第三十五話 遠征
街に直属の部下のような責任者を置けたことで、色々と便利になった。
兵たちの訓練を通して、村の獣人たちにもいい刺激になっている。
他の街との交易量も増えて、森の中で育てる作物の種類量もどんどん増えている。
その結果……
「人手が足りない……」
報告を見て、人を回して欲しいという要望が多すぎて、思わず頭を抱えてしまう。
「獣人奴隷の確保も、少なくなっています……」
最近は獣人奴隷が街に流れてくることは殆どないし、要望を出しても通ることが無くなっている。
「なんか、変な噂が立ってるみたい、獣人たちを買い漁って殺してるって……逆なのにね」
「飼われた獣人が消えてしまえば、そう噂されても仕方ないかと……」
確かに奴隷として扱っているが、商品だ。
いたずらに商品が壊されると分かっていて売る商人が減ってしまうのは仕方がない。
実際には幸せな生活を手に入れていても、それを外に大々的に漏らすわけには行かないのだ。
「そろそろ、こちらから獣人を探しに言ったほうが良いのかもな……各地にあるんだろ隠れ里的な」
「ありますね」
「正確な場所とかはわからないけどねー」
「森の整備も進んでいます。自然を破壊しすぎず共存する今の森、村は、精霊たちにも評判は上々ですよ」
自然の声をドライアドの声を通して聞けるのは有り難い。
開発による自然破壊は、俺の望むところではない。
間伐と植林を用いて、森とともに生きる。それが住人の村のコンセプトだ。
「そういえばドライアド、ガリウスは良い精霊を見つけられたのか?」
「……うーん、内緒ですけど、興味をもっている精霊はいますねー……ちょこちょこいたずらして楽しんでいるみたいですよ」
「ああ、なんか最近変なことが増えたって相談が来てたな」
「あのお馬鹿さんにも春が来ると良いねぇ」
「ま、あいつがいるから俺も外に出られる」
「あれから人間は攻めて来ないわね」
「ガリウスさんは結構有名らしく、対外的には、あの街はガリウスさんが治めたって事になってますから」
「へー、役に立つじゃんガリウス」
「話を戻そう、獣人たちの隠れ里を巡って、望む獣人を移住させるにはどうすればいい?」
「うちの長老は連れて行ったほうが良いでしょう。
それと移動用の馬車、食料は効くと思います。
たぶん、過去の俺達と同じ様に酷い生活をしているので、衣食住を満たすことが何よりかと……
場合によっては兄貴のアレを……」
「ドックフードか……そうだな、健康のブーストにはアレが一番か……
わかった、その方向で準備を進めていこう」
「わかりました」「わかったわ」
「ドライアドは……」
「ガリウスと一緒にお留守番ね」
「クレイルもな」
「わかったのだ」
こうして、獣人たちを募る旅の準備が始まった。
「と、言うわけで、しばらく頼むぞ」
「わかりました、師匠! パイラと一緒に帰りを待ってます!」
ガリウスが腰掛けようとすると椅子がスーッと動いて、このままだとガリウスがすっ転ぶ……はずだったが、ギリギリ空気椅子で回避した。
「最近多いんですよねー」
椅子を掴み引き寄せて腰掛ける。
うっすらと可愛らしい女の子が悔しそうにしているのが見えたような気がした。
「ふうん、ま、しっかりと鍛錬しているみたいだな、街の雰囲気もいい」
「使ってみれば、魔法なんてなぜ使っていたのかわからんですね!
体の調子もいいし、変な頭痛もない! 飯は旨いし目覚めも良い!
仙術様々です!」
仙術は闘気を用いた魔法のような事象を起こす技に付けた名前だ。
マナを例えば10くらい闘気に変えて、仙術を用いて利用すると、その後マナは15くらい生み出される。しかもこのマナは、言ってみれば活性化マナと言えば良いのか、獣人や人間、そして精霊たちにとっては大変に心地よいものだ。
もともと街には強力な浄化装置が有るが、さらに清廉なマナが満たされ、この街に住む人間にもいい影響を与えている。
活動的になり、病気になりにくく、強く成長しやすい。
母体や赤子にもいい影響があり、外の世界とは比べ物にならないほどこの街では子供が生まれるし、亡くなりにくい。
獣医療領域の話で人医療に応用できる知識をしっかりと伝えてあるために、外の世界とは異次元な医療制度を取っている。
定期的に医療道具も補充したりしている……結局さんざん肩入れしてしまっている。
やはり、この世界の中心は人間だ。
物資の生産も大きく育った人間の街で行われている。
人間を排除して獣人の国を作るというやり方では、すぐに行き詰まることは間違いない。
人間の中にも、理解し合える存在がいるのなら、利用していく。
度し難い人間を殺すことに躊躇はない。
俺にとって、この世界で大事なことは、動物と獣人、そして、わかり合える人間。
俺のエゴ丸出しだが、この世界では、俺を縛る法はない、ムカつくものにはムカつくと言っていい。そして、言う。そう決めている。
「兄貴、とりあえず食料と馬車、人員もそろいました」
「わかった。早速明日にも出立しよう」
「わかりました。村の人間にも伝えておきます」
森の村の人手不足甲斐性のための遠征が、今、始まるのであった。




