第22話 東京タワー
原田は、妻の幸子が入院している病院から会社へ向かう車の中にいた。
幸子の病気は、癌で近く手術をする必要があるとのことだった。
「最高の治療をしてください。お金はいくらかかっても大丈夫です。」
原田は一切顔色を変えることなく医師に伝えた。
幸子とゆっくり話すことはしなかった。
何を話したらいいか分からなかったのだ。
「幸子?幸子?。俺の妻?
そう、俺が結婚してくれって言ったんだよな。どうして俺は幸子に結婚してくれって言ったんだろう?」
頭の中に絶対に開かない古びた木の箱があり、しっかり鍵がかかっている。
その中には、自分にとって大切な何かが入っているような気がする。
「うーん。わからない。」
記憶は存在するのだが、それはかすれたモノクロフィルムの映画のコマのようなもので、色も光の強弱も暖かみも感じない。
本当は、もっと光に包まれた暖かく柔らかくて甘い香りがするものだった気がする。
しばらく走ると、車の窓から東京タワーが見えた。
「幸子にあそこでプロポーズしたな。あのとき幸子、黄色いワンピース着てたよな。俺のボロいリュック背負ってバカだな。
でも可愛いかったな。幸子」
「あれ。俺何言ってるんだ。」
原田は無機的に回るモノクロフィルムの中をしばらく探してみたが、さっき一瞬感じた暖かい色の一コマはもう見つからなかった。




