4-01 『天才探偵リリカと暴走勇者ソラの王都事件簿』――✦黒猫亭の甘くない真実を暴け!✦
――小悪魔系ギャル探偵とお人好し脳筋勇者が、平和な王国で“まじでダルい事件”に挑む。
魔王を倒し、王国に平和を取り戻した勇者ソラ。
だが彼を待っていたのは、魔物退治でも戦争でもなく――厄介な“事件”だった。
始まりは、馴染みの宿屋に届いた一通の脅迫状。
『お前の罪を暴く。今夜、部屋で待て』
助けを求められたソラが頼ったのは、王都で“天才少女”と呼ばれるリリカ。
明るい髪が目を引く、ぱっと見はただの目立つギャル。
けれど彼女は、現場の“違和感”を見抜く観察眼を持っていた。
二人を待っていたのは、内側から鍵のかかった部屋。
姿の見えない犯人。
そして――密室で倒れた宿屋の主人。
「……これ、密室じゃない。誰かが“密室っぽく盛った”だけ」
善意で突っ走る勇者ソラと、彼を放っておけないリリカ。
正反対の二人が追うのは、王都で次々に起こる不可解な事件と、その裏に隠された“罪”――。
――バキィィィィン!!!
凄まじい轟音とともに扉が吹き飛び、木片のシャワーが室内に降り注ぐ。
「ソラ、なにしてんのマジで!? 証拠ぶっ壊してんですけど!!」
怒鳴ったリリカのハニーブロンドの髪が、舞い上がった木くずにあおられてふわりと揺れた。
大きな瞳をつり上げた顔は可愛いのに、いまは圧がすごい。
勇者ソラ――かつて魔王を倒した英雄は、叱られた大型犬みたいな顔で振り返った。
「え……だって中から悲鳴が聞こえたし……。それに勇者って普通、民家の扉を壊してタンスの中身まで確認するものだろ……?」
リリカは五秒ほど無言で固まり、ゆっくりと額を押さえた。
「それ、魔王討伐中だから『世界の危機なんで!』でギリ許されてただけじゃん? 平和な今それやるの、普通に犯罪なんだけど」
「そうなの!?」
「てかそこ掘ると絶対だるいから、反省会はあと! 今は事件!」
吹き飛んだ扉のすぐ内側で、ラルフが崩れ落ちていた。
胸には短剣。血はもう広がりきっていて、ぴくりとも動かない。
「ラルフさん……!」
ソラの声がひっくり返る。
顔から血の気が引き、震える声を絞り出した。
リリカの表情も、ほんの一瞬だけ固まった。
「そんな……嘘だろ……」
ソラは息をのんだ。
「俺が……扉を壊したからか!?」
「そんなわけないでしょ! あんたが蹴る前に、刺されてるって!」
リリカは感情を押し込めるように息を吐き、鋭い目で室内を見渡した。
「ふーん……これ、密室っていうか、“密室っぽく盛ってる”感じ?」
――この表情になったときのリリカは、誰よりも頼りになる。
王都で“天才少女”と呼ばれる理由はひとつ。
彼女には、生まれつき“場の違和感”だけを拾い上げる観察眼――ギフトがある。
誰かが触れた痕跡、動かした理由、隠そうとした意図。
そういう“人の手で生まれたズレ”だけが、彼女には妙にはっきり見えてしまうのだ。
「……なるほどね」
長いまつげの影を落としながら、リリカの視線が迷いなく動く。
まるで“答えのある点”だけ見えているみたいに。
♠♠♠
――時はさかのぼり、一時間前。
夕暮れの王都。
魔王が倒れてから、ようやく夜の賑わいを取り戻した王都は、甘い菓子の匂いと人いきれでむっとするほど騒がしい。
焼き菓子の屋台の前でも、リリカはやたら目立っていた。
明るいハニーブロンドの髪も、くるくる動く大きな瞳も、夕暮れの人混みの中では目を引く。
「リリカ! 頼む、一緒に来てくれ!」
「んむっ!? ま、待っ——」
焼き菓子をほおばったまま、慌てて両手で×を作る。
ソラは人波をかき分けてきたらしく、黒髪を汗で額に張りつかせていた。腰の聖剣だけが人混みの中でも妙に目立つ。
もぐっ、ごくん。
リリカは口元の粉糖を指でぬぐってから、わざとらしく息をついた。
「……ぷは。え、なに。勇者サマがそんな必死とかレアすぎなんだけど。魔王でも復活した? ……それとも、あーしをデートに誘いに来た感じぃ?」
大きな瞳をいたずらっぽく細めて、困りきったソラを上から下まで眺める。
唇の端が、にやっと小悪魔っぽく上がった。
「違う! “黒猫亭”の主人から相談されたんだ。まずはこれを見てくれ、どう思う?」
「ガチで余裕ないじゃん。ちょっとウケる」
からかうような声を無視して、ソラは紙を差し出した。
『お前の罪を暴く。今夜、部屋で待て』
リリカは紙を受け取ると、文字をなぞるように目を走らせた。
「……筆圧は一定。震えた感じなし。書き慣れてる字、もしくは訓練された筆跡って感じ。脅し文のくせに感情のブレ薄め」
「というと?」
「普通、恨みあるならもっと感情乗るじゃん。『殺してやる』とか『許さない』とか。でもこれは“罪を暴く”だけ。妙に冷静なんだよね」
「つまり……?」
「“この人を罰して当然”って、マジで信じてる側の文字って感じ。あと――」
リリカは紙の端、折り目を指でつまむ。ネイルの先が、くしゃりとついた跡をなぞった。
「ここ、何回も折り直した跡ある。さすがにソラじゃないよね?」
「ああ……俺が受け取ったときには、もうこうなってた」
「なら、犯人がこれを前から持ち歩いてたっぽいね。思いつきで書いたんじゃなくて、前から用意してた脅し文……って感じ?」
ソラはごくりと唾を飲んだ。
「……それと、この“罪”って何のこと?」
「それがさ……何も言わないんだよ。ずっと震えてて……俺にも『余計な詮索はしないで』って」
「ふーん……そゆことね」
リリカは少しだけ口元をゆるめた。
「弱み見られたくないから、“深く考えなさそうな勇者”のソラにだけ頼ったわけだ」
「どういう意味だよ! いや、その……まあ……。俺、こういう頭使うの、昔から得意じゃなくて……」
「うん、知ってる」
「即答!?」
「だってそこ事実だし」
リリカは焼き菓子を飲み込み、くるっと身を翻した。
「だから、あーしを呼びに来たんでしょ。――行くよ」
「お、おうっ」
「ほんとさ、こういう時だけ頼ってくるのズルくない? 都合よすぎなんだけど」
「何か言ったか?」
「べっつに~~?」
そう言って、リリカはソラのすねを軽くコツンと蹴った。
♠♠♠
黒猫亭の中は冒険者たちでいつも以上にごった返していた。
酒と肉の匂い、木のジョッキがぶつかる音、昇級試験帰りの若い冒険者たちの笑い声。
「そういえば、今日は冒険者ギルドで昇級試験があったんだ。試験が終わった連中が、この辺りの酒場や宿に一気に流れ込むんだよ」
「なるほど。だからこの混雑ね。犯人からしたら、めちゃ好都合じゃん」
人波をぬうように中へ進むと、受付嬢のマリナがこちらに気づいた。
「ゆ、勇者様……名探偵様……!?」
「ラルフは?」
ソラが訊ねると、マリナは不安そうに二階を指さした。
「それが……脅迫状を受け取ってから、ずっとお部屋に閉じこもっていらっしゃいます。お呼びしても返事がなくて……」
「典型的じゃん。『罪を暴く』って脅された人って、自分から閉鎖空間に逃げがちなんだよね」
「閉じこもるって……逆に危なくないか? 話を聞きたいんだが……出てきてもらえるかな?」
マリナは神妙な面持ちで首を振った。
「……どんなに声をかけても『誰とも会いたくない』って……そう言って……」
リリカは溜息をついた。
「はぁ~、もうそれ完全に犯人の思うツボじゃん。誘導えぐ」
「脅迫状が怖くて閉じこもってるんじゃないか?」
「いや普通、“犯人の言うとおり部屋で待つ”とかしなくない? それ、完全に誘導されてるって」
混雑する店内を離れ、ソラとリリカは二階のラルフの部屋へ向かった。
「脅迫状の件で、頼れる助っ人――名探偵を連れてきました。少し話をさせてください!」
返事はない。ソラはそっとドアノブを回してみた。
――「やめろ……お前だったのか……近寄るな……っ!」
短い悲鳴。
ソラの目が大きく見開かれる。
「ラルフさん!? 誰かいるのか!? 何があった!!」
ソラはドアノブを掴み、必死に回そうとする。
「くっ……開かねえ……! こうなったら!」
「ちょ、待っ――」
リリカの制止など聞こえていないかのように、ソラは勢いよく足を上げた。
そして――。
♠♠♠
――粉々になった扉の破片が室内に散乱している。
リリカが魔法の明かりを灯すと、淡い光が壁を舐め、床の木片がきらきらと影を落とした。
窓は内側からロック。カーテンは揺れていない。
机の上のインク壺も、紙束も、倒れていない。
――そして、部屋の入口のすぐ先。
ラルフは床に倒れたままだ。胸に短剣が突き立ち、開いたままの目はもう何も映していない。
ソラはごくりと喉を鳴らし、視線を彷徨わせた。
「……誰もいない。じゃあ、ラルフさんは誰に向かって……?」
「そうね。“今は”いない」
リリカは返事をしながら、部屋の中の違和感だけを追っていた。
「……何を見てるんだ?」
「“見たくないところ”」
しゃがみ込んだリリカが、床に散った木くずを指でそっと払う。
その下から白い粉がふわりと舞い、指先に薄く残った。
「粉糖……?」
「えっ、ちょ、おま――」
「……ん、違う」
舌先を離して、リリカはあっさり言う。
「甘くない。砂糖じゃないね」
「お前、そういうの普通舐めるか!?」
「え、だって早いし」
「早さの問題か!?」
リリカはくすっと笑って、指先をひらひら振った。
「薬かな。なんか混ぜてるね、これ」
そう言って、リリカは指先を軽く払った。
視線が次に向いたのは、窓と鍵だった。
鍵のつまみの脇には、よく見ると細い擦れ跡が一本ついている。
「……これ、外から鍵いじった跡か?」
「ううん。そこ、見せたいやつっぽい」
リリカの目が、すぐにそこから外れる。
向かった先は、壁際の小さな棚だった。
足元の床板に、擦れた筋が往復している。押して、戻したみたいな線。
「……何を見てるんだ?」
「犯人が隠したいほう」
リリカは棚の足元にしゃがみ込み、床板の一点を指腹でなぞる。
きらりと光る爪先が止まり、わずかに沈んだ。
「……あ、ここ」
ソラが息を止める。
リリカはしゃがんだまま、楽しそうに笑う。冷たく。
「――はい、違和感みっけ」
その声に、ソラがはっと顔を上げる。
「これ、密室なんかじゃない。犯人が“密室っぽく見せた”だけ。――あーしには、ちゃんと見えてるから」





