第03剣『廃屋の屋敷』
『……くん、鎮也くん』
遠くから鎮也を呼ぶ声が聞こえてくる。
いったい何がおきたのか理解が追いつかない、呼び声に答えるように意識を覚醒させると、頭の中から釘を打ち込まれたような痛みが襲ってきた。
「いって~」
あまりの痛さに頭を抱える。
「鎮也くん大丈夫、どこが痛いの!」
意識が覚醒してみれば、超近距離に咲耶の顔があった。あと少し顔を前に出せば唇が触れてしまいそうなほどに近い、鎮也は咲耶の腕に抱かれていた。
「頭の中がガンガンする」
「それは二日酔いだから大丈夫、他に痛みはない?」
頭の痛みは軽くスルーされてしまった。
背中を支えてくれている咲耶の腕のぬくもりを感じながら頭痛をこらえて体を確認すると、頭の痛み以外は特に問題がなさそうだった。
「頭痛以外は大丈夫」
「よかった、体は起こせる」
「なんとか」
背中の温もりから離れるのは少し残念に思えなくもないが、現状がわからない、早く把握しなければと起き上り、そして、唖然とした。
眼前には割れた窓に罅が入った壁、今にも崩れそうな天井、まさに廃墟と呼ぶべき光景が広がっていた。
「……ここは、どこだ?」
二日酔いなど完全に吹き飛ばすほどの衝撃的な光景。
ここは、どこだ。いや見覚えはある。鎮也には見覚えがありすぎる。
だが認めたくはなかったのだ。
ここは512本の聖雷剣を飾った大広間だ。
それが廃墟へと変わっている。
「どうなってるんだ?」
「ごめんなさい、私にもわからないの目が覚めたらこのありさまで」
謝る必要などまったくない咲耶が謝罪してくる。
あれだけキレイに飾られていた聖雷剣が一本残らず、すべて無くなっていたのだ。
日本にいた頃から温めていたアイデアを使い。
この世界に渡ってから咲耶、レオナ、五剣の剣獣たち、他にも知り合った仲間と力を合わせて材料を揃え、生活のすべてを剣の完成につぎ込んでいた。
異世界に渡ってきて楽しいことも悔しかったことも泣きたくなったことも、すべてをつぎ込んで完成させた。鎮也と仲間たちの歩んだ道そのものと言っても過言ではない剣達がすべてなくなっていた。
「何なんだよ!!」
鎮也は近くにあった瓦礫を力任せに蹴飛ばした。
ハイスペックなゲームキャラを元にした体は、鎮也よりも大きな瓦礫を簡単に吹き飛ばす。
しかしその瓦礫の下にも剣が埋まっていることはなかった。
「くっそ!!」
次々と瓦礫をどかしていく、一本でもいいから見つかってくれと祈りながら。
だが現実は残酷であった。
「――ちくしょう」
どんなに探しても、かけら一つ見つけることは出来なかった。
これからあの剣達の使い手を探そうと思っていた、どんな出会いがあるのかと期待と楽しさで胸がいっぱいだった。
性格がまっすぐで不器用な騎士なのか、周りとソリが合わなくてソロでしか活動できないけどホントは優しい心の冒険者だろうかなど、譲り渡した剣が使い手と共にどんな偉業をなすのか、それを見るのが鎮也の夢であった。
だが、それはもう叶わない。
「何もかも全部無くなっちまったのか……」
爪が食いこまんばかりに拳が握りこまれる。
「ちくしょー!!」
「鎮也くん!」
瓦礫を殴りつけようとした鎮也の腕を咲耶が抱え込むようにして止めた。
「ダメだよ鎮也くん、瓦礫に八つ当たりはいいけど体を傷つける行為は許さないから」
「ご、ごめん」
咲耶に腕を抱えられ、真っ白になっていた思考がわずかにだが落ち着いた。
「それに鎮也くんは全部を失ったわけじゃないよ、腰には何を付けているのかな?」
「腰?」
咲耶は腕を抱えたままの姿勢で指差した。
「あ!!」
今の今まで存在を忘れていた。
そこにはポーチ型のカバンがベんルトに付いていた。鎮也はあわててカバンの中身を確認する。これは異世界移住の特典で持ってきた。八個までならなんでも詰められる魔法のカバン。
記憶が確かならばこの中には――
「――――――――――――――――――――――――――
・海軍刀ヤマト
・突撃剣トロンバトルナード
・陽翼剣オジロ
・陰翼刀ムク
・大十手トウテツ
・雷蛇鎚ミュルニョル
・―――――
・―――――
―――――――――――――――――――――――――――」
あった。
鎮也はすべてを失ったわけではなかった。魔法のカバンの中に五本の剣と雷鎚が残っていた。鎮也の始まりから共にいてくれた剣たちが残っていてくれた。
「ねぇ、すべては失ってなかったでしょ」
「あ、ああ、そうだな」
鎮也がようやく平常心を取り戻すと、笑顔で慰めてくれていた咲耶の細く整った眉毛がつりあがる。
「それに、最初からずっと目の前にいた私の存在まで忘れて全部無くなったなんてひどいんじゃないかな、結構ひどいよね!」
「ご、ごめんなさい、俺、いや私が間違っていました、失言を訂正します」
「私は鎮也くんの何かな?」
「最強の愛刀です。俺にはまだ失っていないモノがありました」
「わかればよろしい」
咲耶の怒りが収まったと知り、腹に溜まっていた空気を大きく吐き出した。同時に鎮也の中で荒れ狂っていた怒りを理性が制することにも成功していた。
剣達が無くなったことに対しての憤りは消えることはないが、冷静に思考できるまでの精神状態は取り戻せていた。このまま咲耶に止められず暴れ続けていたら体はボロボロになっていただろう。
冷静に考えればそれは全く無意味な行為。
そんなことよりも今はしなければならないことが沢山あるではないか。
「落ち着いたようですねマスター」
「レオナ、無事だったか」
「先に目覚めたのでこの場を咲耶に任せ、周囲の偵察に出ていました」
長いプラチナブロンドの髪を揺らしてレオフィーナが大広間に戻ってきた。
鎮也の根源たる七本の剣、七星剣は一本も欠けることなく鎮也の元に残っていた。
「それより私のことも覚えていてくれたんですね」
「と、当然だろ」
どうやらレオナにも鎮也の失言は聞かれていたらしい、瓦礫をあれだけ手荒く扱えば何事かと偵察をしていても戻ってきてしまうだろう。
「レオナも俺にとって掛け替えのない相棒だからな」
「ありがとうございます」
レオフィーナの優しい笑顔は冷静さの戻った鎮也の感情を温かく包みこんでくれた。後ろから支えてくれる咲耶に、温かく包み守ってくれるレオフィーナ、本当に鎮也はこの二人が自分の側に残ってくれたことに感謝をする。
そしてこれからやるべきことも見えてきた。
「レオナ、周囲の様子はどうだった?」
やるべきことが決まったのなら、状況を把握してこれからどう動くかの方針を立てなければ。
「ここが私たちの屋敷であることは間違いないですね。ただ廃墟になってからかなり時間が経っているようです」
「それって時間移動ってことだよな」
「その推測が一番確立が高そうです」
冗談のような時間移動の可能性を一番最初に疑う鎮也とレオフィーナ。
「普通なら笑い話だけど、あったよね」
咲耶までもが時間移動を否定しない、三人とって時間移動とはあり得ない現象ではなかったのだ。
「聖雷剣シリアル511『エターナルトラベラー』あれが誤作動したんだろうな」
鎮也が作り出した傑作の一つ、かの剣は時間移動を可能としていた。
大広間を包んだ真っ白な光、あの光が発生する直前に投げ込まれた丸い玉、あれが何らかの魔道具だったのだろう。その魔力が周囲の聖雷剣に影響を与えてエターナルトラベラーのスキルを誘発してしまったのだ。
「どのくらい未来にきたんだ」
この屋敷は鎮也が建てた物だ、したがって過去に飛ばされたのではないと分かる。
「そこまでは流石に、ただ一年や二年でないのは確かです、建物自体の劣化もかなり進んでいます、何十年あるいは百年近く経過しているかもしれません」
窓から見える木々が茂った暗い森は、以前との共通点がまったく見つけられないほど変化していた。森が景観が変わるなどどれほどの時間が経ったのだろうか。
「アリアたちは大丈夫だったかな」
エターナルトラベラーが完成した時、もしもの対策としてアリアたちに鎮也たちが行方不明になった後の対処方法も伝えてはいたが、対策をたてた鎮也自身、もしもの時が本当にくるなど想像もしていなかった。
「その件でマスターに見せたいモノがあります」
偵察をしていたレオフィーナが見つけたモノは庭にあった。それは大破した警備用ゴーレム、屋敷を守るために購入した物、それが時間の経過を見せつけるように幾重にも蔦が絡みついていた。
聖雷剣を製作していると世間に知られてから、盗賊などに狙われるようになった鎮也は屋敷の敷地内に警備用ゴーレムを配置していた。
当時このゴーレムは魔法学の盛んな帝国が作り出した最新鋭高性能モデルであったのだが、相当な襲撃を受けたようで上半身の半分を失い、単体でも価値のあるゴーレム核が抜き取られている。
「マスター、こちらを見てください」
レオフィーナは蔦を払いのけ、ゴーレム核がおさめられていた穴を指す。拳大の核が無くなった外枠のフレームに文字が刻まれていた。
「『親愛なる主、シズヤ様へ』これってアリアからのメッセージか!?」
最初の一文を呼んだ鎮也はそれだけで誰からの言葉か察することができた。
アリア、マリンブルーの髪色をした海辺の妖精族の少女。鎮也が悪徳奴隷商から助け、初めて雇ったメイドでもあった娘。その子からのメッセージがここに刻まれていた。
『当然、主を始めサクヤ様、レオフィーナ様が姿を消し私たち使用人は混乱しました。それに加え百人を超える規模の夜盗の襲撃……』
メッセージには鎮也たちが姿を消した後の出来事が簡易的に書かれていた。
やはり鎮也たちを襲った白い光は夜盗の襲撃によるものだったのだ。
アリアたち使用人は屋敷を守るために無断で聖雷剣を使用してしまったらしい。そのことについての謝罪も書かれていた。
そしてそれでも守り切れず聖雷剣を持ち去られてしまったことも。
『シズヤ様、夜盗を率いていたのはウーゴットという男です。彼は特殊な魔道具を用い屋敷の結界を無力化する大砲までも持ち出しゴーレムを破壊しました』
「ウーゴット」
この名前に憶えのある鎮也、素材集めの旅の途中モンスターに襲われているところを助けた男だ。舌の回る男で口では散々感謝の言葉を述べていたが、鎮也たちの所持品を隙あらばと狙っていた典型的な小悪党であった。
「あいつに百人規模を指揮できるとは思えないけど」
「得意の舌で夜盗の集団を口説いたのでは、マスターの作った聖雷剣は夜盗にとっても最高の餌でしょうから」
「鎮也くんの優しさをあだで返した相手、見つけ出して剣のありかを聞き出したいけど……」
もしレオフィーナの予想が当たり、百年以上未来の世界なら普通の人間であったウーゴットは生きていないだろう。
復讐する相手も親しかった仲間もいなくなった世界、寂しくないと言えば嘘だ。
アリアのメッセージの最後は以前に伝えていた、突然に鎮也たちがいなくなった時の対処方法に従うというものであった。
その方法とは屋敷に保管されていた金貨などを使用人たちで当分してこの屋敷を離れそれぞれ故郷に帰るか、あるいは新しい働き先を探すこと。
このメッセージは一人で屋敷に残ったアリアが、最後の仕事をする前に書いたモノらしい。
「アリア、この後どうなったんだろうな」
「鎮也くん、落ち着いたら海辺の妖精族の集落に行ってみるのもいいかもね」
「そうですね、もしかしたらマスターの剣が守護神として祀られているかもしれません」
アリアが夜盗から無事に逃げ延び聖雷剣の一本でも所持していたなら、そして無事に種族の里に辿り着くことができたのなら、ありえるかもしれない話。
「それもいいかも、もしかしたらアリアの子孫に合えたりして」
「きっとかわいい子だよ」
自分たちの置かれている状況が少しずつ分かってきた。
512本の聖雷剣は消滅したのではなく盗まれたということ、だったら取り返しに行かなければ。
「アリアの子孫探しは悪くないけど剣探しが一段落ついてからだな、それより今は正確な情報を集めよう」
今が何年後の世界なのか、周囲の国家情勢はどうなっているのか。
「戦争中じゃないといいんだけどな」
「そこは願うしかありませんね、でもマスター覚悟は必要かもしれません」
「わかってる」
具体的に何とは言わないレオフィーナだが、鎮也にも何の覚悟かはわかっていた。戦争になれば強力な力を発揮する聖雷剣が使われている可能性が高い。
「だからって暗くなりすぎることはないわよ、鎮也くん、レオナ。目的が決まったんだから顔上げて前に進みましょ」
「そうだな、とりあえず近くの町まで行って情報収集だ」
わからないことを心配しても始まらない、三人は町への旅立ちの支度にとりかかる。
「咲耶、レオナ、二人とも、これからもよろしくな」
「うん、任せて」
「マスターの心のままに、どこまでもお供します」
こうして三人の奪還の旅がはじまる。