第二十話 魔精
森で遊んでいる……妖精か?
俺の目の前には一面の森、そこを飛び交う妖精が見える。
これは俺の見ているものではない、夢のようなものだ。
なぜなら俺の体はまるで幽霊のようにその森を見下ろすようにふわふわと浮いている。
一人の妖精は美しい川のほとりの花の上を楽しそうに飛び回っている。
その美しい光景はまるで天国を表しているようだ。
そこに一人の少女が現れる。
妖精は始めは驚くが少しづつその少女と意思を通じ合わせ共に遊び始めた。
少女は妖精のもとに通い、どんどん仲良くなっていく。
ある日、少女は森を行く中で獣に襲われてしまう。
なんとか妖精のもとにたどり着いたが、その傷は深く、今にも命の火が消えようとしている。
妖精は友である少女の傷をマナを利用して治してあげた。
少女は元気に町へと帰り、嬉しそうにその出来事を親に話した。
場面は変わり、美しい花々が咲き誇る。
妖精はすやすやとその花々をベッドに眠っている。
その花々を踏み散らかして迫る多数の大人たち、妖精は人間に捉えられてしまう。
町につれてこられた妖精は、人々の怪我を治し、水を出し、火を起こす。
町には森ほどのマナはなく、妖精自身の命を削りながら、少女の仲間である人に尽くしていく。
しかし、程なくして妖精はそれらの奇跡を起こせなくなる、これ以上マナを使えば、妖精の命が危険だから……
人間たちは妖精に失望し、そして、再び森に妖精を狩りに行く。
獣人たちはその行動を、咎めたが、妖精を使役して文明の発展した人間たちはその声に耳を傾けずに、逆に獣人たちを自分たちの生活圏から追い出したり、奴隷にし始めるようになった。
たくさんの妖精が連れて行かれ、人間の道具にされ、そして使えなくなったら捨てられた。
恨みや怒り、妖精の持ち得なかった感情が生まれる。
そして、たくさんの妖精の屍から、そういった感情を糧に生きるモノが生まれた。
魔なるモノ、魔物や魔人の元となる、生物なのか植物なのかわからない生物だ。
それらは怒り、憎しみ、悲しみ、苦しみから生じる魔素を好み集めていく。
そうしてソレは力をつけていった。
そしてある時、まだ連れてこられたばかりの妖精にソレは取り付いた。
これから起きる、過去の妖精たちが受けてきた様々な悪辣な記憶によって、本来精霊が持つマナは魔素へと変わり、妖精は魔精へと変貌した。
この事が悲劇の始まりであった。
魔精は人間の可能性に気がついていた。
使い方さえ教えれば、マナを汚れた魔素に変えることができる。
そう、魔精は魔法を人間に教えた。
人間はその魔法の便利さに溺れて、魔法を乱用した。
町は魔素に満たされた。
魔法はどんな人間でも使えるものではなかった。
一部の素質あるものが重用されるようになる。
そしてある日、溜まりに溜まった魔素によって、動物は変容し、溢れ出るように魔物が発生して人間たちを食い荒らし、そして一部の人間が魔人となり、魔物たちは世界へと広がっていった。
妖精は人間に受けた仕打ちを忘れずに多くの犠牲を払って、自分たちの世界へと逃げ帰ってしまった。
長い年月が過ぎた後、この世は魔物魔素がはびこる世界へと変わってしまった。
人間たちは魔物に怯え、未だに魔法を使える一部の人間にすり寄ってしか生きることができなくなっていた。
魔人は、魔精に魅入られた人間の変わり果てた姿……
才能あふれる魔法使いのある意味究極の姿、永遠に近い寿命と、強大な魔法を使える進化の姿とも言えるかも知れない。
この世界をこんな形にしたのは、他ならぬ人間たちだった……
そこで、目が覚めた。
「……夢……というか、過去なんだろうな……」
ついでにカーラに似た何かの謎もわかった。
カーラは用心深い魔人で、自らの核のほんの一欠片を森の奥深くに隠していた。
もし、本体になにか起きたら、その欠片が目覚めて再び長い年月をかけて魔人として復活するようにしていたのだ。
しかし、かけらが目覚めた時、その場所は大量の魔素が淀む場所であり、親和性の高いカーラに自らが制御できないほどの魔素が流入し、正気を失った。
そして、本体の怨念のようなモノが、俺への憎しみだけを植え付けた狂った魔精へと変えた……
そんな事らしい。
コアを持って眠ったせいで、そんな夢を見た。
「……人間は、残酷だな……」
自分自身もよくわかっている。
傷はないが、刺された場所をさすってしまう。
「よし、村へ帰ろう」
俺は体を起こして外に出る。
ちょうど日の出だ。
するすると木に登り日の出に照らされる森を眺める。
遠くには巨大な山が朝日に照らされて輝いている。
空は雨上がりで透き通った空気、深い青がどこまでも広がっている。
「……今だけは、太古の昔のように美しく見える。
魔物たちには悪いけど、もう少し住みやすい世界にしていきたいな……」
あんな夢を見てしまったから、どうにも心の底から魔物や魔人を敵視することも出来ない。
それでも、自分や自分を慕ってくれる人々に危害を加えるのなら、戦うしか無い。
俺は、濡れた大地に着地して、村に向かって歩き始めた。