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学園の硝煙弾雨  作者: 激辛 ゆりあ
2/3

第一話:門出

 ガタンッ


 そんな音を聞いた気がして、微睡みの縁を揺らいでいた意識はゆっくりと覚醒した。



「ん、」



 ぼうっ、と目を開ける。

 視界に映り込んだのは、人工的な明かりに照らされた()()と窓の外を流れる見慣れない景色。


 そう、ここは電車の中だ。


 あの学園を旅立ってもうどれくらいの時間が経っただろうか。

 そんな事をまだ寝起きで覚めきれない頭の隅で考えていると、ふと右肩に温かな重さが掛かった。



「?」



 何の気なしに目を向ける。


 しかし、次の瞬間には珍しく悲鳴を上げそうになった。



「ちょ、」



 なんで?


 そう思うのも仕方ないと思う。


 だってそこには、見慣れた戦友の寝顔があったのだから。



「(?あれ?たしか出発するときは向かい側に座ってなかったっけ?)」



 若干焦りながらも数時間前の状況を思い出した私は内心で首を傾げた。


 だが、まぁ、そこは長年の付き合いというか何というか…

 気まぐれな彼の性格だ。

 きっと寒いとか座り心地が悪いとか言った理由で移動したのだろう。


 ……それが何故私の隣かは不明だが。



「……重い…」



 何はともあれ、やはりこれは男女の差。

 座っているとは言え、意識のない男の体重は()()()私には些か重すぎた。


 しかし、起こして退かそうとは思うものの、やたらと気持ち良さそうに眠る彼の表情を見ていると、そう簡単には声をかけられないというのが現状だ。



「(…私もつくづく甘いなぁ…)」



 そう内心で溜息を零して、ふと耳に入り込む音が変わったのに気付いた。


 すぅすぅ、とリズム良く聞こえる彼の寝息ではない。

 これは電車の外の音だ。


 そう思い、視線を隣から窓の外へと移す。


 そこに見えたのは、見慣れないどこかの景色ではなく、どこか冷たそうにも見える自身の無表情だった。



「(…あぁ、地下に入ったのか…)」



 そう気付くのに時間はかからなかった。


 夜とは違う真っ暗な景色。

 反射する冴えない自分のカオ。


 その瞳をジッと見つめながら、私はふっと一週間前のことを思い出した。


 …そう、この状況になった原因である、始まりとも言える七日前のことを…






 ***






「は?」

「転属?」



 そう言葉を漏らして隣の戦友と顔を見合わせた。



「あぁ、今年度一先生ながらに優秀な成績を収めた貴官らに力を貸してもらいたい学園がある」



 しかし、目の前に座る上官は、そんな唖然とした態度全開の私たちにお構いなく言葉を続けると、問答無用で資料を寄越し続けて口を開いた。



「これが赴任をしてもらう学園の詳細だ。都心からは些か離れるがここよりも学園の規模は大きい。訓練施設も最新のものを導入していて、私生活含めて不自由することはないだろう」



 生徒数も各学年約30名9クラスの計800は越えるマンモス校だ。戦力的にも問題ないだろう?


 そう相槌を入れる間も無く落とされた言葉に、もはや私も彼もその場に立ち尽くすしかなかった。


 結局のところ、勉学を学ぶ学生ではあるが、この学園に入学してからは同時に()()としての地位が与えられる私たちは、上がそうしろというのであれば大人しくそれに従うしかないのである。


 簡単な説明の後、全ての詳細は手元の資料に書いてあること、転属学園への出発は一週間後であること、など簡単にまとめられ、結果として私たちはまともに言葉を発することもなく司令部を後にした。



「まじかよ…」



 漸くまともに口を開けたのは、司令部のある建物を出て、生徒の暮らす学生寮のある方へと歩みを進めている最中だった。



「…まぁ、命令されたものは仕方ないよ」


「そうだけどよ…言うてまだ一年目だぞ、俺ら」



 まじありえねぇ…つーか面倒くせぇ…


 そう零す隣の彼に、本音は後者だろうとツッコミの眼差しを向けた。


 しかし、当の本人はそんな私の視線に気付いている筈なのに敢えて無視をしているのか、今だブツクサと文句を垂れながらも手元の資料に目を向けていた。



「上官の野郎は遠回しに言ってたが、つまり成績の悪い田舎の学園に援護しに行くってことだろ?」


「…あー、そうなるね」


「それがたったの二人で勤まんのかよ?」


「仕方ないよ。そこまで多くの人材を回せるほど兵士の数に余裕があるわけじゃないし」



 だからこそ、腕の良い私たちが選抜されたってことでしょ?


 そう告げた私に彼は一瞬こちらに視線を寄越すと、量より質ってことかよ、とどこか投げやりに吐き捨てた。


 不満ばかり口にしているが、なんだかんだで頭のいい彼も上からの命令ならば仕方ないと状況を受け止めているのか、言葉とは裏腹に資料にはしっかりと目を通していた。



「…まぁ、転属は仕方ないとして…」


「?」


「あとは向こうでもお前と隊が組めれば最高なんだけどな」


「!」



 珍しく、彼の口から褒めのような言葉が飛び出でて私は思わず驚きで立ち止まった。


 しかし、そんな私に彼は追い討ちをかけるように…



「だってお前だけだろ?俺の突拍子も無い射撃に着いてこれるのは?」



 ニッと笑顔を向けながら、私を褒め殺したのである。






 ***






「(…早いなぁ…)」



 あの日からの一週間は本当にあっという間だった。


 転属にあたって、まずは同隊員、クラスメイトへの報告並びに説明。

 そして私物の整理や退去する部屋の掃除。

 使用許可の下りている武器や装備一色の学園別の再申請。

 他にも、転属に関する事務的な手続きや学園外の家族への連絡など…


 一日一日を目紛しく過ごしていたら一週間なんて文字通り嵐の如く過ぎ去った。



「(…今頃みんなは何してるかなぁ…)」



 別れてからまだ数時間しか経っていないにのもう仲間のことを思い出している。


 表面上では素直に受け止めいていたこの転属も、実のところ友達と別れるのは結構寂しかったりする。


 出立が今朝早かったこともあり、送別会は昨日の夜に開かれた。

 本当はみんなの貴重な時間を割いてまで開いて貰うのは申し訳なかったが、みんなの好意を無下にするなんてそれこそ申し訳ないし、本音を言えばすごく嬉しかったこともあり、昨夜は大いに盛り上がった。

 噂を聞きつけた他のクラスや学年の生徒も駆けつけてくれて、まさにお祭り騒ぎだったが、大目に見てくれた上官の気遣いもあり、久々に心の底から楽しく過ごすことができた。


 暫くはこの思い出だけで頑張って行けそうだ、なんて昨日の事を思い出しもう懐かしくなっている私の肩から、ふと重さが消えた。



「!」


「わりィ…寝てた…」


「ううん」



 気にしないで、


 そう言って向けた視線の先で今だ眠そうな目をパチパチしている彼…


 その横顔を見て、今度は今朝の事を思い出した。


 日の上りきらない早朝の事…

 出発準備を終え、時間まで暫くの間ぼうっと電車の前で待機していた私たちの元へ、不意に二つの足音が近付いて来た。



「!」

「っ、おまえら!」



 何事かと視線を向けた先…

 まさか、と思っていた人物たちの登場に、流石の戦友も珍しく目を見開いて驚いていた。


 そこに当たり前のように立っていた人物。

 それは…



「よう」


「おはよう、二人とも!」



 我がクラスの学級委員長、浦西政弥(うらにしまさや)と、

 学園の女神、星ノ谷理蘭(ほしのやりら)の二名だった。



「委員長、理蘭!どうして…」


「ふふふ、大切な戦友の門出だもの!お見送りするのは当たり前よ!」


「相変わらずお前たちがだらしのない顔でいるんじゃないかと思ってな…わざわざ様子を見に来てやったのさ」



 まぁ、上官の許可は得ているから安心しろ。


 だなんて委員長がケロッと言うものだから、私はなんだか面白くてプフッと吹き出してしまった。


 まぁ案の定、何故笑う必要があるっ!?と委員長には怒られたが…

 ちなみに、隣で彼が、頼んでねぇし…と零すものだからこちらも怒鳴り声を食らっていた。


 もちろん、これが彼の照れ隠しだというのはこの場の全員が理解しているが…


 そんな感じで私たちらしい一悶着はあったが、心優しい戦友たちのお陰で本当の意味で転属への気持ちを新たにした私と彼は、時間と共に電車に乗り込み新たなる学園へと旅立ったのである。


 懐かしいと思いながらも、実際はまだ数時間前の出来事だ。

 我ながら情けないことに先が思いやられてしまうなぁ…


 なんて、隣の彼に気付かれないようにこっそりと溜息を零した。



「…ふあぁ…あー、今どの辺だ?」


「さぁ…詳しくはわからないけど、地下に入ってから暫く経つからもうそろそろ着くと思うよ?」


「そうか…んあ゛ー、長かったー…」


「いや、ほぼ寝てたじゃん」


「…言っとくが最初に寝落ちしたのお前だからな」


「…………」



 今更だがそうだった…

 出発して暫くは彼とお喋りしてた筈だが、思い返せばあるところからの記憶がない。


 これは久々に彼に間抜けなところを見せてしまったなぁ…

 と若干落ち込んだ。



「まぁ、こんな長旅の中やることもなければ寝るしかねぇよな」


「…そうだね」



 彼のフォローというか優しさが今は胸に痛い。


 でもまぁ起きてしまったことは仕方ないのだ。

 次からは気をつけよう。うん。


 なんて悶々と一人反省していると、走行音以外なんの音もなかった車内に一つのアナウンスが響いた。



 《間も無く、雛雲(ひなぐも)、雛雲学園です。総員、下車の準備に取り掛かってください。繰り返しますーーー…》



 学園間を結ぶ軍専用の電車の中に響く少し機械質なアナウンス…


 その声を聞いた私たちは、やっとか…という雰囲気を隠すことなく、それぞれ重い腰を持ち上げ自身への荷物へと手を伸ばした。



「(…あ、)」



 しかし私は、荷物に手が触れる直前に反射したガラス窓越しに見えた戦友の姿に、考えるよりも先に口を開いた。



光一(こういち)


「ん?」


「…ここ、寝癖ついてる」


「!!」



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