診療所へと運び込まれた。
『七星剣』を代表して咲耶が『真紅の秩序』を代表してカナリーがギルドナイトであるイクスと共に報告のため総支部長室のカイザンの元へ訪れた。
「…………以上が帰らずの山で起きた出来事です、詳細は後日資料にまとめておきます」
もっともほとんどのを報告を直属の部下であるイクスがしてくれたので咲耶とカナリーはイクスの話しを補足する程度であった。
「翼持つ悪魔像か、よく倒してくれた」
カイザンは翼持つ悪魔像の名前を聞き表情を曇らせ、倒したと聞き大きく息を吐いて安堵していた。
「カイザン、それほど深刻になる相手なの?」
咲耶の戦った手応えからして悪魔像の固さはギガントオーグルの少し上程度、この総支部長室に飾られている斧を使えばカイザンでも倒せる相手だ。
「確かに一体程度なら正面から遣り合えれば負ける気はしない、だが奴らは狡賢い、それも人を殺すためだけに頭脳を使いやがる」
実際に苦い戦の経験があるようで、顔の傷を指で撫でた。
「公式に確認されているだけで、ここ百年で二十六の国が翼持つ悪魔像に滅ぼされた。確認できてないのも加えたら五十以上あるだろうよ、被害だけならドラゴン以上だ」
翼持つ悪魔像の被害は想像以上であった。
ドラゴンが気まぐれで国を襲うなどめったにない、被害の多くが人間側からちょっかいを出した事が原因だ。それに比べて、本能に刷り込まれたように殺戮を繰り広げる悪魔像はその能力以上にあり方自体が恐れられていた。
「それが街のすぐそばの山で出現したとなれば肝を冷やすぜ、今回は遭遇したのがあなた方でよかったよ、感謝する。報酬も上乗せしよう」
「私は直接遭遇していないが、仲間たちからサクヤ殿たちの活躍だと聞いている。報酬を上乗せするのは彼女たちだけでいい」
「いいのか?」
カイザンが確認を取る。ルーシアが『真紅の秩序』は金欠状態と言っていた、もしかしたら金欠の事情をカイザンは知っているのかもしれない、表情にわずかだが心配の色が浮かんでいる。
「もちろん、ランクAの冒険団として仕事以上の報酬をもらうわけにはいかない」
「そういうところは先代の団長にそっくりだな」
「団長を知っているのか!?」
カナリーもカイザンが真紅の先代と知りだとは知らなかったようだ。
「帝国でも数少ないランクA冒険団の団長だ、それなりの付き合いはあった、何度か酒を酌み交わしたこともある。惜しい奴を亡くしたよ、冒険者ギルドにとっても損失だ」
「団長を評価していただきありがとうございます、何よりの手向けです」
どうやた『真紅の秩序』の先代団長は亡くなっているよだ。
カナリーは先代とは呼ばず団長と呼び彼女は自分を団長代理だとずっと名乗っていた、咲耶はまだカナリーの中では先代の死が消化しきれていないのかもしれないと感じた。
「カイザンギルドマスターが団長と知り合いとは知りませんでした。できるならゆっくり団長の昔話しを聞きたいところですが」
「緊急依頼に応えてくれたんだ、それくらい付き合うぞ、夕食は私がご馳走しよう」
「いえ、申し出は大変ありがたいのですが、私たちには急ぎしなければならないことがありますので」
本当に残念そうにカナリーはカイザンの誘いを辞退した。
「では、報告はすみましたので私は先に失礼します」
「おう、報酬はもうカウンターに用意してある。今回の依頼は大成功の評価になってるよ」
「感謝します」
カナリーは深く一礼すると、すばやく総支部長室から退出していく、イクスも診療所の仲間が気になるとカナリーを追いかけるように出ていった。
「忙しいですね彼女」
「そうしなきゃならない理由があるんだ、準備を済ませたら明日の朝にでも帝都に帰るつもりだろう」
「帝都ですか」
このヴィレック帝国首都ロードイリア。聖雷剣を探すためにも行かなければならない場所だろう。はたして百二十年前よりどんな発展をしているか。
「サクヤ殿たちも行くのか」
「まだ話し合ってはいないけど、近いうちに帝都に行くことになるんじゃないかな」
「そうか」
残念なようなホッとしたようなカイザン。大変な目には合わせてしまったが鎮也たちはウーゴットや悪魔像を倒しているのだ。レフティアにとってはプラス要因だろう。
「剣回収の依頼があるから、たまには顔出します。ちゃんと依頼はこなしてくださいよ」
「わかっている。だが、もう魔道具の爆買いは勘弁してくれ、少なからずオークション本部にクレームが来てる」
「善処します」
爆買いに関しては咲耶自身もクレームを付けたい側であった。
「それでこれが依頼された品だ、受け取ってくれ」
カイザンは三振りの剣を自分の机の上に取り出した。みな刃が灰色に変色している。そのすべてに咲耶は見覚えがある。
シリアル107センターバックラー。
シリアル160ツインアロード。
シリアル316ダークラムザー。
盾と剣が一体になったセンターバックラーと双剣から合体して弓になるツインアロードはオークション会に隠し玉として飛び入り出品された品。
最後のダークラムザーはウーゴットの屋敷の対魔法結界の装置の中から出てきたらしい。
「やっぱりあの結界も聖雷剣が使われていたのね、ありがとうカイザン、危うく取りこぼすところだった」
「依頼をこなすのが冒険者ギルドだ」
「それでもありがとう。鎮也くんにいいお土産ができたわ」
こうして鎮也たちのレフティアでの冒険は終わりを迎える。
これまで回収した聖雷剣は512本中20本、先はまだまだ長い。しかし咲耶は帝都の城の宝物庫にはたくさんの聖雷剣が眠っているのではないかと睨んでいる。
「これは本当に鎮也くんと帝都行き、相談しないとね」
次の『七星剣』の目的地はおそらく帝都ロードイリアになるであろう。
これで2章完結です。ここまで読んでいただいた皆様ありがとうございます。
明日の夕方ぐらいには2章設定を、深夜0時に本文を投稿予定です。




