第三十九話 大軍
「なるほど……これだけ数がいれば、油断もしますな」
「草の丈の高い草原で長距離に伸び切った陣形、奇襲しろと言っているようなものですね」
「罠かもしれないぞ?」
「通過する村々で略奪を行って、これで罠なら軍師はやり手ね」
目の前には無数の篝火がたかれている。
行軍中にいくつもの村で略奪した酒や、女性を楽しんで緩みきっている男たちが騒いでいる。
街へと攻め入る軍勢が現れたことはすぐに俺たちの知るところになった。
1000人、圧倒的な数の軍がベルサールと言う名の大都市から出立した。
俺たちの街までは二週間といったところだ。
軍を率いて、統率も微妙なので、3週間辺りだとカフェは読んでいた。
俺たちはすぐに行動を起こした。
軍同士の正面からの激突では、いくら鍛え上げた獣人と自警団でも被害は甚大になる。
調べていくと、同じ人間の、ひっそりと暮らしていた小さな村を襲いながらダラダラと侵攻している。
人間も奴隷化していく非道な輩共に、被害を出すのも馬鹿らしい。
「俺達でゲリラ戦で消耗させるのが一番。
敵の魔法使いは一人、対応しきれない」
ある程度周囲に村が無くなった場所での野営地を予め計算し、魔法使いへの陽動を俺が行い、カフェ、カイと獣人精鋭部隊、ガリウス達の人間精鋭部隊が、敵の食料や装備を可能なら奪う、不可能なら焼くという手立てになっている。
カフェたちが行動を開始し、静かに、しかし確実に敵兵の命を狩っていく。
闇夜に紛れ、騒ぎが起こるまでは暗殺という手段を取る。
流石に、全員を始末できるはずもなく、兵たちの間でも異常を感じ取って空気が変わる。
「始まったか……さーて、派手にやりますか……」
そのタイミングを見計らって、俺は練り込んだマナを敵のリーダーがふんぞり返って酒を飲み、女を抱いているテントを爆破する。
ドーーーン!!
轟音が草原に響き渡り、小さな喧騒を塗り替える。
敵兵は混乱し、同時に篝火をこちらの手の者が消化し、さらに混乱は増大する。
事前から光を遮断していた自軍の兵士たちは、空に輝く星の光を頼りに敵兵の始末を行う。
味方同士で打ち合わないように、星の光でも輝くプレートを身体の各所につけている。
獣人はそんなことをしなくて、これくらいの星光があれば、昼と変わらぬ行動が可能だ。
そして、俺もそうだ。
「魔人付きか……くそったれな行動を取る奴らには大体湧いているな」
魔法使いの隣に立つ、真っ青な男の姿を認めて、俺は悪態をつく。
魔法使いは、すでにぼろぼろだったが、その男に支えられ、どうやら回復魔法をかけてもらっているようだ……
回復を待つ気もないし、こんなクズどもは皆殺しで良いと思っているので、すぐに魔法を打ち込む。
「ぬう!」
魔人は面倒くさそうに俺の魔法を弾く、近くに着弾し、敵兵が巻き込まれたが、こちらを忌々しそうに睨みつけて治療を続けている。
「何者だ!」
初老の男がこちらに怒鳴りつけてくる。
ローブは一部焼け焦げ、皮膚も完全には治っていない。
だらしなく腫れた腹が波打っている……無性に腹が立つ。
「お前らの敵だよ」
大地の精霊に語りかけ、鋭い槍を足元から突き立てる。
魔人は魔法使いを抱きかかえ、テントのホロの上に立つ。
「す、すまんな……何が起きている……?」
「敵襲です。敵も魔法を使います」
魔法使いもようやく傷もある程度癒えて、フラフラと立ち上がる。
魔人が作り出す魔力で作られた足場で、布のテントの上に立てるようになっている。
「貴様! どこの手のものだ!?
この儂をゼブラートと知っての狼藉か!?」
「偉そうに……、ただ必死に生きている人間の生活を一方的に破壊しておいて……
度し難い屑だな貴様は」
「舐めた口を! 魔法使いが守らねばくたばる人間なぞ儂の糧になって幸せじゃろうが!」
「はっ! 獣でもやる時はやられる覚悟を持つ。
不条理に貴様に害された者たちの恨み、その身で受けろ!!」
闘気を身にまとい一気に接近する。
風を起こし、テントを巻き上げて視界を塞ぎ、拳を叩き込む。
「ぐぼあぁぁぁぁっ!!」
きりきり舞いを打って魔法使いが吹き飛んでいく、そのまま魔人を蹴りつける。
とっさに片手で受けるが、その腕をへし折り、顔面を横からけたぐる。
「馬鹿な! 強化した肉体を!?」
「鍛え方が足らん! 魔法に溺れて弱者を虐げているようなクズとは鍛え方が違うんだよ!」
デブのおっさんはまだノビている。
まずは危険な魔人からだ!
自分の体が破壊されたことに動揺しているうちに畳み掛ける!
「光よ!!」
手元で光弾を作り放つ、物理攻撃と思い折れてない腕で障壁を作るが、その手前で破裂させ、凄まじい閃光を放つ。フラッシュバンみたいなものだ。
「ぐわっ!!」
直視した魔人が目を押さえもんどり打つ、手刀に闘気を込めて、無防備な胸板を貫く。
コアを握りしめて、引っこ抜く!
「ゴバアアアァァァッ!!」
弱点がわかっているために、魔人の対応も慣れてきた……
灰となって消えていく魔人をよそに、まだ優雅にノビている魔法使いの首根っこを掴んで近くの木に飛ぶ。
眼下で混乱しながらも戦う兵士に、告げる。
「お前らの魔法使いは捉えた! 抵抗を止めろ!!」
光球を作り出し、俺と魔法使いの姿を照らす。
しばらくすると、敵兵は武器を捨てて降伏する。
こちらの被害は軽微、完全な勝利だ。