29相撲
河童…それは日本で最も有名な妖怪。
本やアニメでよく出てくる妖怪であり、その容姿は俺が想像した通りだ。
想像した通りであるのだが、斗真から見て、河童には既視感を感じた。
斗真が言っていた異世界にも、河童と似た種族がいたのだ。
それは『魚人』。
文字通り、人と魚を混ぜたような種族。
人みたいに二足歩行で歩くが、手には水かきがあり、首元にエラを持っているため、水中で呼吸が出来る。
伊勢家には、鼠の獣人や虎の獣人、鳥の獣人などの様々な『獣人』がいたように、魚人にも、鮫の魚人や鯛の魚人、タコの魚人などたくさんの魚人がいた。
面白いのは、名前に魚人と付いているが、元が魚ではない魚人もいる。
河童はまさに、”亀の魚人”にとても良く似ている。
確か、亀の魚人もキョウリが好きだったような。
「な、何だ?!お、お前らぁ!」
河童の一人が慌てふためいた後、斗真と楓を睨む。
斗真たちは河童たちに近づいて、
「何だお前らって…………キュウリを盗んだよな?」
警戒する河童たちに斗真は地面に置かれたキュウリを指さした。
河童たちは地面のキュウリを見て、気まずい表情を取る。
「何だ!どうした?!」
「何の騒ぎだ?」
「人間がどうしてここに?」
騒ぎを聞きつけたのか、森の奥からどんどんと河童たちが出てくる。
そうして、斗真と楓の周りには、多くの河童たちが群がり、騒ぎ始める。
「ここは任せて」
そう言って、楓は河童たちの前に出る。
「こんにちわ。私は柊楓と申します。退魔士の者です。一昨日と昨日に引き続いて、今日…商店街の全ての八百屋からキュウリが盗まれる事件が起きましたが、盗んだのは貴方方ですか?」
楓が懇切丁寧に、質問する。
「退魔士!退魔士って、あの妖獣とか倒す退魔士のことか。……………確かに、ここ数日街からキュウリを盗んだのは、おら達だな」
河童の中でも、背が高い河童が代表して答える。
「では、盗んだキュウリを返してくれると有難いのですが」
「それは………難しいらぁ。おいら達も住処を離れて、ここに来たけどな。ここの川は余り魚が取れないらぁ。だから、キュウリを」
なにやら河童たちにも事情がありそうである。
「住処を離れて?貴方たちの住処とは?」
「座座街って、所だぁ」
「座座街!」
楓が驚く。
斗真も座座街には聞き覚えがある。
斗真が住んでいる隗隗街の確か………三つ隣にある街であったはず。
一旦、斗真と楓は小声で話し合う。
「なぁ…楓。座座街って…………」
「うん、ナガさんが言っていた河童たちがいるはずの街のことだよ」
ここで、斗真は思い出す。
商店街で見張りをしていた際に、老舗の駄菓子屋「ながつか」の営んでいる長塚に会い、彼女はこの街に河童は居なく、別の街にいると言っていた。
恐らく、別の街と言うのは、座座街にことであろう。
元々いた街を離れて、隗隗街に来て、キュウリを盗んでいる。
やはり、事情がありそうだ。
「おい!どうした!」
突然、大きな声が聞こえる。
見ると、キュウリを盗んだ河童たちより一際大きい河童がやってきたのだ。
「「「お頭!」」」
河童たちは、現れた河童をお頭と呼んだ。
なるほど、この河童がリーダーという事か。
お頭は河童たちに道を譲られ、斗真と楓の元に行く。
「何騒ぎだ?食料は取ってきたんだろうな?…………って、何度お前たちは?」
お頭である河童は斗真と楓を訝し気に見る。
「そ、それが…………キュウリは取ってきたんですけど、この人達が返せと!」
「何?」
お頭の河童は目を細める。
「初めまして。私は退魔士をやっております、柊楓と申します。今日、ここに来たのは盗まれたキュウリの件について…………」
楓は先程と同じく、懇切丁寧に盗まれたキュウリを返して欲しいと、河童の頭に頼み込む。
楓の要望を聞いたお頭の河童は、楓を頭の上からつま先まで見た後に、
「退魔士?お前みたいな小娘がか?俺が知っている限り、この街の退魔士は爺さんだったはず」
「それは前任者ですね。今は歳なので、引退して、現在の隗隗街の退魔士は私……それと、こっちの斗真です」
河童のお頭は、チラッと斗真を見る。
「ほう……そうか。それで、キュウリを返して欲しいと言う話だったか」
「はい。それと、盗むのは今日限りにして欲しいです」
「確かに、俺達はキュウリを盗んだ。悪いとは思っている。だが、仕方なかった。前に住んでいた座座街では魚を取っていたが、ここは余り取れなくてな」
楓が首を傾げる。
「座座街を離れた理由と言うのは?」
「妖獣が出たんだ」
「妖獣!」
「ああ、おら達も一応は戦ったが、並みの妖獣の強さではなくてよ。だから、そこに居られなくなってな」
つまり、本来は座座街にいたはずの河童たちは強力な妖獣が現れたことで、場所を隗隗街に移したという事。
しかし、妖獣が出たとなれば、退魔士の出番である。
「分かりました。その妖獣は私達が退治します」
「本当か!それはありがてぇ!座座街に退魔士は居ねぇからな」
「妖獣を退治するのは、退魔士の役目ですから」
河童のお頭は嬉しそうである。
他の河童たちも、これで元の場所に帰れると喜んでいた。
「それで…………キュウリを返して欲しいのですが」
「あ~キュウリか。そうだよな…………だけど、美味そうだ」
お頭の河童はキュウリを見て頭を掻きつつ、惜しい顔をする。
お頭以外の河童もキュウリを食べたそうに見ていた。
暫く、お頭の河童は悩んだ末、
「相撲だな」
「え?相撲?」
相撲と言われ、楓は目を何度も開閉させる。
「そうだ。俺たち河童は何事も相撲で決めてきた。お前が俺に相撲で勝ったら、キュウリを返してやる」
そう言えば、河童は相撲が好きと言う話はよく聞く。
河童のお頭の提案に、楓は眉根を寄せる。
一旦、斗真と相談する。
「相撲…………私、やったこと無いな」
「俺もだな」
「でも、これ以外解決策が無さそう」
楓は少し考えた後、
「分かりました。やります」
楓はそう言って、耳に付けてある小さいイヤリングを外す。
それにより、鬼族である楓の頭から角が生える。
素の状態だと、本気を出せないと考え、鬼族の姿となっただろう。
「お、おめぇ!鬼族だったんかい!」
お頭の河童はとても驚く様子を見せる。
「はい、私は鬼族です」
「そうか………おめぇが”あの”鬼族なのか」
あの鬼族?
何やら含みを持たせる言い方である。
鬼族に何か、因縁でもあるのか。
斗真が疑問に思っているのを他所に、楓は履いている靴と靴下を脱いで、裸足になる。
裸足で地面を踏みしめて、地面の感触を確かめる。
河童のお頭は足で地面に円を描く。
「この円が土俵だ。この円から出たら負け。単純だろ」
そうして、河童のお頭は円の中に入り、姿勢を低くする。
またを広げ、両手を地面に付ける。
相撲における開始の姿勢だ。
楓も同じように、円に入り、開始に姿勢を取る。
「じゃあ、審判はオラが」
河童の中の一人が審判役として、円のそばに来る。
右手を下げて、
「はっけよ~い…………」
斗真は固唾を飲んで、二人を見守る。
他の河童たちもそうだった。
そして、審判の河童は勢いよく右手を上げる。
「残った!!」
「「っ!!」」
審判役の河童の合図とともに、河童のお頭と楓は同時に地面を踏み込む。
ドン!
二人がぶつかる音が聞こえる。
「ふん!」
「くっ?!うっ?!」
二人は互いに、押し合っていたが、二人のせめぎ合いは拮抗していた。
けれど、斗真の眼には楓が押されているように見える。
楓も本気で魔力を体中から出して、本気を出している様だが、相手側の技量が高い。
魔族と同レベルの魔力を持っている楓を相手にして、河童のお頭の方は絶妙な体重移動と体感のバランスで楓の押す力を消していた。
「そりゃあ!」
「わっ?!」
河童のお頭によって、楓は横へ投げ飛ばされる。
お頭は正面から立ち向かわずに、力を横へ逸らして、受け流したのだ。
見事な技術である。
流石は、相撲が好きな河童だけある。
勝負はお頭の勝ち。
お頭は勝って嬉しそうな半面、楓は悔しそうである。
それを見て、斗真は前に出る。
「よし、次は俺が相手だ」




