2-02-01 原田真希
里山近くの温泉に泊まった慎二たちは、まだ交通機関が動いていない時間だったので、宿の送迎車で里の麓まで送ってもらいました。
いよいよ、山登りの開始です。
早朝の出発なので、宿のご厚意で送迎車を出してもらえ、とても助かった。
婆さんの家に到着したら、すでに家の前に車が止まっていた。
役場の原田課長が、すでに来ているようだ。
送っていただいた温泉の送迎車を降り、お礼をいう。
戻っていく車を見送ったあと、停まっていた車に近づき中を覗くが、車内には誰も乗っていない。
あれ? と思ってたら、後ろから声がかかり、がっちりした皮の登山靴にアーミー柄のトレッキングパンツそしてタンクトップの女性と、小柄で上下赤いジャージ姿の女の子が山の方からやってきた。
タンクトップ姿の女性は、胸が大きく見える。
多分、以前会った事がある女性だと思うのだが、その時は事務服を着て、おとなしい感じの娘だったように覚えていた。
しかし目前にやってきた女性は、俺が覚えていた記憶とは随分雰囲気が違って見えた。
「お久しぶりです加納慎二です。 慎二でいいです。
おまたせしたようですみません」
「原田真希です。 真希と呼んでくれ。 よろしく」
と言って手を差し出してきたのでここで互いに握手。
ここでもう一人を紹介してくれる。
「こちらは、八神さんだ。
彼女には貴子さんの捜索のとき、やはり同行願っている。
申し訳ないが、山の途中の結界を確認したいとのことで、途中まで一緒に同行させてほしい。
私は、そのあと君と一緒に里を探したいと思っている」
「初めまして。 加納慎二といいます」
「はじめまして、八神 美咲と申します。
この一帯の山を管理しています神社で、巫女をしております。
本日は途中までご一緒お願いします」
若い彼女は、年上の男性に対してどう接すればよいかわからず、ちょっと戸惑った感じだ。
まだ高校生ということである。
聞いてなかったが、途中までであれば問題ないであろう。
俺は、彼女たちにサリー、マリア、イサベラを紹介する。
「サリーといいます。 よろしくね!」
「わたくしは、マリアと申します。 よろしくお願い申し上げます」
「私はイザベラです。 よろしくお願いします」
「どうもお待たせしまったようですみません」
「いや、私たちは今の山の具合を見るために、ちょっと早く来ていたので、時間どうりだ。
確かに彼女たちと一緒だと時間もかかるだろうから、早速出発するか?」
と、真希さんは、ちらっとマリアのほうを見る。
彼女は車の後部から大きな荷物を出すと、タンクトップの上に、袖がある上着を着た。
車は課長のではなく、真希さんの軽自動車だったようだ。
そして、上着の上にポケットが左右にいくつかついた、登山用のベスト。
その服装は使い込まれており、山に慣れているのは本当のようだ。
彼女は、かなりの重装備だ。
「了解しました。
そうですね。できれば少しゆっくりのペースで行こうと考えています。
真希さんには少し遅いかもしれませんが、俺が知っている道を進みますから、殿をお願いできますか?」
「わかった。
ところで、1週間ほど寝泊まりすると聞いてきたのだが、君たちの背中の荷物が少ないようだが、途中で一度山を下りるのか?」
「いえ、これはこれで大丈夫ですので、ご心配なく。
八神さんは途中で引き返すということですが、おひとりで戻って大丈夫なのですか?」
「ああ、彼女は山の結界を守るために、この山の事については私なんかより詳しいので、大丈夫だよ。
また、彼女も私に付き合って、捜索の時も何度か山に入っている」
「そうですか。
お二人ともご迷惑をおかけしてすみませんです。
では出発しますので、俺の後にはサリー達、その後ろには真希さんたちが付いてきてください」
最初は道もきちんとあるので、しばらくは歩きやすく、皆順調に進みだす。
普段から鍛えているような真希さんに比べ、うちの娘さんたちはアウトドアショップで揃えたばかりの新品バリバリの衣服であり、ど素人さん丸わかりで状態である。
でも、初めての山ガールっぽい衣装も似合っており、自分の連れながら美人さん達でドキッとする。
特に、背丈がありスリムなイザベラは、キャンプ用品のパンフレットの表紙にでも出てきそうな、外国モデルさんみたいなカッコよさである。
しかし、イザベラもまだ問題を抱えたままなので、時々ふっと暗い表情をする。
エリクサーなるものは、この世界では一度も聞いたこともないので、発見はかなり難しいと思うが、せめてサリーに渡した貴薬草だけでも、この旅の中で見つかることを信じるしかない。
貴薬草は、以前婆さんが作っていた場所になければ、他で見つけることは難しいのではないかと思っている。
最初は、緩い上り坂であったが、途中から車道を外れ、獣道のようなところに入いる。
娘たちには、ここから手袋をするように伝え、お互いに背中のデイパックから手袋を出す。
彼女たちの足を確認するが、今のところ問題なさそうだ。
俺は足の指にまめができる事を心配していた。
マリアは山歩きはしていないと言っていた。
サリーとイザベラも、以前旅をしていたと言っているが、最近は町での生活が中心だ。
足のサイズに合わせて買った現代の靴は、とても快適で坂道もしっかりと歩けると言っている。
そうは言っても、やはり新品の靴なので、定期的に確認はしておくことにする。
マリアの細い足は、ドレスに似合うヒールは履いていたのだろうが、こんな厚底でごつい靴は初めてだと思う。
でも、最近の靴は軽くなっているので、それであっても足の疲れは、まだ少ないものと思われる。
なので、この後も休憩時にチェックを怠らないようにする。
さあ、ここから本格的な山道となる。
山が以前と変わっていなければ、周りの岩や枝につかまって登らなければいけない場所が何カ所かある。
しかし、そこさえ抜ければ、茂った木もまばらになり、比較的歩きやすい場所に出れるはずだ。
30分くらい山道を進んだのち、最初の休憩を考えている。
古い記憶をもとに進んでいるが、ここに来たのは大学の時が最後なので、すでに何年もたっている。 それにも関わらず、山の時は止まっていたように、記憶とはほとんど変わらない。
真希さんも捜索時にこの辺は知っているようで、道を見失ってはいないようだ。
予定通り30分程歩くと、婆さんに教えてもらった目印の1つである2つに割れた大きな岩か石が見えてきた。
それは山肌に露出した石であり、高さが5mほどもあり、真ん中からぱっかりと2つに割れ、隙間は人が通り抜けられるくらい開いている大きなものであった。
この山のには、ところどころ大きな石が露出している。
「慎二、あれは何?」
石の上に、紙が結びつけられた縄が、割れた2つの石を結ぶように掛けられていた。
指さしてサリーに聞かれると、俺たちの後ろから、八神さんが教えてくれた。
「あれが、この山の結界です。
白い紙は垂といって、邪悪なものがお山に立ち入らないように、入り口を守っています。
私はこの岩を巡回し、お祓いをしています。 そして、紙垂が傷んでくると、新しいものに交換をしています。
今日もそのしめ縄の確認のために、ここまでご一緒させていただきました。
私はこれから着替えてお祓いを行い、それが済みましたら1人で戻りますので、ここでお別れさせていただきます」
ここは何回か来ているが、いつも岩の下を見て歩いていたので、上にしめ縄があるなんて、全く気が付かなかった。
休憩のために、立ち止まって見上げると、確かによく見れる。
道のりはまだかなり残っているので、このまま巫女さんのお祓いを見ている時間は無いので、俺たちは先に進むことにした。
そして、俺がその割れた石の間を通り抜けようとすると、
「そこは、結界があるので入れませんよ! 石の奥は行き止まりになってます!」
木の陰で着替えを始めた八神さんが、後ろからそう叫んでいる。
真希もうなずいている。
しかし、ここは俺が婆さんから教えてもらったコースである。
「俺はいつもここを通っていますよ!」
そういって、俺は割れた石を触れながら、石の間を進むが、特に行き止まりなどではなく、いつも通り石の裏側に出た。
俺の後ろに娘たち、そして真希が付いてくる。
真希は大きなリュックサックを手に持ち替え、狭い隙間を通ってきている。
真希は、きょろきょろしながら、
「ここはどこだ? 本当に通り抜けたのか? ここは始めてくる場所だ!」
お祓いのために巫女の衣装に着替えていた八神さんが、あとから俺達を追いかけてきて、やはり驚いている。
「どうなっているの? なぜ結界があるのにはここに入れるの?
私の結界が効かないなんて、私たち一族がこれまでやってきたことは、無駄……」
石は後側から見ても、割れた部分も土には埋もれておらず、地面に露出して立っており、前から見たのと同じく、2つに割れた大きな石であった。
唖然として突っ立ち、茫然とした八神さんが心配になり、
「俺たちは、時間がないので、このまま進みますが、本当に大丈夫ですか?
真希に残ってもらいますか?」
その声で、八神さんはハッとし、
「あ、すみません。
私は大丈夫ですから、皆さんは先にお進みください。
この先、山の状態も気になりますが、私はこれ以上進む準備を今日はしておりませんので、やはりここで戻ります。
真希さん、ここから先は私たちが知らない場所ですので、よろしくお願いします」
本当に一人で残していって大丈夫かな? って思ったが、俺たちも既にここまで山に入ってしまっている。
これ以上先への同行は、断る理由はあっても、無理に誘う理由もないので、彼女には申し訳ないが、ここで別れることにする。
巫女姿で小さく手を振っている彼女に別れを告げ、俺たちは先を進むことにした。
真希は知らない場所に、少し心配そうであり、あたりを窺うように、キョロキョロ見回しながら進んでいる。
この土地は、彼女が知っている地形とは異なるようだ。
これが、課長が言っていた山に化かされるってことなのかな? それって、あの結界のせいなのか?
もっとも、俺はこの道しか知らないがな。
おれが知っている道をしばらく進むと、いつもの通り少し開けた場所に出た。
ここで一度少し休む事にする。
真希がスマホで課長に連絡を入れている。
やはり真希も、さっきの八神さんの状態が心配だったようで、早めに連絡を入れておきたかったと話してくれた。
真希いわく、この周辺には林業で山に入る人がいる。
その為に、いくつかの山の上に携帯電話の基地局が設けられており、最近は山に来ても、ほとんどの場所でも電波は届くと言っている。
でも、電話が追いかけてくるようじゃ、山の中にいるのか、町の中にいるのかわからないな。
山の陰になっている場所では、電波の入りにくい場合もあるらしいので、一人になりたいときはそこに隠れるか。
八神さんと別れた後から、真希は俺に話しを始めた。
やはり、同じ村の人間が近くにいると、話しづらいこともあるようだ。
「昨日課長から電話をもらったのだけれど、これがちょっと笑っちゃうんだよね。
課長ったら、何日か前にお告げみたいなのを聞いたって言ってるんだよ。
本人も馬鹿げているなと言って、他の人には恥ずかしいから言うなよ、と言ってたがね……
どうもね、そのお告げに慎二さんの事が出てきたらしいのさ。
そうしたら本当に君がやってきたものだから、夢かと思っていたのが、少し迷いが出たらしいんだ。
しかも、なぜか私までもがそのお告げに出て来たらしいのね。
なので、私に電話をして、今回慎二さんと一緒に行ってほしいと言われたのさ。
まあ、私も捜索の幕引きが必要だと課長には話していたので、今回は急だったが話を受けたんだ。
でも、お告げなんて、やっぱり笑っちゃうよな」
俺たちは、それを聞いて思わず顔を見合わせてしまった。
スレイト通信で話し合った結果、真希さんはお告げに絡む何かがありそうなので、今の間に俺たちの事情を少し話をしておいたほうが良いという結論になった。
どこまで話すかは、様子を見ながらでも良いが、嘘を言いたくはないな、と思った。
結界を抜けると、そこに待ち受けているものは何でしょうか?
張った本人が一番驚いているようですので、何があるかは、まだわかりませんね。




