4-19 これは、私のデスゲームだから
「このゲームは今から――僕のものだ」
ごく普通の現実でデスゲームの開催を夢見るリサ。彼女はついに舞台を整え、同じ大学のサークルメンバーをデスゲームの参加者として巻き込む。
しかしその最中。リサは共謀者のイザナに見限られ、デスゲームの主催者からプレイヤーの立場へと堕ちてしまう。自身の仕掛けた、しかし自身の立つはずでなかった舞台に立ち、彼女はプレイヤーとしてこのゲームの勝ち残りを誓う――。
「――いよいよですね。リサ先輩」
すぐ傍でぼそりと聞こえた声に、私は車窓から視線を移した。バスの中は春の陽気でほどよく暖まっていて、こんな時なのに思わず眠ってしまいそう。
「イザナ君。緊張してるね」
隣に座るイザナ君の肩がびくり、と震える。可哀想なくらい背中を屈めて、まるで野良猫が威嚇しているみたいで、とっても可愛い。それで私が笑うと、イザナ君は跳ねた前髪をいじりながら目を逸らした。
「するに決まってますよ。先輩は流石ですね、いつも通りで」
「私も緊張してるってば。初めてなんだもん、デスゲームの運営なんて」
「……一応突っ込んどきますけど、普通そうですからね」
イザナ君は目を細めて言う。ふふ、呆れられちゃった。
――そう。この世界は、ごくごく普通の現実。デスゲームはフィクションの専売特許だし、裏社会に実はデスゲームの運営会社が……なんてこともない。
そんな普通の現実で――私たちは今日、デスゲームを開催するんだ。
「二人とも何の話してるの?」
長い髪が顔にかかり、ラベンダーが香る。見上げると、後ろの席からサチとリク君が身を乗り出している。
「今日の計画のこと話してたんだ」
「そっか。今日のミステリーツアー計画してくれたの、リサとイザナ君だもんね」
私は微笑んで頷いてみせる。イザナ君も横でニヒルな笑いを浮かべていた。
ミステリーツアーっていうのは名目だけど、別に嘘じゃない。たとえ、その行き先が凄惨なデスゲームの会場だったとしても。
「しかもオレらは参加費払わなくていいんですよね? 先輩たち、まじクール」
「あたしミステリーツアーって初めて! 楽しもうね、りっくん!」
気が付くと、二人は手も身体も絡ませていちゃつき始めている。つい最近カップルになったのは知ってたけど、こんな感じとは思ってなかった。隣ではイザナ君が更に身体を縮めて「滅べ」って呪詛を吐いてるし。恋は人を狂わせるって、本当なんだね。
「……でも、本当に私たちは払わなくていいの? サークルの会費も使ってないって、ジンから聞いたけど」
「俺は全然、経費で構わないと思うよ。移動費用だけでもバカにならないだろ」
セツナさんとジン君は、通路を挟んだ一人用の座席に座って貰っている。面倒見のいい二人にそう言われちゃうと、なんかパパとママに心配されたみたいでキュンとする。実際、幹部のセツナさんと代表のジン君とでサークルを運営しているし、保護者みたいな存在かも。
「代表もああ言っていますし、経費にされては如何ですか先輩方」
「このボードゲームサークル、ボドゲ自体は私物持ち込んでばっかで誰も買わないんだから、こういうときに使わないと予算だだ余りっスよ。申請するだけお得ってやつっス」
「ちなみに僕らはこの前、新作ボドゲ買ってお金無くなっちゃったんで、セツナさんにお菓子代おねだりしました」
「そこはボードゲームの購入費を申請しなさいよ」
最後部の一列座席を陣取って騒ぐ男の子三人組に、セツナさんは苦笑している。物腰穏やかな眼鏡キャラのタツミ君、タイパ主義コスパ主義のシンジ君、愛嬌がある末っ子気質のカズキ君。年は違うけどウマが合うのか、あの三人はいつも一緒にいる気がするね。
「おっと、あまり騒ぐとロコさんが起きてしまいますね」
タツミ君は声をひそめた。ロコちゃんは前の方の座席で寝ているみたい。微かに寝息のような音が聞こえてくる。
「気にしなくていいよタツミ君。ロコちゃんさっき『徹夜した眠すぎガチ詰んだ』って言ってたし多分今ぐっすりだよ。ね、りっくん?」
「うん。目の下にすっげー隈できてたし。ロコ先輩、まじクール」
「普通に昼夜逆転のアホっスよ」
緩やかな歓談が続くのを聞きながら、心が陽だまりのように満ち足りていくのを感じた。
私とイザナ君を含めたこの十人は全員、同じ大学のボードゲームサークルのメンバー。学部も学年もバラバラだけど、皆優しくて仲良しで、すごく居心地がいい。
……だからこそ。
「ね、イザナ君――」
横を向いた瞬間に絶句する。イザナ君が、昏い目をしていた。
「……反吐が出る。どいつもこいつも痒くなるような生温いやり取りしやがって。毎日平和で当然、穏やかに過ごせて当たり前、無事に帰れると信じ切って、ミステリーツアーなんて代物にも平気な顔で参加しやがる。いつもいつも危険なんて無関係ですってツラしやがって。許せねえ。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。絶対に、この僕が――」
「イザナ君……」
ゆらり、と。昏い昏い目がこちらを見る。
「リサ先輩」
彼の骨ばった手が、私の腕を掴んだ。加減もなく力を込めてくる手はひどく冷たく、異常に汗をかいている。でも、そんなの気にならない。それ以上に目が、イザナ君のあの昏い目が――。
「先輩は分かってくれますか? いえ、分かってくれますよね。だって先輩も僕と同じ、理不尽に苦しめられた被害者ですから。僕らと違ってのうのうと生きることを許された人間全員、ムカつきますよね? 殺してやりたいですよね?」
……ああ、失敗した。私、イザナ君にちゃんと話せてなかった。
どんなデスゲームにするか、どうやってデスゲームの準備をするか、そんな話は山ほどしてきたのに。
――なんでデスゲームをやるのか、それをちゃんと話す機会がなかったんだ。
だから、私がイザナ君と同じ心根なのだと、そう彼に勘違いさせちゃったんだ。
「イザナ君――ちゃんと言えてなくて、ごめんなさい」
「……何がですか?」
「私ね。このサークルの皆のこと、大好きなんだ」
怪訝そうな表情のイザナ君に、私はおもむろに告げる。
すぐに、彼が瞠目するのが分かった。でも、それでも言わないと。誤解を解かないと。
「サチと遊ぶのは楽しいし、リク君はいい子だし、セツナさんとジン君はとっても優しいし、タツミ君シンジ君カズキ君たちは賑やかで面白いし、ロコちゃんは頭が良くて頼りになるし、もちろんイザナ君も、私は皆大好きで。だから、皆の命は大切にしてあげたい」
だからこそ、私は――。
「もういいよ」
言いかけた口を、薄い布で覆われた。甘い科学的な匂いを嗅いだ途端、目の前がくらりと回る。歪む。
意識が、薄れて。
「先輩には失望した。お仲間に対して罪悪感があるなら、一緒にくたばればいい。このゲームは今から――僕のものだ」
◇
夢を見ていた。私の両親が死んだ日の夢。
パパとママはデスゲームで死んだ。幼い私を庇って、あっけなく殺された。
二人の死に顔が、私のルーツなの。
あれ……でも待って。この現実にデスゲームは存在しないんでしょ? それなら――この夢は何?
◇
「――起きて! 起きてよリサ!」
肩を揺すられて目を覚ます。身体が冷たいと思ったら、私は地面に寝かされていたみたい。周囲を見渡せば、コンクリートが剥きだしの寒々しい部屋に、サークルメンバー全員が転がされている。……イザナ君を除く、全員が。
起き上がると、サチが青褪めた顔で私の肩を掴んでいた。
「ねえどうしよう! ロコちゃんが!」
反射的に彼女の姿を探す。あたりを見回し――視線が、一点を定める。
ロコちゃんが死んでいた。血の気が引いた顔には紫の斑模様が浮かび、目から、鼻から、口から、血を流した痕が残っていた。周囲の血溜まりを踏み、血に濡れた彼女の腕にそっと触れる。
冷たい。脈は、既に無かった。
「ロコ、さん……」
タツミ君が言葉を失っていた。横で、カズキ君が嘔吐している。
セツナさんは立ち尽くし、はらはらと涙を流していた。ジン君は何も言わない。何も。
『リサ先輩やっと起きたんだ。もう見せしめの時間は終わっちゃったよ。とりあえずロコ先輩を毒殺してみたんだけど、どうかな?』
耳鳴りに近いスピーカー音がして、思わず耳を塞ぐ。音の発生源は、壁に飾られた巨大モニター。その画面に、イザナ君がにやにや笑いながら映っていた。
この部屋のことは、何から何までよく知っている。ただしここは、本来私が居るはずじゃない場所。
――イザナ君と計画していた、デスゲームの会場だ。
「ねえリサ。これ何が起きてるの? イザナ君がゲームとか言ってるけど、あたし全然わかんない」
「――デスゲーム。私たちはこれから、命をかけてゲームをしなきゃいけないの。でも大丈夫。このサークルらしくボードゲームをベースにしてるから、性別や体力で有利不利は無くしてある」
「いやちょっと待ってくださいよ。先輩が、何で、そんなこと知ってるんスか」
シンジ君が顔を引きつらせている。ううん、彼だけじゃない。
彼の背後にあるモニター越しに、イザナ君がぎょっとした顔をしていた。
『あんたどういうつもり――』
「私ね。サークルの皆のことが大好き。大好きだからこそ――大事に大事に殺してあげたかった」
イザナ君が、唇をわなわなと震わせていた。
「私もイザナ君には失望したよ。ロコちゃんをとりあえずで殺すなんて。ロコちゃんには、もっともっと良い死に場所があったんだから」
「ねえリサ、何言って……」
「心配しないでサチ。私が、ちゃんと皆を最高の死に場所へ導いてあげる。それでイザナ君には……」
イザナ君には、最高に最悪の死に方で死んで貰おうね。





