第29剣『外伝:アクアエルフのアリア』
水辺の妖精族の多くは海の近くが生活圏である。稀に変わり者が大陸中央の大きな街へと赴くことはあるが、基本は海の傍で生まれそして海に帰る。
人魚の子孫とも呼ばれている種族であり、泳ぎが得意で離島などに里を築き生活をしていた。マリンブルーの瞳と髪を持ち、肌は夏の浜辺のように健康的な白である。
その為、奴隷制度がある大国の貴族などから奴隷としても人気のある種族であった。
離島の里に生まれた族長の七番目の娘アリアは好奇心の強い娘であった。外見こそ華奢であったが泳ぎは里一番であり、種族伝統の武器、曲刀を二本扱えば同世代の男子にも負けることはなかった。
あと数年もすればアリアに適う者はいなくなるかもしれない、そう噂されるほどの才能を秘めていた。
そんなアリアは外の世界に憧れた。
刺激の少ない島を出たいという考えが日に日に強くなっていく、アリアは毎日が荒波のように流れるという都会の生活を夢見ていたのだ。
しかし、その夢は意外な形で、望んでいなかった方法で叶うことになってしまった。
違法な奴隷商人の集団が離島の里を襲撃してきたのだ。
気づかぬうちに里の水源に毒を流し込まれ、身動きができなくなった里の民は抵抗もできず捕らえられ奴隷船に詰め込まれて大陸へと向かう。
憧れていた形とはまったく違う。何て運が悪いのだろうと嘆きながらも絶望に捕らわれることはなく、アリアは一人、奴隷商人たちへの反撃の機会をうかがった。
時間をかけて手枷を削り壊して、奴隷商人の見張りから曲刀を奪い反撃に出たのだ。
一人が相手なら確実に勝てる。二人が相手なら何とか勝てた。でも……。
「いたぞ、あそこだ」
「囲め、囲め!」
三人以上を同時に相手することはできなかった。
仲間を解放しようとしたが、奴隷商人たちに遮られ叶わず、アリアは甲板へと追われ、追いつめられる。
もうこれまでか。
アリアの曲刀は弾き飛ばされ取り押えられてしまった。
族長の娘であり見た目がいいことから殺されることはなかったが、見せしめとしてアリアは荒縄で縛られマストから吊るされた。
アリアの反撃は終わる。もう残された手段はない、このまま奴隷としての生涯が待っているのかと思うと、アリアのマリンブルーの瞳から涙が零れ落ちた。
だが、伝説にも聞いたことのない巨大な助けが海の上に突如として現れた。
「なんだありゃ」
それに気が付いた奴隷商人の一人が声を上げる。
それは巨大な船であった。外装がすべて鉄色をした鋼鉄の戦艦。積まれている大砲は世界最強と謳われる帝国の軍艦よりも何倍も長かった。
「鉄の船だと」
「バカな、あんな鉄の塊が海に浮かぶはずない、見せかけだ、幻術系の魔法が掛けられているだけだ」
船は木造、それがこの世界の常識である。たとえ魔法があろうとも鉄の船を動かす技術など存在しないのだ。
「幻術の魔道具か、そいつはいい、そいつを奪ってオレたちの船に取り付ければ商船だって襲えるぞ」
奴隷船は、見たこともない鉄の船へ乗りこむために進路を変える。まだ幻だと決まったわけでもないのに決めつけて。
互いの船が正面を向き合ったとき、鉄の戦艦の大砲が一人でに動き砲門をこちらに向けてくる。そして轟音と共に大砲が放たれた。空気を震わすほどの音の後、奴隷船の横に着弾、水柱が立ち海面に波を起こして奴隷船を大きく揺らした。
「これも魔道具か!」
「クソッ、幻術の見せかけだ、打ち返せ!!」
奴隷船からも大砲が打ち返されるが、鉄の装甲には傷一つつかない、鉄の戦艦の大砲と比べたらまさに豆鉄砲であった。
「バカな!?」
あれは幻術ではなく本当の鋼鉄でできているようだ。
唖然とした奴隷商人たち、逃げの指示が飛び二度目の進路変更をする。急転回に船が傾き吊るされていたアリアは振り回され縛っている荒縄が食い込んでくる。あまりの苦痛に目を閉じると、突然痛みが消え、ふわりとした温かい感覚に包まれた。
「え?」
アリアが驚き目を開けば、見知らぬ幼い少年の腕の中にいた。
「もう大丈夫だ」
少年がやさしく笑いかけてくれ、アリアは顔が熱くなるのを感じた。
「マスター、異世界に転移してすぐに奴隷の少女を助ける。まさにお約束ですね」
「本当に遭遇するとは思わなかった」
親しそうに少年に語りかけるプラチナゴールドの髪をした少女を見たら今度は胸がチクリと痛んだ。
「えっと、君の他にも捕まった人はいるのかな?」
アリアは最初、自分に話しかけられていることに気が付かなった。
「俺の言葉わからないかな?」
「え、いえ、わかります、仲間がまだ船の中に」
「わかった、もう心配はいらないみんな助けるから」
「それで奴隷ハーレムを築くのですね、お約束の展開です」
「ちょっと鎮也くん、不謹慎だよ!」
「誤解だ咲耶、俺はそんなこと考えてない」
「どうだか、この前だってあんなエッチな本を沢山持ってたじゃない」
「あれは叔父さんの宝で俺のじゃない、第一あれがなかったら餓死してたかもしれないんだぞ!!」
すねる黒髪の少女咲耶に必死で言い訳をする少年鎮也。
楽しそうな三人の関係がアリアにはとても羨ましく感じられた。
「とにかく、捕まっている人を助けることが先だ、レオナは甲板の制圧、咲耶は俺と船内に突撃だ、ヤマトは奴隷船が動けないように抑えつけといてくれ」
鎮也の指揮の元、奴隷商人たちは簡単に鎮圧されアリアの仲間は全員無事救出された。
「この船で送ってくれるとな」
無償で救出してくれたうえ、さらに鎮也が鋼鉄の船ヤマトで里のある離島まで送ってくれることになった。救出してくれただけでも返せるか分からない恩なのに、族長であるアリアの父は何度も鎮也に頭を下げている。
「族長、お話があります」
アリアは一族が助けられ、何の礼もしないのは礼儀に反すると父に訴えた。しかし里に戻っても奴隷商人襲撃で家屋もほとんどが燃やされている、お礼ができるような物など残っていなかった。それはアリアもわかっている事、だから。
「私がシズヤ様の奴隷となって付いていきます」
奴隷商人はアリアを高く売れると言っていた。アリアは自分の体には価値があると、お礼として申し分ないと父に訴える。
だが肝心のシズヤ様の方が奴隷とかいらないからと言われてしまった。
それでも何とかお礼がしたいと食い下がると、シズヤ様の従者レオフィーナが助言をしてくれた。
「マスターは奴隷制度が好きではない、他の呼び名なら強引な力押しは可能だ、例えば従者とか」
「お父様、私はシズヤ様の従者として付いていきます」
こうして従者となったアリアはシズヤ様に付いていくことになる。何故アドバイスをしてくれたかアリアがレフィーナに伺うと。
「純粋に付いて行きたかったのでしょ、礼などの口実がなくとも」
アリアの本当の気持ち、ただ付いていきたいだけだと見抜かれていたようだ。
それからはシズヤ様の旅に同行したアリアは、いろいろな発見や島暮らしではありえないスリルを味あわせてもらった。まさに夢に描いた生活、本当に充実した毎日を過ごす。そして一年ぐらい旅をしたころ、シズヤ様がご自身の夢を見つける。
それは五百十二本の聖剣を作ることであった。
なんでも聖剣鍛冶師となることが小さいころからのシズヤ様の夢であったらしい。
アリアは自分の夢を叶えてくれたシズヤ様の夢を応援するために、聖剣制作のために建てた工房付きの森の屋敷でメイドとして働くことを決めた。
ちなみにメイドのアイディアはシズヤ様の役に立ちたいと悩んでいた時にレオフィーナ様がメイドは男の夢だと教えてくれたからだ。
メイドとなってからも退屈な日常になるわけでなく、素材の回収に同行したり、シズヤ様の留守中に聖剣を狙った賊を撃退したりと生活はどんどん刺激的になっていった。
もう毎日が充実していて罰が当たるではと思ってしまうほど、シズヤ様たちの日々は大変でも楽しい日々だった。そして聖剣、聖雷剣が三百本目の完成したをむかえた日。アリアはシズヤ様から呼び出しを受ける。
「これを私にですか」
「そう、日ごろの感謝を込めて、正式な譲渡は五百十二本が全部完成してからになるけど、これはアリアに送るって決めてるから徹底的にやろうと思って、長さとか重さとか、能力とか、好みがあったらどんどん注文付けてくれ」
「注文ですか」
帝都の大貴族が大金を積んでも相手が気に入らなければ売らないシズヤ様が、従者であるアリアに聖剣をプレゼントしてくれた。嬉しさの衝撃が全身全身を駆けまわり鳥肌がたったアリアはお尻までゾワゾワした。
注文などできるはずもない、だって、触っただけで分かる、剣が語りかけてくれる。この剣はアリアが世界で一番使いこなせる剣だと、これは海辺の妖精族の祖先である人魚の力が宿っている。
不謹慎かもしれないが、それからは一層シズヤ様の聖雷剣制作に協力した。
程なくして帝国皇帝がシズヤ様の剣を献上しろと言ってきた。
相手が皇帝だろうと気に入らなかったシズヤ様は要求を突っぱねた。帝国側も皇帝の顔に泥を塗られたと、わずか一冒険団と帝国とのケンカに突入した。
最初は心配したアリアであったが、シズヤ様は相手が帝国でも一歩も引かず逆に追い詰め、最終決戦にはアリアもシリアル300、アクアアリアを借り受け参戦した。
厳しい戦いだった本来二刀流を得意としていたアリアは敵から奪った剣で即席の二刀流の型を作り戦い抜いた。
ケンカ自体はシズヤ様たちが勝利し皇帝に土下座させたが、アリアはせっかく最高の剣を借りたのに、もう一本、どこのなまくらとも分からない剣を使ってしまいシズヤ様に引け目を感じていた。でも……。
「鎮也くん、これもアリアさんの剣になるの?」
「ああ、うっかり忘れてたけど、アリアって本来二刀流だったんだよな、それを忘れてアクアアリアだけ貸して苦戦させちゃったみたいだし」
「それって償いでもう一本作るってこと」
償いだなんてそんな、アリアは部屋へと飛ぶ込み製作を中止してもらおうとしたのだが。
「償いじゃアリアは恐縮して受け取ってくれないよ」
「そうかもね」
「だから五百十二本が完成した暁にはサプライズとして送ろうかなって」
「ああ、それいいね、きっとアリアさんも喜ぶよ」
サプライズを計画していると嬉しそうに話すシズヤ様を見てアリアは部屋へと飛び込めなくなった。こっそりと目を合わせてくれたサクヤ様が、それでいいと頷いてくれる。
これではもう止められない。
「アリア、喜んでくれるかな」
「シズヤ様、喜ばないはず無いじゃありませんか」
アリアは初めて嬉しさで涙を流した。
いつまでも続くと思っていた刺激に溢れた幸せな日々、だがそれはいきなりの終わりを迎えた。それも聖雷剣全てが完成した日にである。
ウーゴット率いる大盗賊団が攻めてきたのだ、帝国の最新の装備を使い屋敷の警備を無力化、その時の事故でシズヤ様たちがどこかに飛ばされてしまった。
もしかしたら時間さえも飛び越えてしまったのかもしれない、その可能性があるとはアリアも話に聞いていた。
でも必ず帰ってきてくれるはずだと、アリアは残った使用人たちと力を合わせて迫りくる盗賊たちから屋敷を聖雷剣を主との想い出を守るために戦った。
しかし多勢に無勢、必死の抵抗も空しく聖雷剣の数本が盗まれてしまう。
そうなってしまうともう手が付けられなかった。これまで数の少ない使用人側が抵抗出来ていたのは聖雷剣の性能があってこそ、だが盗賊たちが聖雷剣を装備して襲ってくればもう抗えるモノではなかった。
一度に数本盗まれ、次は十数本盗られ、繰り返されるうちに残されたのは使用人たちが装備していた数本のみ、屋敷に保管されていた金品も根こそぎ持っていかれてしまった。
アリアは従者序列一位の権限を使い、使用人たちに逃げるよう告げる。
この森の屋敷で働く使用人たちは皆がシズヤ様に恩義を感じている者たち、誰一人として逃げることを良しとしなかったが、これ以上戦闘を続けても屋敷を壊すだけであると、残った聖雷剣はもう自分たちが持っているものしかないと説得して、聖雷剣を奪われないために逃げろとアリアは説得した。
その後、みんなを逃がしたアリアは時間を稼ぐために一人、大盗賊団に立ち向かう。
しかし相手は百人以上、その全員が聖雷剣を装備している。いくらアリアでも勝ち目などなかった。
「メイドさんよ、その二本の剣をこっちに渡してくれよ、そうすりゃかわいがってやるぜ」
ウーゴットがシズヤ様の剣を手の中で遊ばせながらアリアの剣も奪おうとする。
「誰が渡すか、そっちこそシズヤ様の剣を返しなさい、あなたにその剣を持つ資格はありません!」
「交渉決裂か、しょうがね~な、お前ら剣を奪えメイドは好きにしていいぞ」
「よっしゃ~」
「俺がいただくぜ!!」
聖雷剣の使い手には似つかわしくない男たちが聖雷剣を手にアリアに襲いかかってくる。
このままではアリアの持つ二振りも奪われてしまう。
アリアの名前が付けられた世界で唯一の剣と、主がサプライズ用に用意してくれたアリアの宝物の剣。
この二振りだけは何が有っても奪われたくはない、アリアは覚悟を決めた。
シズヤ様への遺書はもう破壊されたゴーレムの中に書きとめてある。
アリアは二振りの聖雷剣の力を解放した。
水と氷を司るアリアの聖雷剣。吹雪が巻き起こり視界に入る全てを氷の世界へと閉ざしていく、この剣たちが奪われるくらいなら永遠の眠りについてもかまわない。
アリアは自身の想いに命を賭ける。
でもただ一つだけ悔いが残ってしまった。
屋敷へと帰ってくるシズヤ様をもうお迎えできないことだ。
どれだけ使用人が増えようと、主の帰りを一番初めにお迎えするのはずっとアリアの役割であったのだ。
アリアの体は完全に氷へと封じ込められる。
もう目覚められないことは分かっている、それでも叶うなら、いつまでも主の帰りを待っていたかった。
冷たく青い世界でアリアは長い長い時間を漂っていた。
いったいどれだけの時間がたったのだろうか、ふと、アリアを呼ぶ声が聞こえてきた。
もしかしたらシズヤ様が帰って来たのかもしれない、それなら急いでお迎えに行かなければ、でもアリアの体は動かない、氷で閉ざされているのだから当たり前だ、でも、それでも、必死で手足を動かそうとすると、ふわりと体が軽くなるのを感じた。
そして暖かい何かに受け止められる。
とても懐かしい温もり、この感覚をアリアは覚えている。これはシズヤ様と出会った奴隷船で感じた温もりとまったく同じ。
アリアがゆっくりと目をあけると、霞んでいて視界は定まらなかったが、それでもそこにいるのは誰かはっきりとわかった。だったらすることは一つだ。
アリアは冷たい唇を懸命に動かし。
「シズヤ様、お帰りなさいませ」
と気持ちの全てを込めて、お出迎えすることができた。
メイドのアリアが鎮也と出会って別れ再会するまでの話。
どうしてもアリアサイドの話が書きたくなり書いてしまいました。
次回から二章突入です。




