第九話 森の奥の生活
村は元の賑わいを、いや、以前と比べれば遥かに人間らしい? 獣人と動物たちらしい生活を送れている。森の奥深くにまるで逃亡者のように潜んで暮らしていた村人たち。
人間に見つかれば狩りの対象とされ、面白半分で殺されてしまう。そんな綱渡りな生活をしながら少しづつ森の奥深く、危険な魔獣や魔物が存在する場所で息を潜めて暮らすことを余儀なくされていた。
いつでも移動できるように家は簡易的なテントに近いような粗末なものだった。
「タスクがいればまず魔物が寄ってくることは無いわよ」
伝説の精霊であるドライアドの言葉はよほど説得力があるのか、ようやく安住の地を得られた! と、古くから暮らす獣人や動物たちは、その言葉を聞いて涙を流して喜んでいた。
一緒に逃げていた人々も受け入れてくれて、怪我も完治した皆で村を作り直していった。
ドライアドの言った通り、魔物や魔獣が襲ってくることは全くなくなり、獣人は安心して生活できるようになっていく。
少しづつ森を切り開き、間伐材で建築や生活資材を作り、もちろん俺も白衣の力で建材、実際には医療用具だが、を出したりと協力は惜しまなかった。
ここでは、獣人や動物のために、ただ目の前の命に向き合うだけで、ただただ感謝され、俺の存在を認めてくれる人々しかいない。
「一応缶詰とかはいくらでも出せるみたいだけど、何か合ったときのためにちゃんと自給できるようにしよう」
と、いうことで。まずは簡単な農業、畜産の準備、水の確保に下水の整備、やることはいくらでもある。俺の持っている拙い知識でも、0から始める村作りには役に立ってくれる。
動物が動物を飼育してその生命をいただくことはどうなのかと思ったが、どうやら知能をもって話す獣人や動物と、一般的な動物は魂の在り方から異なるらしく、弱肉強食、その一言で説明が終わるらしい。
日本にいた頃、キャンプが好きでそのつながりの友人もいた。
そういう友達の中には一人でログハウスを作ったりする本格的なことをやってる友人からいろいろな話を聞いていたのが、こんなところで役に立つとは……
丸太の加工などに無駄に鍛えていた俺の体も役に立って、俺は充実した日々を送っている。
そしてもう一つ、俺には大事な役目があった。
「タスク先生、最近腰が痛くて痛くて……」
「村長さんもう年なんだから無理して丸太とか運ばなくて良いんだってば……」
獣人の村長さん、長い耳と優しい顔つき、バセットハウンドみたいな見た目の、そして実際にも優しいおっちゃんだ。獣人の年齢はだいたい人間と同じで村長さんはもう58歳、過酷な生活のせいで実年齢よりも歳をとって見える。最近、食事事情が改善して体の調子が良くてついつい張り切って復興事業に参加したら、腰を痛めたということだった。
「あーあ、こんなに筋肉が緊張して、ここ、痛いでしょ?」
「あたたたたたた、痛い痛い!」
「腰椎も元々年齢的に傷んでいて、それをかばって筋膜が炎症を起こしているんだね。
このまま行くとその痛みをかばって他のところが悪くなるよ」
「そ、それは困る……」
「と、いうわけで、あっちでレーザー当ててもらって、ちゃーんと飲み薬を飲みましょうね」
「……苦いの……苦手……」
「しょうがないなぁ、最近みんなこっちを目当てで薬を貰いに来てないか?
投薬用のちゅーる出しておくから」
「よっしゃ! じゃあレーザー当ててきます!」
「ドライアドさーん、腰全体にレーザー10分でお願いしますー」
「はーい!」
いつの間にかドライアドさんが看護師的なことをしてくれるようになってくれた。
回復魔法もかけてくれるので、治るのがとんでもなく早くて助かる。
報酬は弟くんに俺がマナを注ぎ込んで闘気を出させてクンカクンカさせるということで話がついている。
めっちゃ抵抗されたが、村の人々がどれだけ助かるかお姉さんに力説(物理)されて週に一度という約束で納得してもらっている。たとえ納得していなくても、姉上の協力の下ご理解頂いている。
あの魔人の女と領主は森への侵入を何度か図っているみたいだけど、何箇所かで派手にマナを巻き散らかしたせいで魔人が嫌がって最近はちょっかいを出さなくなってきている。
それよりも森の内部から追われた魔獣や魔物が穢れを求めて人の住む街を積極的に攻めるようになって、その対応に追われているというのが実情なようだ。
「その戦闘に獣人たちが積極的に駆り出されているんだよな……、正直人間たちにはずいぶんと丁寧な扱いをされたからざまぁ、としか思わないが、その結果奴隷となっている獣人や動物が被害をうけるのは申し訳ないな……」
「森のお友達になるべく外周にマナが巡るようにしてもらってるんだけどね……」
「この村からどんどんマナが広がっているんだよね?」
「ええ、闘気はマナよりも遥かに魔物や魔人を退けるから……私はすっごく心地良んだけどね」
じろりと見られた弟君がびくって震えた。ドライアドさんのモフモフはまぁ全身の至るとこに存在する闘気を吸い切るほどにモフモフされるからなぁ……
「タスクは街の獣人を助けたいの?」
「……助けたいって気持ちはある。それに今危険にさらされている責任の一部は俺のせいでもあるからね」
「珍しく歯切れが悪い物言いですね?」
ドライアドさんに俺の迷いを言い当てられてしまう。なんだかんだ一緒にいる時間が長いからな……
「他の場所にもそういう獣人や動物はいるだろ? それに、ただのわがままでこの世界に勝手なことをしていいのか、しかも目に見える場所だけ、それは偽善だろ……いや、人間からしたら悪行になるのかもしれないな、と思ってさ」
「良いじゃないそれで」
姉がサラリと話す。
「人間の法は人間が勝手に作ったもの、野生には関係ないわ。
私達はお互い生きていくために力を合わせるけど、基本的には弱肉強食、弱いものは死んで強いものが生きる。人間は恨んでいるけど、一番腹が立つのは人間に勝てない自分自身の無力さよ。
タスクは良い人間。そして、力もある。その力をどう使うかはタスクが決めればいい。
それが気にいらないなら、タスク以上の力を手に入れて従わせればいい。
私はタスクが街の獣人達を助けてくれるなら従う、私はわたし自身の意思でタスクに従う」
美しい毛並みが体に巻き付いてくる。ゴロゴロと心地よい音と振動が伝わってくる。
「……はっ! 上手いこと言って! はーなーれーてーくーだーさーいー!」
「ちっ……」
ああ、心地良い毛並みがァァァァ……
「タスク、何鼻の下伸ばしてるんですか?」
「へ、いや、だってなかなか撫でさせてくれないんだもん」
「これからはいつでも良いわよー、私の全てはタスクの物だから」
「ちょっと! いけませんよ! タスクは皆のお医者さんなんですからね!」
「いつでも、モフモフと……」
「タスクもデレデレしない! 全く、獣人化の話を熱心に聞いてくるから怪しいと思ってましたが、やっぱりそういうことですか!?」
「さぁ、なんのことやら……後もう少しでドライアド様の有利もなくなりますよ」
「なっ! そうか……これだけマナが満たされていれば、盲点でした……」
なんだか勝手にドライアドさんががっかりしている。
そして、このやり取りの謎はしばらくして解けるのであった。
動物たちの獣人化が起きた。